虚空の歌姫

□#06.エンカウンター
2ページ/5ページ




「うぁっ!!」


苦痛に叫ぶ早乙女に仰天し、思わず立ち止まってしまった。


「早乙女っ!?」


転がった早乙女を見ていると、ベベル上官がリヴィアの肩を掴み怒鳴った。


「リヴィア、このバカを安全区域に放り出して来い!」


「はぁっ!? ちょっと待ってください上官!私は……ッ」


まさか戦闘に出るなと言いたいのかと、そう反論しようとしたリヴィア。


「今回また暴走されたら困るんだよバカ野郎。一旦自分に渇入れて来いっ」


あっさりとそう言われ、早乙女と取り残され、リヴィアは愕然とした。


「行くぞ!」


リー少佐とベベル上官が走りだし、機体に乗り込もうとしたのを見詰めリヴィアは叫ぶ。


「上官!リー少佐!!……くっ」


呼び止める声も虚しく、あっという間に出動してしまった二人にリヴィアは唇を噛んだ。


゙また暴走されたら困るんだよバカ野郎!゙


まさに正論。


暴走した理由なんてわかってはいるが、もう二度と突っ走らないという保証もないわけで……。


ギリリと唇を噛んだリヴィアは、苦し紛れに早乙女を振り返った。


「っ……行くぞ、早乙女。私に着いて来て」


さっさと安全区域に送り出して、戦闘に入る。


監視役なんか居ないし、送って戻って来た頃には頭も冷えているはずだ。


そう考え、早乙女の腕を掴んで立たせ、リヴィアは早足で館内を歩き出した。


戦闘機がいくつも空に飛び立つ音を聞きながら、リヴィアは苛立ちにもう一度舌打ちを打ったのだった。
























「シェルターに入って、騒ぎが収まるのを待って」


S・M・Sの外に出るなり、リヴィアはそう言って早乙女から手を離した。


「アンタはっ!?」


一緒に来ないのかと、早乙女がリヴィアの肩に手を伸ばす。


「戦闘配置に着く。私だけ闘わない訳にはいかないから」


肩に乗せられた手に眉をしかめ、自分を真っ直ぐ見詰める早乙女にそう返す。


今も闘っているだろう仲間を思うと気持ちが急く。


「アンタも、パイロットなのか?」


少し疑うように、早乙女が尋ねる。


小さな肩に、細い身体で、到底パイロットには見えない華奢な容姿。


「他に何に見えるんだ」


S・M・Sの制服を着て、実際に戦闘にも入っているのに。


心外だと言いたげに、リヴィアは早乙女を睨んだ。


だが、ふいに繋がれた通信にそれを遮られる。


緊急時用の軍からの通信を知らせるイヤホンに、リヴィアの不平は止まった。


『こちら、キャサリン・グラス中尉です。そちらはリヴィア・アボット大尉で間違いないでしょうか』


イヤホン越しにハキハキとした女性の声が聞こえ、何事かと息を飲む。


「ええ。……軍がいったい、私に何の連絡です?」


滅多な事がない限り、軍はS・M・Sの任務に関わらない。


それが、どうして今、それもリヴィア個人に向けて通信を送ってきたのか……。


訝しむリヴィアに、早乙女が眉をひそめる。


イヤホンの向こうで、キャサリン・グラス中尉は焦っているように矢継ぎ早に答えた。


『シェリル・ノームがそちらに向かってるはずなんです。S・M・Sで戦闘配置に着いていない大尉は貴女だけ……実践経験の豊富な貴女に警護に当たって欲しいんです』


シェリル・ノーム。


その単語を耳に入れ、リヴィアは表情筋が思い切りひきつったのを感じる。


また彼女の名前。


「別に私以外にも、他に中尉や少尉がいらっしゃるでしょう。私も戦闘配置に着くつもりです。他を当たってください」


そのまま通信を切ってやる。


そのつもりで耳元に手を伸ばしたのに、イヤホンから響いた声は先手を打ってきた。


『ベベル・ファーガス中佐からの命令でもあります。リヴィア・アボット大尉は、至急シェリル・ノームの警護に当たってください』


「あの陰険上司……ッ!! っわかりましたっ至急向かいますっっ」


イヤホンを引きちぎる勢いで通信を切り、ギリギリと唇を噛む。


上宙でせせら笑いを上げている上司を思い浮かべ、苛立ちから喉の奥がヒクヒクと震えていた。


「後で覚えていろ、ベベルめ」


低く吐き捨てられたその呟きに、早乙女は思わず彼女の肩に乗せていた手を引っ込める。


睨みひとつで、人をひとり殺せそうな勢いだ。


怒ったら怖い。


それが、早乙女アルトによるリヴィアへの第二の印象になったのだった。





 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ