カラフルデイズ
□ACT.01 レッドスクランブル
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ACT.01【レッドスクランブル】
─── ・・・・・・ なんで、こんなことに。
目の前に置かれた状況に、額から滝のように汗が伝い落ちていく。
追い詰められて、壁にぶつかった背中。
真っ直ぐに向けられた、鋭い眼差し。
「あ、あの……わたし……」
「着いてきてくれ」
「え、ええ……?」
意味がわからなかった。
目の前に立つ彼女に出会ったのは、わずか五分ほど前のこと。
いつも通りに仕事を終えて、いつも通りに帰路を歩いていた。
すれ違い様に誰かにぶつかって尻餅をついた私を、恐らくぶつかったであろうその人が慌てて立ち上がらせてくれて。
互いに頭を下げて、はい、終わり。のはずだったのだけど。
その人は私の顔を見るなり、突然に血相を変えたのだ。
眉間にシワを刻んで、戸惑う私の腕を掴んだかと思うと、こう尋ねた。
「今、時間はあるか?」と。
いきなりで怖いし、どう答えたら良いのか分からずに思わず後ずさってしまった。
逃げた先には壁があって、逃亡も叶わずこうして追い込まれたというわけで。
そしてついに、彼女は驚く私に構うことなく、有無も言わさずこの手を引いて歩き出してしまった。
「え、ええ!、あの……!」
どこに行くのか。
どうして着いていかねばならないのか。
声をかけてもどこか落ち着かない様子で歩いていく彼女に、私はなすすべもなくあっさりと誘拐されてしまったのだった。
身長の高い彼女。
緑がかった綺麗な髪を一つに結んで、紫色のパーカーを着ている。
どこかで見たことがあるようなサウンド機器の絵柄が描かれたそのパーカーは、すごく、彼女を個性的にみせた。
音楽が好きなのだろうか。
イヤホンを付けたままで、もしかしたらもう、私の声が聞こえていないのかもしれない。
悪い人には見えないしで、私は警戒をしつつも逃げ出すなんて事をしようともせず。
仕方なしに連れていかれるがまま彼女の後をついて行った。
そして、その間一切の説明もなく入り組んだ道を進みに進んで、廃屋のような外見の建物の前まで連れて来られた頃。
ようやくその人は早足で進めていた足を止めてくれた。
目の前にはどこからどう見ても一室しか無いはずなのに、『107』と掲げられた扉がポツリと存在している。
彼女は迷うことなくドアノブを回すと、私の手を離さないままに建物の中へと足を踏み入れた。
扉の向こうには、質素だがユニークな内装の部屋が広がっている。
出されたスリッパを否応なく履くことになり、そのまま奥の部屋へと案内され、そうして促され座らされたソファーでは、またもや妙な緊張感に包まれることとなった。
どうすることもできず黙りこくる私の目の前には、何処からともなく現れたふたりの少年少女の姿。
胡散臭気な笑みを満面に浮かべた少年と、顔を蒼白に染めて怯えきった様子の女の子だ。
本当に、いろいろと理解が追いつかない。
ついには困り果てて、チラリと横に立つここへ連れてきた張本人である彼女を見れば、そちらからも困り果てた表情が返ってきた。
「すまない。いろいろと説明不足だったな」
「(いや、本当にそうなんだけど……)」
なんていえるわけもなく、私は眉を下げて愛想笑いを浮かべるしかない。
そこで、アッシュがかった茶髪の男の子がズイッとテーブルに身を乗り出して、私と彼女とを交互に見た。
「ねえ、キド。その娘、もしかしてのもしかして……だったり〜?」
「確証はまだない。だが、一瞬だけ、そう見える瞬間があった」
「へぇ〜!この娘がねー。 でもそれ、見間違いとかじゃなの?」
「少しでも可能性があるなら、放っておくことも出来ないだろう」
「ふむ。たしかに」
どこか納得したように、今の会話で男の子が大きく頷いてソファーに腰を落ち着かせる。
間に挟まれる形で座る私は、居心地が悪すぎて胃のあたりが痛くなってきていた。
可能性だとか、放って置けないとか。
まったくもって理解が難しかった。
頭をぐるぐる回しながらも、必死になって脳に検索をかけていく。
私がここへ連れてこられた理由を見つけるために。
そして何故、私はこうも吟味されるようにみんなに見られているのか。
訳が分からなすぎて、ついには思考がショート寸前まで膨らんでしまった。
こうなっては考えることは放棄だ。
わからないことはわからない。
潔く諦め、私は思考を止めて真っ向から三人の視線を受けるとにした。
すると、ふいに男の子が私の顔を至近距離で覗き込んだ。
満面の笑みを崩さないまま、何かを調べるようにじぃーっと。
途端、背筋がゾワリとした。
愛想のいい笑みを向けられているというのに、言い得ぬ違和感を覚え、初めてその表情を怖いと感じたのだ。
合わせられた視線が、かち合っているように見えてそうじゃないような……。
何処か別の物を見られているような気がして、居心地が酷く悪かった。
何も言えずに黙りこくっていると、男の子は私の隣に立つ彼女を見上げて「キド」と呼んだ。
「この娘に話はしてあるの?」
「いや、まだ何も。その時は俺も驚いていたし、ひとまずでここまで連れてきたんだ」
「ふぅん……。って、え?なにそれ、不味いんじゃないの!?キドってただでさえ怪しいのにその上…いえ、なんでもないですスミマセン」
ギロリ。
キドと呼ばれた女の子が男の子を鋭く睨みつけて黙らせた。
説明をしてくれるタイミングは今訪れたらしい。
彼女は思い悩むように小さな息を吐いた後、今度はじっと私の顔を覗き見る。
「さて、何から話そうか……」
カチリと合わさったその視線。
また、背中がゾワリと泡立つ。
全身に駆け巡る違和感と、不安感。
そこでようやく、私はその不可解な恐怖の理由を知ったのだ。
「( ……この子達、空気が… )」
とても、重い。
雰囲気というか、醸し出すオーラというか。
おおよそ、その年齢の子たちが宿す眼光ではない鋭さで、人を見るのだ。
思わず身震いする。
品定めをするように、隅々まで見られる感覚。
重苦しい雰囲気に、世界観が違うように感じた。
呼吸さえ許されないようなその鋭さに、私は思わず息を潜める。
すると、その様子に気付いたらしい男の子がパン!っと両手を叩いて張りつめられた気を一蹴した。
「こらこら、キド〜? その子怖がってるって〜」
「え?す、すまない!ついじろじろと見てしまった……怖がらせるつもりはなかったんだが……本当に、悪かった」
「あ、だ、大丈夫……です」
スッと消えた緊張感。
蛇に睨まれた蛙の状態から逸することが出来た私は、深く息を吐いた。
あのまま見つめられ続けていたら、息苦しさに窒息してしまいそうだったから。
「ここはひとまず自己紹介からいこうか!何事もまずは自己紹介からってね!」
パチパチとまた両手を叩いて、男の子が軽快に笑って場を和ませる。
キドと呼ばれた女の子も異論を唱えず、肩をすくめると頷いてそれに応じた。
「というわけでどうもハジメマシテ。僕はカノと言います。よろしくねー」
「え、え?よ、よろしく……?」
「はい、つぎー。そっちの角に居るのがマリー。それから、君をここに連れてきたその人が団長の」
「キドだ」
「えと……棗、です」
自身の名前を口にしながら、自分で自分に突っ込みを入れたくなる。
「(いや、知らない人に名乗るのってどうなの?これ)」
それに、団長とは?
もしかすると、何かの怪しい団体ではないのだろうか。
そう思考すると、途端にここにいることが危険に思えてきた。
このままここに居たら、これまで築き上げてきた人生が覆されてしまうような、そんな大きな不安感。
どうにか逃げられないかと玄関の方へ視線を向けたその時、カノと名乗った男の子が再びずずいと距離を詰めてきた。
何度見ても胡散臭いあの笑みを浮かべて。
「それじゃ、単刀直入に聞くね。今までに、どっか他人と違うなあ〜可笑しいな〜……なんて感じたことはない?? 例えば、不可思議な出来事が身の回りで頻繁に起こったり……なんてこととかさ」
明るい調子でそう尋ねてきた彼に、私は思わず顔をしかめた。
「その……特には、ない、です」
問われるような不可思議な体験など、ひとつもない。
それでも尚ひとつ挙げるとすれば、今この状況のほうが私にとっては不可思議だ。
全く話がわからないのだから。
そこで、この部屋に連れてきた張本人である女の子が、私をじっと見つめながら小さく首を傾げた。
「例えばの話だが。自分の目の色が一瞬でも変わったと思ったことはないか? そうだな……赤く見えたことがあった……とか」
探るような視線。
途端、息が詰まった。
彼女は私を見ていたのではなく、私の目を見ていたのだと気づく。
赤……。
その単語に、妙に息苦しさを感じてしまう。
時折、鏡に映る自分の目が、赤く見えることがしばしばあったから。
朝起きて脳が働いていない時だとか、夜寝る前の眠い時だとかにそう見える瞬間があるのだが、私の中でのそれは、見間違いに分類されている。
気にするようなものではないと思っていたし、実際、気にもしていなかったのだけれど……。
「赤……」
言われて、思考して、思い出して、ふいに目の前が少しだけ暗く感じた。
一瞬だけ脳裏に浮かんだのは、冷え切った私の部屋の中。
そういえばそろそろ暖かくなる時期だな……布団をしまわなくては……なんて考えて、私はハッと意識をこちらへと戻す。
目の前で、質問を投げつけてきたふたりが顔を見合わせて頷き合っていた。
カノと名乗った彼はともかく、団長であるキドさんのその表情は、やけに緊張しているように見える。
やがて、ふたりはこちらを向くとしっかりと私を見つめた。
「決まりだな」
「そうだね」
なんて会話を交わしているけれど、私には何一つ理解出来ていない。
訝しむ私をよそに、男の子は両手を大きく広げて満面に笑みを浮かべると、至極楽しげな声で私に語りかけた。
「ようこそ、メカクシ団へ!」
「は?」
思わず間抜けな声が漏れたと思う。
一向に説明もないまま、彼らは勝手に話を進めていこうとするのだから。
「今日からお前には……棗には、俺たちの仲間になってもらう」
「その能力が何なのかも知りたいし、説明してあげるから、ちゃーんと聞いてね」
やけに堅い口調で話すキドさんと、おちゃらけているようにおどけてみせるカノさん。
もう訳がわからなくて、とにかくここから逃げ出したくて、私は堪らず首を振っていた。
「い、いいです!説明とか、本当に要らないので帰してくれませんか」
「そういう訳にはいかないんだ」
「どんな力を持っているのか、君自身も知らないってことは、危険もあるってことだからね」
「危険って……急に言われてもわからないです!それに、これまで普通に過ごしてきたんです、この先も何もありません!」
逃げ出さなくては。
彼らから離れなくては。
そんな思考がぐるぐると頭の中を占拠して、私は襲ってくる不安から自分でも驚くほど大きな声を上げて全てを拒否しようとした。
聞いてはいけない。
後戻り出来なくなったら、今の生活が狂ってしまうかもしれない。
訳もわからず不安が押し寄せ、必死になって耳を塞ごうとした。
けれども、私の身体は逃げるどころか動くことさえ敵わなくなった。
蛇に睨まれ金縛りにあったかのように……ではなく、文字通り指一本動かせない異様な事態に陥ったのだ。
キドさんが白い髪の女の子に向かって何かを呟いたところまでは理解出来た。
けれども、その後の女の子と目が合った後からが不可解なのだ。
マリーちゃんという名前であることだけは理解出来ていたが、その子の目が赤く光ったように見えたと錯覚したその瞬間。
私の身体はピクリとも動かなくなった。
そして、そんな指一つ動かせない状況に置かれた私を前にカノさんは容赦なく聞きたくもない説明とやらを浴びせてくる。