黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第二幕
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大刀をブンッと振り回して、自分の周りにいたヘビ達を一気に蹴散らす。

「どうしてこんな所まで・・・・・・!」

「今はとにかく逃げるのが先決だ! ハク、悪いけどヨナを抱えて」

ハクの持っている大刀を奪い取り、代わりにヨナ姫を差し渡す。

ハクは素直に従いヨナ姫をしっかり抱きとめてくれた。自分は奪った大刀を構え、そこらにいるヘビを睨み付ける。

軽くなった身体で辺りにいたヘビ達を一網打尽に斬り伏せていくが、いかんせん量が多過ぎて間に合いそうになかった。

「今のうちに走れ! またすぐに襲ってくるぞっ!!」

開けた空間を指差し二人を行かせ、自分も周りを警戒しながら大刀を薙ぎ払う。

ハクに抱えられたヨナ姫は蒼白に顔を染め、それを見たハクが舌打ちを落とした。

「上等だ! 俺らを道具だと思えばいい。陛下がいない今、俺の主はあんただ。あんたが生きるために、俺を使え」

走りながら、ハクが怒りやら悲しみやらを織り交ぜたような表情を見せる。

ヘビどもを相手取るも、その声を自分もしっかりと聞いていた。





   「俺は・・・・・・その為にここにいる」





「・・・・・・」

呆然と息を飲むヨナ姫と、ズクリと痛む自分の胸。

焚き火を用意していた場所まで戻って来たというのに、何故だか気持ちは沈んだまま浮上してはくれなかった。






──────
─────────・・・・・・




「─────ッ」

気を抜いた時、忘れるよう努めていた痛みが戻って来た。

岩場に背中を預けて、崩れるように座り込む。

ヨナ姫を地面に降ろしたハクが何事かとこちらへ駆けてきて、それに思わず苦笑をこぼす。

「噛まれたわけじゃないよ。大丈夫。ちょっと、無理が祟ったってとこ」

ジンジンと熱を持つ左足に肩をすくめて、やり過ごそうとすればハクに裾を捲られた。

「な! 変態! ヨナ姫の前でこんなのいーけないんだー!」

「黙ってろ。・・・・・・やっぱり、怪我していやがったか」

「平気だよ。放っておけばすぐに治るから」

笑って手を振って、ヨナ姫の元へ戻るように指示を出す。

ヨナ姫も顔を青ざめさせてこちらを見ていたからだ。

余計な心配を掛ける気は無かったのになぁ。と、不甲斐ない自分にため息がこぼれそうだった。

「矢傷か・・・・・・。この足で良くも顔色ひとつ変えずに・・・・・・」

「だから、平気なんだってば! 薬も塗ってたし、固定もしてたし」

「それもさっきで全部ふいになったんだろ」

「あははは・イったぁああああ!?」

心配させまいと笑えば、ゲンコツを頭に落とされた。

なんだこの酷いヤツは!!!

憤慨に頬を膨らませると、ハクが何処からか取り出した布で止血を始めた。

「悪かった・・・・・・」

ボソリとこぼされた言葉に、首を振る。

気にやむことないのに、やっぱりハクは気にしていたのだと。

「置いて行けと言ったのは自分だよ。覚悟あっての言葉だ。自分達は何より先に、ヨナ姫を守らなくてはならないはずだろ?」

「あぁ」

「じゃあ、誰も悪くない! ハクは正しかったよ」

「・・・・・・」

微笑めば、なんとも神妙な顔を返された。

本当に、ハクは義理堅い。

「ハク、ありがとう。いつも、自分の願いを聞いてくれて・・・・・・ヨナを、守ってくれて、ありがとう」

足に布を巻くハクの腕に手を重ね、口元を緩める。

ハッと息を飲んだハクは、ついで笑ってくれた。

「世話のかかる主人と同僚だよ、ホント」

「そりゃ間違いない!」

クスクスと笑って、ふとひとりで沈んだ顔をしているヨナ姫を見つける。

「おいで」と手招きをして、大人しく寄ってきたヨナ姫の腕を掴んで引き寄せる。

「あの・・・・・・スイ、足・・・・・・」

「大丈夫。ほら、自分は平気だから、気にやむことないよ」

ポンポンと、ヨナ姫の頭を撫でてやり笑ってみせる。

泣き出しそうに表情を歪めた彼女をさらに引き寄せて、しっかりと抱きしめて頭を撫で続ければ、ヨナ姫はやっぱり泣き出した。

「あはは! ヨナ姫は相変わらず泣き虫だなぁ」

「う・・・・・・っ、スイ・・・・・・ごめん・・・・・・なさい・・・・・・っ!」

「うん、大丈夫。あなたに何もなくて良かった。もうあんな無茶はよしてくださいよ」

よしよし、と肩を叩いて離してやれば、涙まみれの顔で彼女は必死に頷いた。

こんなにも弱い彼女を、心底愛おしく思う。

この感情はきっと、ヨナ姫が自分にとって守るべく存在であり、近しい人間だからなのかもしれない。

一連を静かに見つめていたハクが、なんとも言えない表情を浮かべた。

また、何かつまらない嫉妬なんかを抱いてはいないだろうかと顔を覗き込めば、そうではないらしい色がうかがえる。

なにかこう、もっと、別の・・・・・・戸惑い?

「ハク?」

「スイは・・・・・・いや、なんでもねぇ。とにかく休もう。ああ、それから」

ハクはヨナ姫に向き合い、ジッとその顔を見つめ懐から何かを取り出した。

「姫様のお探しものはこれか?」

そう言ってハクの手に握られていたのは簪だった。

薄桃の花が鮮やかに咲き誇った簪。

( それは・・・・・・確かスウォンがヨナに・・・・・・ )

ヨナ姫の誕生祝いの日、スウォンから彼女へ手渡された贈り物であったはずだ。

ヨナ姫は簪を見ると目を見開き、呆然とそれを受け取った。

じっと簪を見つめ、言葉を発しない。

その様子に、ハクが低くこぼした。

「俺はスウォンを許さない。だがそれ以上に、俺はあんたに生きて欲しい」

この山に入って、初めて自身から動いたのがこの簪の為ならば、それが繋ぎであっていい。

生きる繋ぎを持っていて欲しいのだと、ハクの想いが自分に伝わった。

あんな目にあってもなお、ヨナ姫はスウォンを想っているのかと。

そう考えると、少し切なくもなった・・・・・・───






─────────
────────────・・・・・・





休めていた身体に朝日が射して、岩壁にもたれて寝ていた自分の横で一緒になって寝ていたヨナ姫が目を覚ました。

幾らか前から先に起きていた自分であったが、目を開けるのが少し億劫だったためにそれを気配だけで感じ取る。

左足が熱を持っていて、少しでも休んでいたかったからだ。

多大な疲労と、傷と、解くことのできない緊張感。

それらが傷の治りを遅めている気がしてならなかった。

それでも、時間がくれば足を運ばなくてはならないわけで。

先が思いやられると苦笑したくなる。

と、気配が足元へ近付いた。

うっすらと目を開けると、ヨナ姫が心配気にこちらへと手を伸ばしていた。

ぐるぐるに布を巻かれた足が気になったのだろう。

そんな労ってくれるヨナ姫に胸が暖かになり、思わず笑っていた。

「大丈夫ですよ。もうそんなに痛くないですから。それに、そんなにやわな自分じゃないですよ」

ヨナ姫の頭を撫でてやり、心配はいらないと笑う。

「というわけで、起きたならすぐ行きますか」

どこからかハクの声が聞こえ、振り向けばヨナ姫の向こうで寝ていたはずのハクがこちらを小さく笑いながら見ていた。

「あ・・・あの、ハク」

「はい?」

戸惑いの表情を浮かべるヨナ姫に、自分も先に立ち上がりながら「ん?」と顔を向ける。

慣れない野宿を続けたものだから、伸びをすれば身体のあちこちがボキボキと悲鳴をあげていた。

理解し得ないといった様子で首を傾げたヨナ姫は、柔軟運動を行う自分を横目に見据えてハクに問う。

「どうして・・・・・・山を行くの? どこかの里に下りて食べ物とか薬を・・・・・・」

その響きに、胸がジンと熱くなる。

( ヨナってば良い子! 自分なんかのためにそんなことを考えてくれるだなんて・・・・・・! )

柔軟運動と称して上半身を下げたまま、悶絶しそうになる。

それを知ってか知らずか、ハクは淡々とヨナ姫に山道を通ってきた理由を告げた。

「人里は危険です。例え村人が俺らの顔を知らなくても、城の兵はどこにいるとも知れない。スウォンが人相書きなんぞ出してるかもしれませんしね」

そうなのだ。

追われている自分らがそこらの一般の兵士だったなら問題は無かったかも知れないが、ヨナ姫とハクは一国の皇女と将軍のトップ。

顔を知らない城の兵などありえないのだ。

「じゃあ、今どこへ向かっているの・・・?」

問うたヨナ姫に、下げていた頭をゆっくりと上げる。

どうやらハクは彼女に行き先を告げていなかったらしい。

少し前から崖の向こうに見え隠れしているものを静かに見つめる。

ハクもそれを見つめていて、ヨナ姫に答えるべく言葉を紡いだ。




「恐らく今、俺らにとって唯一頼れる場所・・・風の部族、風雅の都。俺の故郷です」







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