黎明の獅子 -akatsuki no yona-
□黎明の獅子 第五幕
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・・・ハク視点・・・
「スイッ、スイ!! スイ・・・・・・ッッ!!!」
ヨナ姫の悲鳴が耳をつんざいて、目の前でスイが落ちていったことが現実だと知らされる。
最後に、かすかに「ごめん」と聞こえた気がしたのも、幻聴などではないのなら。
スイは・・・・・・───
「ってめぇらぁああああああっっっ!!!」
一気に沸騰した怒りが全身にたぎった。
身体に回っていく毒より何より、ただ憎しみだけが思考を支配していく。
何人かの兵士を薙ぎ払い、テジュンを貫いてやろうと足を進める。
だが、鉛を背負ったように重くなっていく身体に、意識が遠のきそうだった。
『回る前に抜かないと』
そう言って俺の身体から矢を抜いたスイは、この矢に付着していた毒に気付いていて、すぐさま対処してくれたというのに。
スイの背を貫いた矢を、俺は抜いてやることも出来ないまま。
スイは、あの深い谷底へ・・・・・・。
痛みは麻痺して来たが、目が霞んで前が良く見えない。
それでも、ヨナ姫を守るために、軋む身体を無理やり動かし続けた。
スイがどうあっても守りたいと言った姫。
俺が、ずっと前から想い慈しんできた、高華のお姫様。
ヨナ姫がこちらへと走って来るのが見えた。
「ハク! いや・・・・・・っ!! みんなハクから離れて!!」
俺の周りを囲む兵士達。
ヨナ姫の髪が短くなっていることに気付けば、また一層怒りが増していく。
だが、意思や気持ちとは裏腹に。身体はどんどんと重く鈍くなっていった。
『ヨナを、守らなきゃね』
目を細めて笑っていたスイ。
( ・・・・・・スイ・・・・・・─── )
自身の身体をかえりみて、限界が近いことを思い知らされてしまう。
流しすぎた血。
熱を持った四肢。
朦朧とする意識。
必死で腕を動かすも、だんだんと手応えがなくなってきている。
「雷獣は弱っている、今だ!」
そんな声が聞こえて、腹立たしいと思うより先に背中に走った衝撃に均衡を崩した。
目を見開くヨナ姫の姿。
グラリと嫌な浮遊感を覚え、バカな友人と全く同じ道に進んでいることに失笑する。
落ちかけて、辛うじて岩を掴み落下を免れたが、この体力じゃ時間の問題。
すぐ側まで来てしまったヨナ姫は、片手だけでブラ下がる俺の手を強く掴んだ。
「ハク! 今助けるから!」
「アンタには無理だ、早く遠くへ・・・・・・」
「やだ!」
逃げろ。
そう言いたかったのに、強い意志を持った声に遮られた。
「絶対、ハク、死んだら、許さない・・・!!」
目の前で落ちていったスイ。
ヨナ姫の目には、バカみたいに涙が溢れていた。
その涙はスイへのものか、俺のためのものか。
どちらも正解だろうが、堪らなくなる。
「何をしている! ハクから姫を引き離せ!」
テジュンの阿呆がまた喚いている。
この状況じゃヨナ姫を守れるわけもない。
「逃げろ!」
「イヤったら! ハクまで、居なくならなったら、私・・・・・・っ」
ギリギリと、唇を噛んで必死に手を掴むヨナ姫。
ぐじゃぐじゃなその顔を見れば、バカみたいに舞い上がる。
こんなに想われているなら、もう、十分ではないか、と。
にじり寄って来た兵士達がヨナ姫の背中越しに見えた。
せめて、ヨナ姫だけでも助かればと願う。
生きてさえいてくれれば、それでいい。
そっと手を離そうと指を動かす。
けれど、そんな儚い願いすら叶わない世界だとは思いもしなかった。
兵士たちが詰め寄ってきたせいで、脆くなっていた崖がヨナ姫ごと崩れ落ちたのだ。
考えるよりも先に身体が動いて、気付けばその小さな身体をきつく抱きしめていていた。
一緒に死ねるならそれもアリか。なんて、そんなバカなことを考えて、先に落ちて行ったスイに怒られるんじゃないかと苦笑する。
空が遠ざかっていくのをボンヤリと眺め、全身に回りきってしまった毒にその意識も持って行かれた。