黎明の獅子 -akatsuki no yona-
□黎明の獅子 第二幕
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それはよく晴れた涼しい日。
心地よい風が頬を吹き撫で、そよそよと流れていくのを目を細めて感じていた。
見回りがてらと散歩をしていて、ふとあるものに気付いて笑ってしまう。
「おはようございます、姫様」
向こうから歩いてくる我らが皇女様、ヨナ姫を見つけ、声をかければ向こうが駆け寄ってきた。
「おはよう、スイ! ねえ見て、今日の私。どこか違うと思わない?」
キャッキャと楽しげに笑ってこちらを見上げてくるヨナ姫に、愛おしさが生まれる。
「なるほど、化粧をなされたんですね。とても綺麗になっていて、見違えましたよ。ああでも、姫様は化粧などしなくとも普段から可愛らしいですが」
「まあ!」
おしろいを付け、薄く紅を差した普段とは違うヨナ姫。
自分の言葉に頬を染める姿はなんとも可愛らしいもので、これは世の男どもはイチコロだろうと笑いを堪える。
「でもね、スウォンは何にも気付いてくれなかったの! もうすっかり子供扱いで参っちゃうわ」
なんて言って途端に頬を膨らませるヨナ姫に、思わず笑い転げてしまった。
近くに大臣どもが居るだろうからと気を使っていた身分も吹き飛ぶというもの。
「ふっは! さすがスウォン様。お姫さんがこんなにお洒落をしても気付かないとは! 相変わらずの天然ぷりがまた凄まじいね!」
「笑い事じゃないのよスイ!」
「でも自分は、本当に今日のお姫さんが素敵に見えるけどなぁ? スウォン様はもったいない」
こんな、ヨナ姫の魅力に気付けないなんて。
そう耳元で囁けば、ヨナ姫の顔が真っ赤に染まり上がった。
「ススス、スイ! 不意打ちで近づくのはダメよ!」
「おや、これは失敬。・・・・・・で、そこのハクさんはなんつー顔してんの」
柱の陰からこちらをジトーっと見つめてくるハクに、堪らず笑った。
こいつもわかりやすい。
「いやはや、青春ですねぇ」
青い空が妙に清々しく思えたその日だった。
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───────・・・
「おや、スイじゃないですか」
「ん? ああ、お久しぶりですねスウォン様」
背後から声を掛けられて振り向いてみれば、そこにはヨナ姫意中のお方、スウォンが立っていた。
「敬語、やめない? 昔みたいに呼んでほしいな」
「いやいや、そんな恐ろしい所業・・・・・・自分には出来ないって、上のヤツらがまた一層うるさくなってるんだよ、スウォン」
「それはまた、大変ですね」
「そうなんだよ。この間なんかハクと話してるときにスウォンの話題になってさ、スウォンくらいの好青年なら、女の子もより取り見取りだよなぁ! なんて話してるのを聞いた大臣どもに、呼び捨てなどおこがましいだなんだのと喚かれてもう・・・・・・」
「災難でしたねぇ。でも、スイは別になんとも思ってないのでしょう?」
「実のところ、全く! 友人の名を呼ぶのに形式なんざいらないっての」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ぷっ・・・・・・!」
「ふは! もう、やっぱり自分には無理だって。ヨナもスウォンももう、友人とか言うより兄弟みたいなもんだしさぁ!」
大臣どもが聞いたらまた目をひっくり返しそうな会話のあと、同時に吹き出して笑っていた。
お腹を抱えて笑うスウォンに、頭を掻きながら肩を揺らす自分。
正直なところ、物心ついた頃から一緒に過ごしてきたわけで。
こうして互いに顔を見合わせれば、童心に返って馬鹿騒ぎをしたくなる。
そこで、スウォンが思い出したように少しだけ唇を尖らせた。
「っていうか、別に私は、より取り見取りなんかじゃないですよ?」
「どうだか。縁談の話はそこそこ来てるんだろ?」
王族の、しかもうら若き青年。そしてこの甘い綺麗な顔立ち。
「噂でここまで流れて来てるぞ。スウォン様がいつ妻をめとりなされるか、ってね」
「今はそのつもりはないと言ってるんだけどね・・・・・・それより、噂なら私も聞いてるよ」
「へ?」
ジッとこちらを見据え、楽しげに目元を緩めるこの男に頭を傾げる。
「何を?」
何かやらかした話だろうか、それとも功績?
何か話題なんかあっただろうかと考えていれば、スウォンはイタズラにこちらの顔を覗き込んできた。
「ラン・スイ将軍に嫁ぎたいっていう乙女が続出している、とか。いやぁ、隅に置けないですね、スイも」
「・・・・・・その話な」
ガクッと肩が下がる。
確かに、ここ数年でやけに乙女たちから黄色い声が掛けられるようになったとは思ったが。
「自分には彼女らに応えられる時間が無いんだけどなぁ。スウォンとヨナとハクの相手でいっぱいいっぱいだ」
「とか言って、本当は意中の方が居るんじゃ?」
「ばぁか。んなもん居たらさっさと捕まえているっての」
女の子が吐いて欲しい言葉なんて熟知していると妖艶に笑えば、スウォンの阿呆はひどく感心したように頷いた。
「確かに、その顔で見つめられたらドキッと来ますね」
「なんであんたがドキッとしてるんだよ。悪いけど、男に惚れられる趣味は無いぞ?」
「ははは! スイくらい綺麗な顔をしていたら、なくは無いですけどね」
「・・・・・・やめてくれ」
男同士が絡んでいるところを想像して、一瞬臓腑が重くなった。
しかも何故か絡む二人がスウォンとハクで、なんでそんな想像をしてしまったんだと自分で自分を責めてしまう。
と、そこで。
ふとある事を思い出した。
「そう言えば、ヨナが嘆いていたよ。スウォンがお洒落した自分に全く気付いてくれなかった、って」
唐突にかなり路線の違う話になったが、思い出したんだからしょうがない。
さっきの妄想を振り消すように話題を変えれば、それを聞いたスウォンが目をパチパチと丸めた。
「え、どうしましょう。ヨナはいつも通り可愛かったもので、何がどう違うかなんて、」
「あーはいはい、うん、ごめん、そうだよな。うん。スウォンってそういうヤツだったわ、うん」
言い終わる前にかぶせて肩を大げさにすくめる。
そうだ、こいつは変化に気付く云々の前に、ただの天然だった。
きっとヨナが五分刈りにしてフンドシを履いていたって可愛いと言うに違いない。
「何か、失礼なことを言われているような」
こちらの思考を読んだのか、スウォンがうろんな目で見下ろしてきた。
それに真顔で対抗して、しっかりとスウォンの目を覗き見る。
「まさか、そんなわけないじゃん」
「ですよね」
ニッコリと笑うスウォンに、思わず笑いがこみ上げてきた。必死に取り繕えばバレることだから、あえて同じく笑ってやろうとしたら
「むふふ・・・・・・って痛い痛い! 暴力反対!」
笑って誤魔化したはずが、滲み出ていたらしい。
スウォンから静かな鉄槌を下され(頬をつねられ)、のたうちまわるハメになった。
側で楽しげに笑うスウォンを見上げ、昔ほどからかいにくくなったものだと、この日改めて思い知ったのだった。
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────────・・・
スウォンとハクが馬上射的をしているのを縁側の陰から見ていた。
二人とも大した腕だ。
剣だけじゃ無い腕が素晴らしいものだとひとり感心し、陽の暖かさにだんだんと眠くなってくる。
うとうとと頭を揺らしていると、頭上から声が聞こえてきた。
屋根越しでその人の姿は見えなかったが、声からして明らかにヨナ姫であることを知る。
いくつかの声を聴いて、そこにイル陛下とミンスが居ることも。
( ぷっ。姫さん弓はダメだって陛下に怒られてやんの )
聞こえた会話に笑いがこみ上げて、ひとり笑っているのは残念な輩に見られかねないため堪える。
スウォンが馬上からこちらの屋根の上を見上げ、手を振ったのが見えた。
「いらっしゃい、ヨナ。馬に乗せてあげます」
ニコニコと楽しげに笑うスウォンに、おそらく頭上のお姫さんは顔をキラッキラに輝かせてることだろう。
ふと、こちらの視線に気付いたスウォンが馬を歩かせてこちらへとやって来た。
「スイは、やっぱりまだ乗る気にはなりませんか?」
「コッチで日向ぼっこしてる方が好き〜。スウォンはお姫さんとデートを楽しんでなよ」
「で、デート・・・・・・?」
「ぷっは! いや、いや。ほら、お姫さんが来たぞ」
顎で背後をしゃくってやれば、手を振りこちらへと駆けてくるヨナ姫をスウォンが捉えた。
嬉しそうに頬を紅潮させているヨナ姫に、思わずまた笑い出してしまう。
「スウォンー!」
一目散にスウォンだけを目指して走ってくるヨナ姫。
「こらこら、自分もハクも居るよ〜?」
と声を掛ければ、ヨナ姫は「あら、居たのスイ」と目を丸くさせた。
「上から見えなかったから、居ないのだと思ってたわ」
「自分も射的に誘われたんだけどさ、ほら。天気が良いから」
燦々と輝く太陽を指差し、ふぁ・・・・・・とひとつ欠伸を噛み締める。
「ふふっ。スイはお昼寝の方が好きだものね」
「そういうこと。こんな天気の良い日にお昼寝しないでいつするの、ってね」
ポカポカ陽気にニコニコして見せれば、ヨナ姫も楽しそうに笑い転げた。
そこを、矢を補充しに来たハクが通りかかる。
「お前は寝すぎな節があるけどな」
ボソッと零されたその声に、堪らず自分も笑い転げる。
「許されるなら一日中寝ていたいね!」
「もうそれ以上身長も伸びないのにか?」
「やかまし!」
まるでコントなハクと自分の会話。
「ぷっ! ふふふ」
「ははは!」
と、ヨナ姫とスウォンが笑い転げた。
ああ、なんて良い天気だと口元を緩め、群がるヤツらを「さっさと乗って来い」と追い払う。
ウトウトと夢現つの間を行き来していると、乗馬が終わったらしいヨナ姫とスウォンが近づいて来ている気配がした。
何やらヨナ姫の上ずった声が聞こえてきて、その内容に吹き出す。
「こ、婚約者なら私にだっているわ! ・・・・・・ハクとか!」
「ぶふぅっ!」
そりゃ姫さん無理がありすぎるって!
思わず飛び起きて心の中でツッコミを入れれば、目があったヨナ姫はスウォンからは見えない顔で大量の冷や汗をかいていた。
その隣では、馬を労っていたハクがなんとも面白いへんちくりんな顔でヨナ姫を見ていて、次第にものすごくうろんな目をする。
なんだこの間。
なんだこの空気。
あまりの混沌具合に、ついつい寝たふりを決め込む。
そして聞こえてきた声は・・・・・・。
「いいんじゃないかな。おめでとうございます」
という、なんとも天然発揮の、スウォンの空気を読まない言葉だった。