虚空の歌姫
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「……何で私が……」
早乙女を安全区域まで送りがてら、目標であるシェリル・ノームを探した。
その間不平や不満を胸中でぼやき続け、頭上を飛行機が通過する度に舌打ちを打っていた。
「なあ、アンタ……」
ゲートを抜け、シェルターの近くまでやって来た頃、ふいに早乙女がリヴィアに問いかけた。
「ずっと気になってたんだ。どうして会ったこともなかったのに、俺の名前を知っていたのか……。なあ、どうしてなんだ?」
不思議そうに、そして訝しげに、早乙女アルトは一歩先を歩くリヴィアにそう尋ねる。
リヴィアは一瞬間抜けな顔をして、すぐ後ろに居る早乙女をバカを見るような瞳で見ていたた。
「何を言ってるんだ。まさか、私を知らないと言いたいのか?」
クラスメイトで、席次も隣同士で、親しくはなくても名前くらいわかっているはずではないかと。
リヴィアは信じられないという様子で早乙女を見る。
「知らないのかって……だから、初対面だっただろうが。それとも、何処かで会っていたか?」
それなら、記憶にあるはずだけどな……と、早乙女は頭を掻いて必死で思い出そうとする。
まさか。
いや、でもまさか……。
リヴィアはふっと脳に浮かんだあることを思い出し、視線をさ迷わせた。
「リヴィア・アボット……」
自分の名を、ボソッと呟いてみる。
早乙女の反応を伺えば、怪訝そうに眉をひそめて首を捻らせてきた。
「リヴィア・アボット?確か、うちのクラスのヤツだな。ソイツがどうかしたのか? はっ!まさか、ソイツがアンタに俺のことを教えたのか!?」
目を丸くして叫び、クラスメイトのリヴィアと目の前の彼女との関係を探ろうとする早乙女。
間髪入れずにリヴィアは早乙女をじっと見た。
ああ、やっぱりか…と。
「私だ」
「は?」
「リヴィア・アボットは私だ」
第三者の目から見ると、なんて間抜けな二人なんだろう。
自分で名乗りながら、これがバカなやり取りに思える。
間抜けだった早乙女の顔は次第に驚愕に見開かれ、唖然とリヴィアを上から下まで見下ろした。
「まさか、いや……だって……」
信じられない。
と瞳で語る彼に、リヴィアはぶっきらぼうに尋ねた。
「だって、何」
少し低くなった自分の声に何とも言えない気持ちになりながら、早乙女の返事を待つ。
わなわなと震えたのち、まるでこっちが悪いみたいに早乙女がリヴィアを指差し再び叫んだ。
「お前、メガネはどうしたっっ!」
黒ぶちで、底の厚いメガネ。
髪だって今日は三編みじゃなければ無造作に結んでいる訳でもなく、頭の上できっちりと纏めて肩にフワリと流している。
全くの別人だと言われたって頷けるような変貌ぶりで……というか、完全に別人だと考えていた。
そんなんだから、早乙女アルトは目の前のクラスメイトに訳のわからない焦りや怒りが沸いている。
クラスメイトだと気付けなかったことが申し訳ないと思う気持ちで半分。
そして勘違いし続けて、これまでにどれだけの醜態を晒したのかと苛立ちを覚える気持ちが半分。
早乙女アルトの頭の中は混乱に陥っていた。
「メガネはダテ。学校じゃあれを付けてないと穏便には暮らせないと随分前に教えてもらったから」
小学、中等部ではだいぶ苦労したと、ダテメガネを付ける所以を捕捉するように溢しリヴィアは小さく肩をすくめる。
「ダテ……!? いや、でもだからってここまで変わるか!?」
「そんなに変わっているつもりはないのだけれど。貴方もそう言うのか」
くたびれたようにため息を吐き、リヴィアはアッシュグレーの髪を指で軽く弄った。
その姿は少し拗ねているようにも見えて、早乙女はやや笑ってしまいそうになる。
「自覚なかったのか。変なヤツ」
「悪かったな。……どうも私は、人と観点が少しずれてるみたいなんだ」
ムッと唇を尖らせたと思うと、リヴィアはまた落ち込んだように声のトーンを下げて苦笑を溢した。
すると互いに小さな間が出来て、やがて二人して耐えきれなくなり笑い出す。
「ふ……ははっ」
「くくっ」
毎日会っていたのに気付かなかった早乙女も、気付いて貰えない自分も、もう面白くて仕方ない。
「まさか貴方が私を知らないと言うとは思ってなかった。あのまま誤魔化して居れば良かったかな」
イタズラに笑うリヴィアに、早乙女アルトはハッとして尋ねる。
「そうだよ!俺だけアンタを知らなくて、あの時は随分モヤモヤさせられたんだ」
「それは、すまない。でも、悪気はなかったんだ」