カラフルデイズ
□ACT.02 BLACK×BLACK
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ACT.02【BLACK×BLACK】
あれから三日。
全部夢だったんじゃないか。
全部私の妄想だったんじゃないか。
或いは無視しちゃっても良いんじゃないか。
なんて思考にたどり着いた私は、メカクシ団のことは綺麗さっぱり忘れてしまおうかと考え始めていた。
あとあと思い返してみれば、やはり怪しいことばかりなのだ。
特別な能力?
それを使った活動?
仕事だとも言っていた。
まだ高校生であるはずの彼らが、仕事?
考えだすと怪しさ全開で、三日前の自分はどうかしていたのではないかと不安にさえ思えた。
不老不死だなんてありえない。
実際に目の前で見せられたあれらだって、トリックだったのかもしれない。
冷静になった頭で、私はようやく三日前の自分が混乱し思考が緩くなっていたのだと気付かされた。
普通に考えて、おかしいじゃないか。
そんなことを考えること数日。
私は怖くなって、キドさんから送られて来るLINEを既読をつけることなく無視をすることにして、アジトへも行かないようにした。
あの日偶然彼女と出会った近道も、もう使わないようにしている。
LINEの情報ごときでは、私の住所や勤め先もわからないだろうから、このままやり過ごせばなんとなく逃げられるかもしれない。
そんな思考が働いて、私はこの三日間、忙しさにかまけて色んなことに知らないふりをした。
信頼を寄せるようなあの視線には、ほんの少し良心が痛むけれども。
そんなこと言っていては、いつか本当にやばい宗教に入団させられそうだ。
天気のいいこの日。
今日は久々に早く仕事が終わる日で、どこか出かけても良いかもしれないなんてことをただただ考えていた。
「棗さん、お疲れ様ー」
「お疲れ様です」
勤務時間が終了し、制服を脱いだ私に手を振る同僚達。
それに元気に手を振り返して、店を出た。
【Garden.cafe】と掲げられたその店は、店内にドライフラワーや様々な生花、植木などが所狭しと並べ、まるで庭園の中に居るような気分にさせてくれると評判を頂いているカフェで、私が二年前から働かせてもらっている店である。
昼間から夕方にかけて営業する店であるため、高校生が働ける場所ではないのだが、私はいわゆる中卒で高校に通っていなかった人間だったから、オーナーにだめ押しでお願いして身を置かせてもらい、勤務外の時間を使って高校卒業資格を個人試験で受けて会得するという、なかなかハードな十代生活を過ごしていた。
そして半年前からは休みの日には一日中自動車学校に箱詰めになり、受けられる学科全てを受けて帰るという過密スケジュール。
それも、先週の誕生日に免許を取得したことで全ての過程が終了し、晴れて自由の身となったわけだ。
さて、自分に何かご褒美があっても良いだろう。
どこを練り歩こうか。
それに、今日は天気がいい。
良いお買い物が出来そうだ。
なんて目を細めて空を見上げて、喧騒の中、ふいに聞こえてきた声にぴたりと思考が止まった。
「お疲れー、お姉さん。待ってたよー」
は?
なんて素でこぼして、首が飛ぶんじゃないかという勢いで声が聞こえてきた方向に顔をぶん回した。
横線二本の白いガードレールに両足を器用に乗せて座り込み、まるで悪戯っ子のように満面の笑みを浮かべて右手を振るカノさんが居た。
「(嘘でしょ。まじでか。ナニゴトデスカ)」
彼の目は真っ直ぐこちらを見ていて、人違いですだなんて言葉で誤魔化しようもないほどに、私もまた彼を凝視してしまった。
「よっこいしょ。じゃ、行こっか」
なんて、ガードレールから軽快に降りて私に向かって真っ直ぐ向かってくるカノさんに涙が出そうになる。
もちろん、再会の嬉し涙なんてものでは決してない。
「(なんでこの場所を知ってるの……)」
そんな恐怖からだ。
しかも、上がる時間まで把握済みと来た。
何せスタッフ出入り口の前に居るのだから。
うちの店は店内を外から覗くことが難しい。
故に、事前に調べ尽くしていたということなのだろう。
知り合って3日目。
何故私はこんなにも彼らに捕らわれてしまっているのだろう。
「……カノさん。一応確認してもいいですか? 私がここで働いていることって伝えてあったっけ」
目の前までやってきたカノさんを見上げ、私は堪らず抑えきれなかった疑問を素直に投げかけた。
聞いてみたところで、彼がどう返しても怖いことには変わりないのだが。
するとカノさんは私をパチパチと瞬きをしながら見つめると、またニンマリと笑った。
「そんなの、ちょっと調べたらすぐわかることだよ?ほら、お姉さんてば、トンズラしちゃいそうだったしさ。迎えに来ちゃった」
ちょっと調べたらわかることではないと思うのは私だけでしょうか。
しかも思考すらバレてる。
もはや得体の知れない目の前の少年に畏怖の念を覚えながらも、もうこれ以上はどこへも逃げられないのだとはっきりと理解してしまった。
そしてさらに気付く。
この胡散臭いばかりの笑顔は威圧もあるのだと。
素直に着いて来いと、読めないはずの笑顔に込められている。
思わず引きつり笑いになる私に、カノさんは一層ニコニコと笑って「ほら行くよ」と手を伸ばして来た。
あっという間に手を掴まれ、いわゆる手繋ぎの状況に陥ってしまう。
W逃がさないよ?W
まるでそう言われているような気がして、冷や汗もダラダラな私はその手を振り払うことが出来なかった。
鼻歌交じりに人通りの多い街中を器用に歩くカノさん。
その手に引かれながら、私もまたげんなりとした気持ちで着いて行く。
一向に離そうとしないその手をちらりと一瞥して、我慢していたはずのため息をあっさりと漏らした。
そしてふいに、黒いフードの中に隠れたカノさんの目が赤くなっていることに気付く。
そこでようやく、彼が私を欺いていたことにも気付いた。
笑みを浮かべているその表情は、本物ではないのかもしれない。
本当はどんな顔をして歩いているのだろう?
考えると、ゾッと背筋が冷えたように思えた。
瞬間、脳裏に浮かんだ彼の表情は、どうしてだかなんの色もない無表情だった。
何にも関心を寄せない、冷めた表情。
そんなはずないのに、どうしてか私は彼が笑っていないことを本能で悟ったように思えた。
こうして横顔を見ても、彼はいまだ笑っているというのに。
繋がれた手のひらから伝わってくるカノさんの体温は、ほんの少し、ひんやりとしていた。
特別抵抗を見せるわけでもない私に、カノさんはなにかを思ったのか、ふいに視線を投げて来た。
ぱちりと合わさった視線。
彼の目は相変わらず赤いままで、能力を解くつもりはないらしい。
どこかどす黒く感じるその笑みから目を逸らせないまま、私はただただ彼が今なにを考えているのかを思考した。
逸らされない視線になにを思ったのか、カノさんは小さく頭を傾げると、突拍子も無いことを言い出した。
「お姉さん、恋人居ない割にこういう手繋ぎとかには動揺しないんだね」
「は?」
今度こそはっきりと、彼に向かって間抜けな声を上げてしまった。
「普通こういう時って、免疫ないと動揺したり照れたりするもんじゃないの?お姉さん、さっきからすごい無反応」
けたけたと笑うみたいにそんなことを言うカノさん。
いや、反応すればいいのかもわかっていないのだけれど……なんて言い返すより先に、聞かねばならないことがひとつ出来てしまった。
「……私に恋人がいないとか、どうして知ってるんですか」
恋人がいないことなんて、自ら公言したことはない。
たまに同僚達に「棗さんは彼氏いないのー?」なんて聞かれることがあって、その時だけ否と答えてはいるが、それがどうしてカノさんにまで伝わっているのか甚だ謎すぎる。
ていうかもう、犯罪レベルではないだろうかなんて疑い始めている。
カノさんはきょとんとした顔で私を見ると、また無邪気な笑顔で「調べたらすぐだって言ったじゃん」と悪気もなく答えた。
本当に、この世の中どうなっているのだろうか。
個人情報をW調べたらすぐわかるWなんて恐ろしい現代になってしまったのか。
フェイスブックなんてものが出回っている今のご時世、たしかに名前さえわかれば調べることは簡単かも知れないが、私はSMSに興味がなく、LINE以外はほとんど触っていない。
LINEにすら個人情報を載せていないというのに、どこをどう調べたらわかるというのだろう?
末恐ろしくてそこまでは聞けず、私は苦笑いを誤魔化しきれずに漏らして、内心ではかなりドン引きしてしまっていた。
「ところで話が変わるけど。お姉さんさ、本当にこれまでに自分の身の回りで違和感を感じたことはなかったわけ?」
私の個人情報について軽く流してしまうあたり常習犯なのか、カノさんはまた突拍子もなくW目Wの能力の話題へと話を逸らした。
とはいえ、これは3日前にも聞かれていた質問で、その時も「わからない」と答えたはずなのだが……。
当たり前に、私は同じ答えを彼に返す。
「身に覚えはないです。強いて言うなら、違和感というより怖いなと思っているのは、カノさんが私の個人情報を知り尽くしていることくらいで」
「ははは、言うねぇ」
また楽しそうに笑って、私の小さな反撃をものともしないカノさん。
けれども、彼はふと笑うのをやめるとぴたりと足を止めた。