カラフルデイズ
□ACT.01 レッドスクランブル
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「僕らメカクシ団っていう集まりでね?そんで、能力を持った人間を集めているわけ。仲間も情報も多いに越したことはないでしょ?だから君にも協力してもらいたいんだよね。そんでさ、君がどんな能力を持っているのかも知りたいわけだから、協力してくれると嬉しいなー。ちなみに、メカクシ団っていうのは……」
と、どこで息継ぎをしているのかわからないほどにペラペラと滑りのいい舌で続けられたその説明とやらは、あまりにも私の知る常識を大きく超えていて、頭の中でまとめようとしても難しいものだった。
「だからね、僕達のこの力を使って、いろんな仕事をしているわけなんだけど……」
いつ話し終わるのか、ひたすら長いその話を聞きながら、いまだ私の身体は動くことなく。
それなのに耳だけはしっかりと仕事をしてしまうから厄介だ。
およそ15分以上に及ぶカノさんの独擅場によるメカクシ団という組織の説明が終わった頃。
私の頭はパンク寸前になりながら、ようやく動くことが出来るようになった身体をソファーに沈み込ませた。
要約すると、彼らの話はこうだ。
まず、私になんらかの能力があるのだという。
それがどんな力なのかはさておき、私の目が赤く染まるのには力があると言う絶対的理由があり、その力がどんなものなのかを調べなくてはならないのだという。
にわかには信じられない話……というか、今現時点では全く信じていない話だ。
そして次に、彼らにもそれぞれに能力があるのだという。
メンバーは4人居て、そのそれぞれがそれぞれの能力を持ち合わせ、協力して仕事とやらをこなしているのだとか。
その仕事とやらがなんなのか、その詳細はまた後日話して聞かせると言っていたが、正直聞きたい気持ちは微塵にもない。
むしろこのまま何も聞かなかったことにして帰りたい勢いだ。
だが、その能力とやらを見せられてしまった事には忘れることも難しい。
話している最中……そもそも、マリーという女の子の目を見てから、私は全く身動きできなくなったわけだが、その後で、能力の証拠を見せるためにと、続けざまに見せられたキドさんの能力でも、肝を冷やされたのだ。
話しているカノさんの方を見ていた私だったが、いつのまにかキドさんの姿が消えていていることに気付かされ、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるカノさんに彼女がどこへ行ったか問われたのち、真正面から肩を叩かれるその時まで、私はキドさんがそこから一歩も動いていなかったことを知らなかったのだ。
そしてカノさん。
彼は姿を誤認させることが出来るのだと告げると、心底楽しそうに両手を広げて、まるでイリュージョンを見せるかのように姿を変化させた。
私が瞬きをした次の瞬間には、目の前には猫がいたのだ。
黒い毛並みに、人懐っこい目をした猫。
それがカノさんであるのだとキドさんが説明したその後で、再び目の前には飄々と笑みを浮かべるカノさんの姿が戻って来ていて、正直私のキャパシティは限界値を超えてはるか空の彼方へと吹き飛んでしまった。
理解できないことばかりが、簡単に目の前で起こり続けてしまったのだ。
私の頭もそりゃあパンクするというもの。
しかも、そんな度肝を抜くような能力が私にも備わっているのだと言うのだから、信じられない。
カノさんは『目を欺く』能力で。
キドさんが『目を隠す』能力。
マリーちゃんが『目を合わせる』能力なのだと、能力について説明を受けた。
私に備わっているのがどんな力を持っているのかはさておき。
どうしても、私は私自身にそんな力があるとは思えなかった。
別段、私生活を送る上で異変を感じたことはないのだから。
「別に俺たちみたいにここに住めって言っているわけじゃない。定期的に情報を交換したいのと、お前の力が借りれる案件があれば手を貸して欲しいということと、その力が暴走しないように気を付けなくてはいけないってことだけをわかって貰えたらいい」
キドさんが神妙な面持ちで私を見つめ、どこか影を含んだ表情を浮かべた。
能力の暴走。
さっきから聞くその言葉に、私は不安を覚えながらも、もしかすると彼女達もなんらかの障害を受けたのではないかと推測した。
つまり、人にも自分にも及ぶ害があったという話なのだろう。
話だけを聞いていたら便利な力に思えるかもしれないが、受けていた説明の中には、制御が必要だとも加えていた。
その制御が上手くいかない場合、どんなリスクがその身に起きるのだろう?
『目を隠し』認知させない。
それは、逆を言えば “認知して貰えない”ということにもなるのではないのだろうか。
そう考えた瞬間、ゾッとした。
キドさんの目に暗く差し込む陰鬱な光が、そんな過去もあったのだと物語るようで悲しくなった。
目の前のソファーで笑みを浮かべ続けるカノさんもそう、明るく見えてるその表情は、本物なのだろうか。
こちらを見ているその目は、出会った頃からずっと、赤いのだ。
ぞわぞわと、背筋が気持ち悪くなる。
また、逃げ出したい衝動が強くなって、彼らからから遠ざかるためにどうすべきか、頭の中でぐるぐると思考が回る。
けれども、キドさんはふと声の質を柔らかくさせて、私の手を掴んだ。
「怖がらせるつもりはないんだ。仲間が居るという事実が、俺たちは嬉しいし、見つけられたことに安堵している。強制的に何かをさせるつもりもないし、なんなら話し相手になってくれるだけでもいいんだ。ここの外じゃ、俺たちは自分というものを曝け出して生きるのが難しい。共通の話が出来る人間が増えたら、それだけで気が休まるんだよ」
「話し……相手……」
困ったように下げられた眉毛に気づき、私は恐る恐るキドさんを見上げた。
背の高い彼女なのに、どうしてだかその姿はほんの少し小さく見えた。
話し相手くらいなら。
そんな気持ちが浮上して、気づけば考えるより先に、私は彼女に小さくうなずいていた。
「よかったねマリー。話し相手が出来たじゃん」
「はっ、話し相手……!?い、いらない!いらない!こ、怖いもん!」
カノさんがからかうようにマリーちゃんに話しかけると、マリーちゃんは心底怯えるようにソファーの後ろへと隠れてしまい、私は逆に怖がられたことに驚かされる。
先程は私を金縛りのように支配していたというのに、この脅えようはなんなのか。
そこでもまた、マリーちゃんという女の子の過去に何かあったのだろうという予感が過ぎる。
ここにいるメンバーは、つまりは訳ありなのだと理解すると、途端に肩の力がストンと抜けた。
「たまに、来る程度であれば……」
いつのまにかそう答えていた自分にまた驚きながら、私の声に反応しソファーの後ろからほんの少し顔を出したマリーちゃんにくすりと笑う。
目があったマリーちゃんは驚いたように目を丸めると、またすぐにソファーに隠れてしまったけれど、どうしてだかそれでも嫌な気持ちにはならなかった。
「それじゃあ、決まりだ。これから定期的に、うちに来てくれ。連絡先も教えてくれると助かる」
キドさんがスマートフォンを取り出して、私に連絡先を教えるように促す。
ここまで話を聞いて、やっぱりごめんなさいなんて気にもならず、私は仕方なしにと自身のスマートフォンをカバンから取り出した。
スマホカバーも透明で、ストラップすら付いていない簡素な白いスマートフォンを彼女に差しむけると、LINEの交換をすることになって、メカクシ団のメンバー全員が入っているというグループチャットにも加入させられた。
マリーちゃんはスマートフォンを持っていないようで、彼女とは直接のやりとりしか出来ないのだと言う。
けれどもそれも、ここへ通えば解決する問題だからと、やはりここへ訪れることを約束させられ、話は終わった。
そして最後に、守ってほしいというルールを付け加えられた。
「今のところ、僕らの活動に参加させることはないと思うけど、ひとまずは団員からの連絡にはすぐに応答してね〜。それから、明らかにおかしいなー、不思議だなーと思ったものに出くわしたりしたら、自発的に報告すること!」
「連絡事項は俺が流す。それ以外、気になったことや質問があれば、気軽に聞いてくれていい」
「わ、わかり、ました」
いま耳に入ってきた情報を必死に頭の中の引き出しに仕舞っていって、私なりに整理していく。
ひとまず、今すぐどうこうという訳ではないということがわかった。
それだけで良しとしよう。
と、私がため息を噛み殺しながらふとカノさんを見たとき、カノさんは何やらスマートフォンをいじりながら元々大きなその目を2倍に広げていた。
「え、ええ、え?いや、ないよ、ないない。嘘だって、えー??」
「……どうした、カノ」
スマホ画面をスライドさせながら、カノさんが何かを否定しようと「違う違う、絶対違う」と連呼する。
キドさんがそんな彼の異変に眉をひそめ、彼の眺めているスマートフォンを上から覗き見た。
「なんだ、棗のタイムラインを見てたのか」
「え、私のタイムライン??」
何か気に留めるようなことでも書いてあっただろうか。
ほとんど投稿しないそのタイムラインで、私が覚えている限りの内容と言えば恐らく……。
「(先週のヤツかな。個人宛に返すのが面倒で、タイムラインでまとめてお礼したやつ……)」
なんて簡単に思いつくくらいには、タイムラインに投稿などしていない。
けれども、特に大した内容は書いていなかったはずだ。
けれども、キドさんもまたカノさんに「ほらこれ!ここ!この文読んで!」と見せられたスマホ画面を除き見ると、ピタリと動きを止めてしまった。
「……嘘だろ」
そう小さくこぼされた声に、カノさんが「だよね!?嘘だよね!?違うよね!?見えないよね!?」と返している。
いったい、私のタイムラインのどこにそんなにも食い付いているのだろうか。
不安になって、自分でもタイムラインを確認しようとスマホを触りだしたその時、カノさんが私を指差して大声で叫んだ。
「こんなに小さいのに僕達より歳上とか信じらんない!18才?嘘だよ!絶対嘘!!!」
「…………棗、これは本当なのか?その、中学生とかじゃなくて?」
「中学生!?」
あまりにも恐ろしい単語が聞こえて思わず声が大きくなる。
つまり、彼女達は、私がお世話になっている方たちに向けて投稿した「お祝いのメッセージありがとうございました。またこれからもよろしくお願いします」のコメント欄にある「棗ちゃん18才のお誕生日おめでとう」という文についてこうも混乱しているらしく。
先週れっきとした18才になった私を中学生と思い込んでいたというのだ。
なんたる屈辱。
なんたる不服。
「中学生じゃありません!!!私はもう大人です!!」
お酒やタバコは買えなくても、深夜徘徊を許される立派な大人なのだ。
ここまで本気で中学生だと思い込まれていたことに腹立たしさを覚え、反対に、悲しくなってしまう。
どうにも私は平均より身長が低めであることは自分なりにわかってはいた問題だったが、まさか中学生に間違われる日が来るとは思いもしなかったのだ。
そりゃあ、たしかに。
目の前にいる彼らは大人びていて、私も同い年くらいかなとは思ってしまっていたけれど、まさかまさかの年下で、しかもその年下な彼らにさらに年下に思われていたなんて驚きを通り越して脱力だ。
悔しいから、免許証を無言で差し出してみせる。
私は免許を持っているだけで車を持たないペーパードライバーだが、世渡りするために必要だからと会得した免許証は嘘をつかない。
誕生日を迎えると同時に取得した顔写真入りの免許証を、キドさんは奪い取るように手にして、まじまじとカードを見つめると唖然と口を開いてしまった。
「信じらんない。絶対僕より年下だと思ってたのに……」
「俺もだ……まさか、二つも上だとは……」
「へ!?二つ!?」
今度は私が驚く番だった。
年下であるということは認識したが、二つも下には思えなかったのだから。
「え、ってことは、みんなまだ16才!?」
「少なくとも、僕とキドはね」
「少なくとも!?」
「マリーはいくつかわからん。不老不死だから」
「不老不死!?!?」
だめだ。
キャパオーバー。
私は強い目眩に頭をやられ、思考することを強制的に止めた。
これ以上ここであれこれ聞いていたら、情報の整理が追いつかないし、頭が回らなくなってしまう。
とにかく時間がほしい。
ひとりでじっくり考える時間が。
「とにかく……一旦帰って休んでいい?仕事終わりだったし、時間がほしいです」
「あ、ああ……構わない。また連絡するし、そうじゃなくても気が向いたら来てくれ」
「……わかりました」
どんよりとした気分でソファーから立ち上がり、私は玄関に向かって歩き出す。
その際、ソファーの後ろに隠れたままのマリーちゃんと再度目が合ったけれど、すぐさま目を逸らされてしまった。
極度の人見知りだというが、ここまでだと生きていくのは難しいのではないだろうか。
なんてぼんやり考えて、私は彼らに見送られるままアジトとやらを後にした。
すっかり茜色に染まってしまった空を見上げて、今しがたまで体感していたあの独特な空気を思い出す。
あの場所だけ世間とずれていて、全く別の空間にさえ思えていた。
けれどもそれは心地の悪いものではなく、不可思議な気配はするものの、どちらかといえば後半は穏やかだったように思える。
気を遣わなくていい他人。
何故かそんな単語が頭の中にふっと浮かんで、不思議な心地になった。
やがて私の住んでいるアパートが見えて、タイミングよく踏み出した右足にほんの少し力が入る。
ああ、そうだ。
考えてばかりもいられない。
明日も仕事があるんだった。
ぼけっと、そんな現実逃避みたいに現実のことを考えて、私はひんやりと冷たいドアノブを掴み、玄関の前でため息をひとつ落としたのだった。
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