姫王
□2.
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どこもかしこも火が回っていてその早さと激しさ故にあれだけ大きな我が家が原形をとどめていない状態だった。
つまり、どこにいるのかどこを探しているのか分からない。
(一体、どこに…)
早くおじいちゃんを探さなくては、自分自身も危ないと思った時だった。
(…!あの部屋は)
今まで歩いていた長い廊下の一番奥に、竹の絵が描かれている襖が目に入った。
…その部屋は、私のおじいちゃんの部屋でもあり、我が家の家宝で私が王として受け継いだ刀"白鐸"の保管場所でもあった。
それを見た瞬間、私は無意識にそこに向かって走り出した。
その部屋におじいちゃんが本当にいるなんて確信はなかったのだけれど、小さな可能性でも今は信じたかった。
(どうか、どうか!)
そう必死に祈り続けていたのを覚えている。
そして、私は手にかけた襖を一気に開けた。
すぱん!と歯切れのいい音を立てて、それは開いた。
開いた瞬間、ぶわっと熱い風が私をその部屋からまるで遠ざけるかの様に吹きつけた。
その部屋に、私の探していた人はいた―
『おじいちゃんっ!』
彼は襖を開けた時にすぐ見つけられた。
おじいちゃんは、頭から血を流し苦しそうな顔をして大きな棚に寄りかかる様にぐったりとしていた。
おじいちゃんの腕には、白鐸も一緒に抱かれていた。
慌てて彼に駆け寄り、少しだけ強くその細い肩を揺さぶるとおじいちゃんはゆっくりと朧気な意識を取り戻した。
隆)『…ぅっ、赫夜か?』
『そうだよ、私だよ!助けに来たの』
隆)『………』
『早くここから逃げよう!』
彼の治癒より先にここからの脱出が先だと思った私は、おじいちゃんの肩を掴むために手を伸ばした。
けれど、それはすんなりと制止された。
…伸ばされたおじいちゃんの手によって。
おじいちゃんは、私の伸ばした手を肩を掴む寸前に彼の手で拒んだのだ。
その一部始終に、私は目を見開き同時に動揺した。
隆)『お前は…白鐸を持って逃げなさい』
『!』
その一言は頭を鈍器で殴られた様な衝撃を受けた気がした。
『…なんで?一緒に逃げ』
隆)『いいんじゃよ、これは…儂等の運命なのだ』
『う…んめい?』
隆)『うむ…よいか、赫夜。これからもお前の力を狙いそして利用しようと企む輩が出てくるだろう。自分の身は自分で守れ誰にもたよるでない…そのために、儂はお前に体術や抜刀術を叩き込んできた…っ、げほっ!ごほ』
『おじいちゃんっ!』
煙を大量に吸ったせいで呼吸が荒くなった彼の背中を擦ろうとしたら、今度はおじいちゃんの手が私の肩を掴んだ。
それは何かを伝える様に力強く捕まれた。
隆)『はぁっ…っ、これだけはよく聞くのじゃ…王には、王には決して!近づくな』
私をまっすぐに見ていたおじいちゃんの瞳は鋭く、強い光を放っていた。
おじいちゃんが畳み掛ける様に話した事はその時の私には、ちゃんと理解出来なくて動揺していた。
しどろもどろしていた私を引き戻したのは、おじいちゃんが私にぎゅっと白鐸を握らせた時だった。
隆)『お前は、生きなさい…強く生きていけ!』
そう強く言われた時、上から燃えた家の残骸が私達の目の前に勢いよく落ちてきた。
『きゃあっ!』
隆)『くっ…っ!最早、これまでか…赫夜!お前だけは早く白鐸を持って逃げるのじゃ!』
『嫌!おじいちゃんだけをここに置いていけないよ』
隆)『馬鹿者!老いぼれで…っもう限界な儂を連れていけばお前まで…げほっ!巻き添えになる…っ!』
『でも、私にはもうっ!』
私には、もうおじいちゃんしかいないんだよ?
そう言おうとした時だった―
おじいちゃんは、最後に少しだけ残っていた力を目一杯使って私を力強く彼から引き離す様に押した。
突然の事で、声を上げられなかった私をおじいちゃんはふっと微笑んで見せていた。
…否、私ではない誰かを見て微笑んでいた。
隆)『儂の…可愛い孫を…っ頼んだぞ、若造』
ふわりと後ろから誰かに抱き止められる。
それと同時に、ガラガラッ!と崩れる音を立ててまた家の大きな残骸がおじいちゃんのいた場所に落ちた。
そこからおじいちゃんの声が聞こえるはずもなく、ただ目の前で豪炎が私を嘲笑うかの様に燃えていた。
『あっ…、ああっ』
短い嗚咽しか口から溢れなくて視界が涙でだんだんとぼやけていった。
美)『……行くぞ、赫夜』
若造…そう言われた美咲さんは私をひょいと持ち上げて素早くその場を立ち去った。
私は全てを失った―
失ったもの
その代償はあまりにも大きく目の前が暗くなった。