黎明の獅子 -akatsuki no yona-
□黎明の獅子 第七幕
1ページ/5ページ
・・・ユン視点・・・
「ボウズの薬、待っていたぞ」
「おじさん。米、ある?」
あれから別れを悲しみ泣きじゃくるイクスと離れて、林道へ入った。
怪しまれると危険だから、商人の闊歩するこの辺りでは警戒が必要で。
だけど食料調達も大事。
そんなこんなでいつも世話になっている行商に会い、作り置いていた薬と物々交換できそうな物を尋ねていた。
行商人は俺の背後の連中を見ると、少し眉を上げる。
「珍しいな、連れがいるなんて。誰だ?そっちのデカイ兄ちゃん達は」
「ああ・・・・・・」
なんて言えばいい?
咄嗟のことで、すぐに思いつかなかった。
背後の連中。
ハクとスイだ。
すっかり動けるようになったスイは、着ていた服を自分で繕ってそれらしく着ている。
立って歩いている彼女を見るのはまだ慣れず、ハクより低いが、自分よりは断然背が高かったことに気付いた時は複雑な気分になった。
こうして男装を着こなしているのを見ると、中性的な顔立ちもあいまって、確かに男と言われれば頷いてしまうかもしれない。
どう答えようかと悩むすきに、ふたりの方から景気のいい声が返された。
「商売仲間ですよ。ちょいと国境近くまで商売しに」
「お初にどうぞお見知りおきを」
にっこりと笑って交わす様は行商人に見えなくもないが、二人の放つ空気は少し異様だ。
おまけにハクは大きな布袋を肩から下げているし、その袋はわずかに揺れ動いているし、スイは何を考えているかわからないような顔をしていて、正直言って長話は危険すぎる。
すぐさま目ぼしい商品とを交換して、俺たちはその場を去ることにした。
─────────
───────────────
林道を少し歩いたところで布袋からお姫様を解放し、地図を頼りに森の散策を開始。
その道すがら、お姫様は少し・・・・・・いや、かなり怒っていた。
「あぁ〜あ、ハクが悪い」
なんてのんきにぼやくスイと、知らん顔のハクがお姫様の後を追いかけながら言い合いをしている。
「なんだよ、俺かよ」
「ハクしか居ないだろ」
「わからないだろ。姫さん、姫さーん。何怒ってるんですー?」
これまた飄々とした様子で尋ねる獣。
スイが「思い当たること全部謝っとけ」と小声でこぼすのを耳に聞き入れて、俺はため息を落とす。
大丈夫か、こいつら。
スイに言われたハクは何か思い出すような仕草を取って、原因と思しき問題をお姫様に投げかけた。
「袋に詰めて担いだ事?袋に入ってるのは衣類だと言って乱暴に扱った事?袋に入ってるのをいいことに触りまくった事?」
「全部」
「うわ、ハク。お前ホント最低だね」
「どうしてくれようこの仕打ち!」
ムキーっと、お姫様がハクを追いかけ回し殴ろうとするが、あっさりと逃げられ。
そんな二人を尻目に、スイはまたのんきにあくびをかみしめている。
「俺は衣類が入ってるはずの袋がもぞもぞ動いておじさんにバレないか心臓バクバク・・・。いーい?アンタ達」
くるっと三人を振り返り、それぞれに指を差して怒ってやる。
「赤い髪のお姫様!野獣の元将軍!男装の元王直属護衛官!天才美少年!目立つんだから大人しくしてよね」
「雷獣だ」
「男装ってハッキリ言われるとムズムズするなぁ」
元武将のふたりはなんともゆるかった。
こめかみ辺りがひくつくのを感じながら、更に畳み掛ける。
「この辺は火の部族と王都の近く。見つかればヤバイってわかるよね!?」
「「「はーい」」」
今度は三つ返ってきた呑気すぎる返事たち。
俺の言葉が全く響いていなさそうなその三人に、酷い頭痛を覚えた。
どうしてくれようかと頭を悩ませていると、ふいにスイが肩をすくめて、ポンとひとつ俺の頭を撫でてきた。
「まあまあ。大丈夫だよ、自分もハクも、いざとなればお姫さんと君を守って逃げることくらいは出来るよ」
なんたって強いからね。
目を細めてそう笑うスイに、そういうことじゃないと言いたいが何故か黙ってしまった。
ちゃんとわかっていると、その表情が告げていたから。
ゆるい表情を浮かべたまま、スイはまるであくびをかみ殺すみたいにのんびりと笑う。
「城への伝達で、あの子は死んだとされているはずだよ。自分も、ハクもね。カン・テジュンは頭は悪いが、根は少しばかり真っ直ぐだから。自分が誤って殺してしまったと、そんな感じに正直に報告を上げていると思うよ」
しばらく追っ手も落ち着くはずだ。
と、スイが飄々と言う。
「・・・・・・あんたって、思ったよりいろいろ考えてるんだね」
思い付きもしなかったし、ただひたすらまずいとしか考えていなかった頭に水を被った気分だった。
素直に感嘆をこぼせば、スイはからからと笑って肩をすくめた。
「えー?こんなの簡単な予測だって。人となりを知っていれば、そいつがどんな行動を取るかなんて大体わかるでしょ。そこに推測を挟んで適当な予測を立てているだけだから」
なんて言うけれど・・・・・・。
確かに、俺はイクスが何をしでかしてどうしたら泣き止むのかとかなら、知ってる。
だけど、スイの言うその予測とやらは、そういうものとは少し違うようにも感じた。
スイはこの話は終わりだとばかりにお姫様の方へと歩いて行く。
人の腹の中なんて誰も知れはしないものだが、スイはまた、更に読みにくい気がした。
笑いながら、なんでもないような顔で。
城の連中がどう動いてくるのかなんていう複雑な推理を頭の中で展開しているのだから。
「しかし、神官といい四龍といい、ややこしい場所に住んでいやがる」
舌打ちとともにこぼされた雷獣の言葉に、お姫様が眉間にしわを寄せた。
家を出る前の会話を思い出してみても、確かにあまり気分の良い捜索にはならない。
W四龍の手がかりはあるの?W
そう尋ねたスイに、イクスは肩をすくめて首を横に振ったのだ。
『龍の血を継ぐ者は、今はそれぞれ生活をし移動しているので、場所の特定が難しいのです』
『めんどくさ!』
どこにいるのかもわからない奴らを探し出すだなんて、途方もない話どころかほぼ不可能に近い気がした。
みんなが黙り込む中、イクスはふと何かを考えるような仕草をして、『ですが一人だけ・・・』と呟いて地図を取り出した。
広げられた地図には高華国はもちろん、近隣の国まで載っていて、イクスはその地図の山の中を指差すと神妙な面持ちで教えた。
『一人だけ、神話の時代より霧深き山の上に住まい、ひっそりと、しかし確実に血を守り続ける一族がいます』
指差されたそこは、酷い荒山だった。
『どこの部族にも属さず、他の者を決して受け入れない』
孤高に沈黙を落とし続けているのだと。
『国境近くだな』
ハクが地図を見下ろし片眉を上げた。
それに続いてスイが地図を覗き込み『うぇ!』っと嫌そうな声を出す。
『いま最も通りたくない場所じゃないか、そこ!』
心底嫌がる素振りを見せて激しく首を振るスイに、お姫様が不安そうに表情を曇らせた。
それに困ったように笑って、イクスが小さく頷く。
『はい。火の部族と王都の近くを横切るので危険ですが・・・』
『あーあ、王都どころか戒帝国も近いわ』
苦笑するイクスにハクが草臥れた様子でそう返す。
その横で、スイがどこか諦めたように肩をすくめると、ふいに笑った。
『ま、そこら辺はなんとかなるでしょ』
『そうね』
『だな』
スイの言葉に一転、剽軽に同意するハクとお姫様に頭痛を覚えたのは俺だけなんだろうか?
『アンタら危機感なさすぎだよ!』
と、つい突っ込みを入れてしまったのも仕方のないことだと思った。
そんなこんなで、まあ色々あって、俺たちは谷を出て山の中へと足を踏み入れたわけで。
「俺はようやく外に出れたからすげー楽しみ、幻の里。国中を旅したら見聞録書く」
イクスから聞かされた話だとか、本で読んだ内容が本当なのかをこの目で確かめられるのが楽しみだ。
が、雷獣のアホがコッチをジッと見ていて、何事かと視線を返せば意地悪な表情を向けられ嫌な気分になる。
なんだよと呟けば、雷獣が飄々と笑った。
「む?どうした。目が赤いぞ」
「うるさい!」
イクスと別れる際に年甲斐もなく号泣したことをバカにされている・・・・・・。
コイツ、腹立つ!
「わー、ハクってば大人気ないなぁ」
なんてのんきに笑っているスイもスイだ。
俺が号泣した時、ふたりして楽しげに笑っていたのを知らないユン様じゃない。
悔しいやら腹立たしいやらでハクを追いかけ回していると、ふいにお姫様から不安げなつぶやきが溢れた。
「また・・・襲ってくるかな、兵士達」
遠くを見るようにして、お姫様は山の向こうを見つめる。
「大丈夫ですよ。俺が何とかします」
「二度とあんなヘマは踏まないよ」
ハクとスイがお姫様を安心させるようにそう言って、その言葉に俺も反応する。
そうだよ。
「俺も守ってよね。か弱いんだから」
美少年は守られるに限る。
そうこぼせば、スイがまた楽しげに笑って「もちろん」と頷いてくれた。
「私・・・覚えなきゃ。剣術」
ぽつりと、お姫様がまたそうぼやく。
チラリとそちらを見れば、スイが勢いよく「ぶふぅっ」と吹き出した。
本当に女か!?
汚い・・・・・・!
だけどその横でハクが神妙な顔をしていて、一気に気が引き締まる。
「ハク、教えてくれるって言ったよね?道すがらでも良いから教えて」
そう言ってハクに詰め寄るお姫様と。
「ちょっと、いつの間にそんな話になったのさ」
聞いてないと眉間にしわを寄せてハクを睨むスイと。
「俺はそんなこと一言も言ってないぞ」
なんて目を丸めて首を振るハク。
またお姫様が勝手に決めたことなのかと頭を痛めていると、お姫様は真剣な眼差しで二人を見ていた。
「誰が襲って来ても撃退出来るように」
そう強く訴えるお姫様に、ハクは無表情とも取れる顔を向けた。
「──姫さん・・・あんたに人が殺せるのか?」
ヨナ姫は唖然と口を閉じ、スイはなんとも言えない顔をして黙っている。
そんな中で、ハクが最もなことをまるで諭して聞かせるように話した。
「撃退といっても都合よく敵が逃げるわけじゃない。殺す、もしくは再起不能にする。あんたに出来るか?」
真剣に尋ねるも、お姫様は考えるように黙ってしまう。
間髪入れずにスイがしっかりと拒否した。
「自分は反対」
スイの言い分に、お姫様は強くかぶりを振って言い返す。
「・・・あの時、剣を持っても全然使えなかった。敵わなくても殺せなくても、自分や二人が逃げるスキを作るくらいはやりたい」
「なるほど、護身用ね」
「護身用の剣術か。……確かにそれは必要ですね」
「教えてくれる?」
「……そうですね、ではこれを」
「弓?」
「俺が前線で闘う。姫さんは身を隠して敵を狙う」
「はい」
「その必要はないとは思うんだけどなぁ」
「それでも、覚えたいの。二人への負担は減らしたいもの。だから、ねえ、ハク。剣もちょうだい」
「今は弓しか教えません」
「……むぅ」
「姫様。イル陛下は決して姫に武器を触らせなかった。俺は今、陛下の命に背きます。なぜ陛下が武器を嫌ったのか、よく考えてみて下さい」
「……」
真面目な顔をして弓を握りしめたお姫様。
スイはまた考え込むような表情をして、静かに遠くを眺めた。
旅の同行じたいを反対していたというスイ。
いま何を考えているのだろうか?
「でもさ、山登りながら弓の訓練とかってどうするの?」
ふと疑問に思ったことを口にすると、ハクが歩きながら飄々と応える。
「旅の途中じゃなけりゃ、一日二百本以上射させるんだが」
「にひゃく!?」
ハクの言葉にお姫様が目を飛び出させる勢いで驚く。
なんてことはないと言った顔でハクは表情を変えず、小さく頷くとまた飄々とこぼした。
「とりあえず、鳥や兎を弓で仕留めるかな」
「一石二鳥。それ賛成。獲ったら夕食に困らないし、よろしくお姫様」