虚空の歌姫
□#01.ブルー・スカイブルー
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「今日も遅刻ギリギリだったな、ミス・アボット」
教室に入るなり、嫌味ったらしく説教を垂れた陰険教師。
別にそれを気にするでもなくチラリと教師に一瞥を返し、リヴィアはさっさと自分の席に着いた。
まだ何か言いたげにしていたけれど、いちいち頷いてやるような性分でもない。
聞く耳を持たない彼女に憤慨しつつも、教師は仕方なしに授業を開始した。
遅刻ギリギリの問題について彼が彼女に強く言えないのは、リヴィアが今までに遅刻をしたという事実が一度もないからだ。
更には学年で席次が三位と優秀であるし、問題を起こしたこともなく、普段は大人しい生徒である彼女は非の打ち所がないと言える。
それに、声を掛けづらい雰囲気が非難出来ない一番の邪魔モノであり、厚底の黒ぶちメガネと一つに束ねられた髪は厳格そうで近寄り難い。
悲しい話、リヴィアはこの学園で一年と少しを過ごした現在になっても、親しいと言える友人は居ないに等しかった。
しかもここはパイロット科。
女の子なんて少ないし、ますます孤立するばかりで、リヴィアはいつも在校時間をひとりで過ごしていた。
人混みや喧騒が嫌い。
それは学園の中でも当てはまることで、休み時間になればフラりと中庭か森へと出かけるのが日常だった。
よって、誰もリヴィアには近寄れないのだ。
眠くなるような生ぬるい授業を終えて、任務に着くべく帰る支度をする。
その間も誰かから声を掛けられるようなことはなく、荷物をまとめるとさっさと学校を後にした。
クラスメイトの何人かがシェリルのライブの演出スタンドをするとか言って、騒ぎながらリヴィアの横を通りすぎていくのをぼんやりと見送る。
ついに噂が現実になるのかと思うと気が重くなり、リヴィアはまたため息を吐いていた。
本当に彼女が来船したのなら、きっと自分は警備に当てがわれる。
あの煩いホールの中で何時間も待機していなければならないのかと思うと、気どころか身体まで重くなった気分だ。
今日は大事な話があるからまっすぐ指令室に来るように。
そう言われたのを今すぐ忘れてしまいたい。
大方、今日で警備の依頼を持って来るのだろう。
軍だけを使えば良いのに、どうしてこんな民間企業にまで……。
それほど彼のシェリル・ノームというアーティストが重要人物なのだろうが。
リヴィアには癪だった。
何度も言うようで申し訳ないが、別にシェリルというアーティストが嫌いな訳ではない。
耳が良すぎて辛いだけなんだ。
一度聞いた音や言葉はしばらく脳裏に焼き付いてしまうほどに、耳が良すぎるのだ。
小さな音さえ拾ってしまうこの耳には、どうしても爆音やスピーカーからの大音量に耐えられない。
文字通り、気分が悪くなって頭が痛くなる。
特別仕様のイヤホンをはめていなければ、日常生活もままならないほどに、だ。
この船団には色んな音が混ざり合っていて、全ての音を拾ってしまうリヴィアにとっては、少し居心地の悪い世界にさえ思える。
人工的に創られた夕焼けを見つめ、リヴィアは呟いた。
「……何処に行っても同じか」
この世に、音のない空間など何処にも存在しないのだから。
リヴィアにとっての安らぎの場所など、きっと何処にも存在しないのだ。