黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第六幕
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・・・ヨナ視点・・・





「お姫さん、怒んないでね」

そう言って深く深呼吸をしたスイに、こちらが緊張を覚える。

私が怒るような話なのだろうか。

不安になって、話を聞くのが少しだけ、怖くなった。

けれども、スイの口から飛び出してきた言葉はあまりにも予想を超えていて、怒るよりなによりただひたすら驚く事実だった。

「自分は、お姫さんの従姉妹にあたるんだ」

「へ?」

言われたことが理解出来ず、思わず間抜けな声を上げてしまう。

従姉妹?

スイが・・・・・・?

「・・・・・・はは、うん。まあ、そんな顔になるよね」

そう言って苦笑するスイ。

いま私がどんな顔をしているかは知らないが、恐らく、本当にひどい顔をしているのだと思う。

「でも、だって・・・そしたらスイは・・・・・・」

王家の娘ということになるの?

そう尋ねようとして、先手を打たれた。

「残念ながら、自分には王家の血筋は混じってないんだけどね。お姫さんのお母さん、お妃様の姉の娘なんだよ」

だからスウォンとは従兄弟とは言えないのだと、スイはぎこちなくそう笑う。

「母上の、姉・・・・・・?」

聞いたことがなかった。

そんな話、一度も。

「この話は、多分イル陛下も知らない話だよ。知っているのは、自分と亡き父上と、出産に立ち会ったムンドクじいくらい」

そう吐露したスイに、ハクが妙な顔をした。

でも確かに、聞いたことがある。

ムンドクはシュウンと仲が良かったのだと。

友人達の出産に立ち会っていても、なんら不思議はないのだろう。

けど、この話が真実なのかをどうしても疑ってしまった。

そんな気持ちが筒抜けなのか、スイはまた困った様子でこめかみを掻くと、話を続けた。

「話せば長くなるのだけど、母上はお妃様がイル陛下に嫁ぐ前に自分を生んでいてね。それも、お妃様はその事実を知らない。母上は昔、妹であるお妃様を置いて都へと出稼ぎに出てきたらしいんだ」

私の母上は庶民だったと聞いたことがある。

父上に見初められ、妃になったとか。

そう思えば、無くはない話のように思えた。

「そして母上は都で父上に出会った。二人はすぐに結婚したんだと。惹かれあったんだろうね、互いに強く。しばらくして母上は自分を身ごもり、父上は神のお告げを聞いた。その時すでに城で兵士として働いていた父上は、それはそれは懸命に王に尽くしたんだ」

深い忠誠の甲斐あって、スイが生まれる前には五部族の小隊長にまで昇進。

スイが生まれた後には、五部族武将にまで上り詰めたのだと。

スイが静かに語る。

「でも、母上は難産で、自分を産んで数日の後には亡くなったんだ。そして父上は、自分を男として育てることに決めたものだから、そりゃもう厳しく育ててくださったよ」

小さく笑って、スイは懐かしむように遠くを見つめた。

「イル陛下がお妃様を迎え入れ、初めてその名を聞いたとき、父上も自分もひどく驚かされた」

ジッとこちらを見つめ、微笑むスイ。

その柔らかな笑みはこれまでに何度も見てきたもの。

「まさか、母上の妹君の名を聞かされるとは思ってもみなかった。その名前を知っていたのも、母上が沢山の日記を残していたからで、直接誰に聞いたってわけじゃなかったのだけど」

それでも、確かに日記に綴られていた名前だったのだとスイは笑った。

確信はなかったのに、お妃様の顔を見たときに理解したと。

鏡に映る自分に似ていると。

そして、父上が母上を思い出しひとり泣いていたのだと。

スイは静かにそう話した。

「お妃様には母上が亡くなったことを教えていないんだ。何せ十年もの間二人は会っていなかったからね。知らせる時期を探してはいたけど、それも叶わないまま・・・・・・」

口をつぐませ、スイは眉根を下げた。

私の母上が賊に殺されてしまったことを口には出せないのだろう。

「父上も病で倒れて、息を引き取って、自分にとっての血の繋がりはヨナだけになった」

悲しげに揺れたスイの瞳。

すがるようなその色に、切なさを覚えた。

「守りたいと思わないわけがない。ずっと、妹のように思ってた。ヨナだけは、例え神のお告げや父上との約束が無くたって、私が守ってやると決めてるんだ。君が幸せになってくれるなら、どんな事だって遂げる覚悟もしてるんだよ」

微笑みながら、そんな優しくて甘い言葉を吐いてくれたスイ。

その想いの深さや、これまで私がスイの側にいて感じていた安らぎの理由に気付き、私は泣いてしまった。

スイはずっと、私の事を妹だと思ってくれていたのだと。

僅かな血の繋がりがあるというそれだけで、こんなにも深く思ってくれているのだとわかってしまったら、Wして貰って当たり前Wだなんて考えていた自分を殴り飛ばしたくなる。

これまでに、私がスイにしてやれた事なんてあっただろうか?

泣いてしまった私を、スイは目を丸めて見ていた。

「やっぱり怒った?」なんて聞いてくるスイに、情けなくもまた泣いてしまう。

「ス、スイが、そんな風に思ってくれていただなんて、知らなかった・・・・・・っ」

風雅の都を出ると言った私に冷たくあたったのは、スイの精一杯の優しさだったのだと気付く。

幸せになって欲しい。

生きていて欲しいと、スイは願ってくれていたのだ。

世界を知りたいと、阿呆で居たくはないとせがんだ私を、スイは困り果てた顔で受け入れてくれた。

約束の話を持ち出した事もある。

それでも、スイは危険があると知りながらもその命を捨てる覚悟で私を連れて行くと決めてくれたのだ。

『自分には、背負えない・・・・・・』

あの時、そう言って悔しそうに俯いていたスイ。

今になってやっと、スイがそう言った理由がわかった。

いつだって自信に満ち溢れ、城の兵士ではハクしか隣に並ぶ事ができないような強靭な武将が、私ひとりを背負えないと言ったのは壁があったから。

女という大きな壁。

非力さはどうしても庇いきれないから。

それでもスイは、私を守ろうとしてこんなにもボロボロになっている。

浅はかに連れて行って欲しいと願ったことを、今更ながら後悔しても遅いのに。

このままではスイが、いつか本当に私を庇って死んでしまいそうで怖くなった。

困ったように眉根を下げて謝ってくるスイは、今は髪を下ろして流しているからか、確かに母上に少し似ているように思える。

血の繋がりが誠にあるのだと知れば、スイに向ける依存のような感情が強くなった。

スイの側に居たい。

これまで以上に色んな話をして、分かり合って、それこそ家族や姉妹のように笑い合えたらどんなに素晴らしいことなのか。

そんな想像をするだけで、胸が柔らかく満たされていく。

「・・・・・・スイが女で、私の従姉妹だってこと、びっくりした」

でも。

それ以上に・・・・・・。

しっかりとこちらを見つめ、少しだけ不安そうに揺れるその瞳に精一杯笑ってみせる。

「妹みたいに思ってくれてることは、すごく嬉しいの。ねえ、スイ。私の知らないスイのことを、もっと教えてくれない?」

この先も側に居させて。

主従や関係なんかかなぐり捨てて、血の繋がりを持つ者同士で。

笑えば、スイの瞳がふいに揺らいだ。

今まで一度も見たことがない、スイの涙がポタリと布団へ落ちた。

スイは、いったいこれまでにどれだけの孤独や不安を抱えていたのだろう。

私を守ろうと強くなっていく反面で、スイはきっと、色んなものを捨ててきた。

女としての生。

守られる立場。

他にも、沢山あったはずだ。

「これからは、本当の貴女を私に見せて。もう守ってなんて言わない。私はスイと一緒に生きたい」

「・・・・・・っ」

こんな私の言葉で泣いてくれるようなスイを、どうして強かな男の人だと信じていられたんだろう。

ぽろぽろと静かに泣いたスイに、胸が熱くて仕方なかった。

このままじゃ、ダメだ。

私は、強くならなくちゃいけない。

せめて、スイの負担にならない程度に、自身の身くらいは守れる程度に。

「ヨナのことは、何があっても絶対守る」

唇を噛み締めて、スイがこぼす。

その優しさに、私もまた泣いてしまった。

ハクだけがひとり、考え込むように黙りこくっていた・・・・・・───







 
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