黎明の獅子 -akatsuki no yona-
□黎明の獅子 第三幕
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夕方近くになって、ようやく風雅の都の門前へとたどり着いた。
そして目の前に広がったその長い階段を見上げて、どうにも泣きたくなる。
「これを登らにゃならんのか……」
「もう一息だろ、頑張れ」
「……まあ、良いんだけどさ」
呟いて、チラリとヨナ姫を見れば、限界はもうすぐそこだと見受けられる。
「早いとこ休ませなきゃね」
「同感だ」
またしても口数が減り、フラフラと覚束ない足取りのヨナ姫に自身の足を奮い立たせる自分とハク。
先に自分がヨナ姫の手を引き登り、ハクがその後を見守るように登った。
途中でヨナ姫がフラついて倒れても大丈夫なようにだ。
けれども、気丈に登り切ったヨナ姫に感嘆した。
「よく登ったね、偉い偉い。あとはもう、しっかり休めるから、もう少しだけ踏ん張ってね」
本当は抱きかかえてあげていたいけれど、そんな力は自分にはないとわかっている。
ハクの疲労も恐らくそんなところだろう。
( これまで相当ムリさせてたからなぁ……ハクには )
と、チラリとハクを振り返る。
自分達と同様に登り切ったハクは、門番の姿を確認して大刀をブンッと振り回した。
( うん、こりゃ相当に疲れてるわ。言葉より先に手が出た )
ひとり頷きながら、門番をつとめていたはずの若い青年らを苦笑して眺める。
「仲良くお昼寝か? ここの門番は」
「あ、ハク様」
「どうしたの、久しぶり〜、十年ぶり〜?」
( 緩いな! 何は無くとも、緩いな!!)
あまりにも緩い青年たちに、引き締めていた気も一気に緩んでいく。
ガクッと倒れそうになった足を必死で踏ん張って、彼らのやり取りを傍観せずには居られなかった。
「あほ、三年ぶりだ」
「なんでここにいんの?」
「将軍、クビになったの〜?」
( いやはや、平和な部族ですこと…… )
昨日までの膨大な緊張感が、この二人のおかげでどこぞへ消え去ってしまう。
「そう、ハク将軍は城でヤンチャをし過ぎちゃいましてね……自分がここまで送り届けに来たわけでして、ぁイって!」
緩い空気にほぐされ、ノリに乗って二人にあることないこと吹き込もうとすれば「馬鹿なこと言ってんな」と、ハク様から痛すぎる拳を貰った。
その様子にますます楽しそうに笑った青年らは、目をキラキラと輝かせて身を乗り出してくる。
「え、なになに、詳しく聞かせて〜」
「何をしたのハク様は〜」
「それがさ女官達に……ぁイったぁああああ!?」
「黙れ阿呆」
二度目の拳を脳天に叩き込まれ、その衝撃でガクッと崩れ落ちて頭を抱え込む。
容赦がない、容赦が無さ過ぎるぞ雷獣…!
仮にも友人に対してこの仕打ち。
許されていいのか、いやだめだ!
などとひとり痛みに耐えていると、ハクの帰りを知った里の者がワラワラと寄って来た。
「ハク様じゃないか」
「いつお帰りに!」
「やだ、ますますイイ男になってる!」
「そっちの娘は? まさかハク様の女!?」
「おやおや、お前さんどうしたんだい」
ハクに群れる女性陣と、こちらを心配してくれるおば様。
なんだ、この差は。
自分にはおば様しか来てくれない…いや、それで全然嬉しいです。
「いや、ハク様に頭を打ち抜かれまして」
「なんてこと。大丈夫かい」
「ええ、まあ。自分が誰だったのか一瞬忘れかけましたが、大丈夫です」
「ははは! 愉快な坊やだねぇ」
「そうですかねぇ。ははは!」
のどかな雰囲気に思わずいつもの調子で笑い話をしてしまう。
が、こうしては居られないのだった。
「そうだ、お姉さん。この娘を休ませてあげたいのだけど、どこか部屋は空いてないでしょうかおうっふ!?」
「やっだ! お姉さんだなんて! あんた口が良いんだから!」
バンッ! と、肩を思い切り叩かれた。
よろけた後ろは階段。
冷や汗がドッと吹き出て、こんなところで今年一番の命の危機を感じた。
「はは…は、あの、うん。ハク、君の出番だよ。早いとこ部屋をちょーだい」
「何やってんだスイ。……っておい!」
「おっと!?」
隣にいたヨナ姫が、ついにふらりと倒れてしまう。
それをしっかりと抱きとめて顔を覗き込めば、ヨナ姫の顔は疲労でひどく青ざめていた。
おそらく、貧血を起こしたのだろう。
「ハク!」
「ああ。おいお前ら、すぐに部屋と食事の用意を! スイ、コッチに寄越せ」
「頼んだ」
すぐにヨナ姫をハクに預け、歩き出したハクに着いて行く。
「若長が女に優しいぞ!」
「いやぁ! ハク様ー!」
なんて声をうろんに見やり、案内された部屋へと足早に向かう。
その間に、ムンドク長老の所在を聞いたら後部族収集が掛かり、ここには居ないのだと告げられた。
ヨナ姫を寝かせながら、ハクが門番であった黒髪の青年テウと、金髪の青年ヘンデに問い詰める。
「どういうことだ?」
「それが、さっぱり。五部族会議なら、城にいるハク様が行けば済んだ話だろ?」
「だから俺らはてっきり、若長が将軍クビになったのかとおもったわけ」
「・・・・・・」
後部族収集。
いったいヤツらは何を考えているやら・・・───
「ところで、おたくは?」
「んあ?」
向けられた言葉に、咄嗟に反応出来ずに素っ頓狂な声を上げてしまった。
視線を向けてくる青年二人に気付き、へらりと笑って返す。
「ああ、これはどうも。ただの通りすがりの旅人で、いだっ」
「こいつはラン・スイ。俺と同じ将軍だ」
「殴ることないだろ!」
「お前は気ぃ緩みすぎだ!」
「将軍……」
「将軍……?」
うろんな目を向けられ、これ以上はマズイと礼を取る。
「失礼を。国王直属護衛武官ラン・スイです」
一方の手のひらにもう一方の拳を合わせ、頭を軽く下げる。
武官の敬礼を取れば、二人は「「ぉお!」」と声を上げた。
「まあ、休暇みたいなもんで。ハクに着いてきながらついでに、そこの女官殿をここで修行させようかと思ってね」
「そうだったんだ。なんか良くわかんないけど、ハク様よりかっこいいからいいや」
なんて笑うテウに、調子に乗ってしまう。
「え? 自分、ハクよりかっこいい? やだなにそれ、いいこと言うねえ君」
とニヤニヤ笑えば、ヘンデが楽しそうに「性格は緩いね」と肩を揺らして笑った。
「黙っていれば、そこそこな」
「言うね〜ハクも。まあ、どう思われても性格曲げる気はないけどねぇ」
半眼でこちらを見るハクに笑い転げて、肩をすくめる。
こんなに笑ったのは、久しぶりな気がした。
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────────────・・・・・・
ハクとの作戦会議が開かれた。
まず、ヨナ姫をこの国のお姫様だと悟られないようにとのこと。
リナ、と呼ぶことになり、自分が咄嗟に口から出まかせで言った「女官殿の修行」という話で事はまとまった。
ヨナ姫を普通の人間としてここで匿うならば、身分を捨てなくてはいけない。
これから一生、この子の名前をきちんと呼んでやる事が出来ないのが悔やまれるが、生きていてくれるだけでも救われる気がした。
人に聞かれるとマズイ話だからと、二人でくっついて話していれば何故か……。
「破廉恥だ!」
「ハク様そんな!! 男色に目覚めちゃったんですか!?」
などと騒がれて、笑い転げた。
「ハク、ごめん。君に男色の気があったなんて知らなくて……ぷ、ぷふぅっ!」
「……一回、死んでこい」
「ぁイッデデデデ!」
とまあ、笑い転げた自分にはハクからの熱く重たい拳の洗礼が降りたわけで。
倒れたヨナ姫の看病がてら、屋敷の女達の手伝いをしていた。
ハクの弟というテヨンが、人懐こそうに自分の後を付いてきては手を貸してくれる。
素直ないい子で、仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。
「スイは兄ちゃんのお友達なの?」
「んー、そうだねぇ。お友達で好敵手。そんで目標だったりしてさ」
「目標?」
「そう! ハクって本当に強いんだよ。力に真っ直ぐでさ、正面切って向いあったら、自分は一生敵わないんだ」
「ふふふ。ハク兄ちゃんだもんな」
「テヨンの兄上様だもんね」
クスクスと笑いながら、互いに手を進めて他愛ない話をした。
ハクがどんな風にここで過ごしていたのだとか、門番だったテウやヘンデのやらかし話だとか。
あの二日間の悪夢が嘘みたいに穏やかに過ごせていた。
「あ、スイさん!」
「君は……テウ君。どうしたの」
「いえ、若長が探してましたので」
「そっか。ああ、そうそう! 自分に敬語は要らないよ。そういう格式ばったのはどうも苦手なんだ」
「若長の友人ですもんね。ではでは、スイさん、若長のところへ行ってやってよ」
「ふっは! りょーかい。じゃあテウ君、テヨンのお手伝いよろしく〜〜」
「はぁい〜〜」
なんてのんきな空気にほっこりしてしまうのは、きっといたし方ないことだと思う。