黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第八幕
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・・・ヨナ視点・・・




屋敷の中へと消えていった白龍を見送り、再び木に背を預け、休むことになった。

私のすぐ隣にスイが座り、やれやれと言った様子で息を吐く。

「思っていたよりも、あっさりと事が運んで良かったね」

「イクスの予言通りだけど、まさかあんなにすんなり仲間になってくれるとは」

これまたくたびれた顔をして相槌を打ったユン。

私の顔を胡乱な目で見つめて、呆れているように深いため息を落とした。

「不届き者なんて言っちゃって」

「本当だもの。彼に嘘は嫌だったし」

まっすぐな綺麗な目をして、私を主と呼んだ。

そんな大層な人間ではないのに、彼は私を王と呼んだのだ。

騙すような事は、ひとつも言いたくなかった。

なんて説明していると、ふいに隣から不気味な笑い声が聞こえて来た。

「ふふふふふ」

「まただよ。俺はそこの姫馬鹿と雷獣がずっとニヤニヤしていて気持ち悪かった」

「姫さんが神に喧嘩売るようなこと言うから楽しくて」

「奇遇だねハク、自分も今、同じことを思ってたよ」

「アンタたちね……」

呆れ顔で大きくため息をつくユンに笑いながら、私はこの先のことを考えた。

「こんなに素直に白龍が手を貸してくれるなら、旅もすんなりいくよね」

「そうだね」

「それに、スイをもっと休ませてあげられる」

「……お姫さん?」

怪訝そうにこちらを見るスイ。

その視線に小さく笑って、スイの身体中に巻かれている包帯を盗み見る。

「無茶させてたよね。ここに来るまで。ごめんね、ありがとう、スイ」

ハッと。息を飲むように目を丸めて、やがてスイはどこまでも優しく微笑んでくれた。

「……いいよ、お姫さんが笑ってくれてればそれだけで」

優しく頭をなでられて、その暖かさに私の頬も緩んでしまう。

いつもおどけてばかりいるけれど、スイはいつだって真剣で、いろんな事を耐えてくれている。

こうして旅に出て、スイと過ごす時間が増えたから気付けたことだけれど。

本当に私は、いつだってスイに優しく守られている。

「さて、それじゃあ俺は、白龍のところにでも行って貰えるもん貰ってくるかね」

私たちのやりとりを静かに眺めていたハクがそう言って立ち上がり、ついでに武器を回収してくると告げた。

それを見上げて、スイが思い付いたようにお願いをする。

「あ、じゃあ、お湯も貰えそうならお願いしていい?」

「了解」

「ありがとう。悪さはするんじゃないよー」

「……了解」

企んだ顔をして去って行ったハク。

「あれはまた、白龍にウザ絡みする顔だったね」

呆れたように笑うスイに、私も頷く。

「喧嘩しなければいいけど」

「まあ、大丈夫じゃない?ハクは敵を作るのは上手いけど、頭は悪くないから」

からからと笑うスイに、ユンが引きつった顔で眉をしかめる。

「それ、褒めてんの?」

「信頼はしてる」

つまり褒めてはいないらしい。

素直で正直なスイにまた笑いながら、のどかな空気の中、のんびりとハク達の帰りを待つことにした。




──────
─────────・・・・・・




「さて、ユン君。腕、出そうか」

唐突に、スイが薬草袋をガサゴソと漁りながらそう言った。

ハクはまだ帰って来そうになくて、時間を持て余した私達は何をするでもなく静かに休んでいたのだけれど。

「なんで」と、ごく当然にスイに聞き返すユンに、スイは何でもないような顔をして、飄々と薬を取り出した。

「怪我してるでしょ。さっき縛られた時に君、手首こすれてたでしょう?」

「え……」

驚いた顔で、ユンはスイを見つめる。

スイは昔から、洞察力というものが鋭かったように思う。

きっと、出会ったばかりだというのに、ユンの小さな変化も見逃さないのだろう。

「まあ、若いうちは怪我の治り早いけどさ、せっかく綺麗な肌してるんだし、傷痕なんて残って欲しくないでしょ。薬を塗ってあげるから、ほら、素直に腕を出しなさい」

塗布薬なんかいつの間に作ってあったのか。

スイは小さな容器に入った薬を右手の薬指に塗ると、ユンの腕を手に取り丹念に塗りだした。

「……」

塗られているユンは何とも言えない表情を浮かべて、静かにその様を見ている。

「スイって面倒見いいよね。城にいた頃からそうだった」

思い出してみれば、私が転んで膝を擦りむいた時とか、冬の寒さに負けた指先のささくれだとかを、スイがさりげなく治癒してくれたことがあった。

小さい頃からこうして人の面倒を見ていて、それが当たり前みたいに見返りすら求めたことがない。

「怪我をしたらいつも、何処からか薬を取り出してはこうしてくれてたよね」

懐かしく思いながらそう教えると、素直に治療を受けていたユンが感心するように「へぇ〜……」とこぼした。

その反応がくすぐったかったのか、スイは照れ臭そうに肩をすくめるとユンの手首に軽く包帯を巻いてやり、誤魔化すように笑った。

「城に居ると、こんなことしか役に立たないからさ。さて、出来た。ユン君、薬が乾いたらまた塗ってあげるよ」

「……ありがとう。ねえ、スイは、どうやってこういうの覚えたの?」

目をほんの少し輝かせながら、ユンは自らの手首に巻かれた包帯を眺めてスイにそう問うた。

確かに、それは私も気になっていたことだ。

いつも昼寝しているか、ハクとチャンバラごっこをしているところしか見たことがなかったから、弓が出来たことも知らなかったし。

これもスイの父上であるシュウンが教えたことなのだろうか?

「……んー、昔お世話になってた医者のおじいさんが居て、幼心に傷を治す薬ってのがかっこよく思えてさ」

薬を袋に戻しながら、スイがなんでもないように話してくれる。

「んで、おじいさんにどうやって薬を作ってるのかを、しつこく問い詰めたことがあったんだよね」

「しつこく……」

「そんなことがあったのね」

「そう。そしたら、相手にするのが面倒だったみたいで、そのおじいさん、持ち歩いていた医学書を自分にくれたんだよ。知りたいなら読んで覚えろってさ」

どこか懐かしむように目元を細めて笑うスイに、私もまた嬉しくなる。

知らない一面を知れるのが嬉しいなんて、どうしてだろう。

「効能のある薬草とか簡単な調合は、その本を読んで覚えたんだ。何でも知ってるって訳じゃないよ。その後は独学」

袋を閉じて、スイは腰に下げてある小さな鞄にしまった。

独学でここまで薬草に詳しくなったなら、スイの勤勉さは思っていたよりも凄いのかもしれない。

「おじいさんから貰った本、ユン君にあげれたら良かったね。今は家に寝かせてあるんだ。いつか取りに戻れたら、君にあげるよ」

それまでは、自分で良ければ教えてあげるからさ。

そう言って、スイは朗らかに微笑んだ。

こういうところ、素直に凄いと思う。

ユンは嬉しそうに顔を輝かせると、大きく頷いた。

「それ約束!スイの知ってること、全部教えて」

「了解。じゃあ自分は、今日からユン君の師匠だね」

にこにこと楽しげに笑うスイに、こっちもほっこりとする。

昔から優しい人ではあったけれど、こうして慕ってくれる人間をスイは大事にするのだ。

スイが今度はお茶の準備を始めた頃、あれからどれくらい経ったのか、ハクが戻って来た。

「あ、戻ってきた」

ユンがいち早く気付いて振り向くが、向こうから来る二人の空気は異様なものだった。

「んー?なんかすっげ雲行き怪しいよー」

互いに早足で、無言で、険しい表情を浮かべてこちらへと向かって来る。

スイが「おや?」と眉をひそめて眺めるが、私にも二人がどうしてそんな空気になっているのか見当もつかなかった。

「どうしたの?」

尋ねれば、ハクが無愛想に答える。

「姫さん、こいつはダメだ。他を当たろう」

「なっ! そなたこそ去れ。姫様は私一人で十分だ!」

「温室育ちの坊っちゃんに外の世界なんてムリムリ」

「姫様、なぜこのような粗暴な者が護衛なのですか!?」

ハクの言葉に怒りを露わにそう叫ぶ白龍。

え。

あの短時間で何があったというの。

私の気持ちはユンも同じだったようで、代弁するように「何があったのさ」と聞いてくれた。

すぐ側では、スイが面倒くさそうに目を半眼にして欠伸をしている。

「白龍様は俺に金やるから帰れとおっしゃるんだ」

不服だと言わんばかりにハクがそう答えるけれど、私もユンも彼の着物の異変に気付いてしまう。

「で?その腹のでっぱりは?」

「メタボかな」

飄々と言うけれど、目を合わせないあたり絶対違う。

明らかに貰ってるじゃない!

「あーあ。幸先悪いねぇ。はじめが肝心なのにねー」

また欠伸をしながら、スイがどうでも良さそうにそうこぼす。

どうやら、さっきの銀龍の話の一件で、スイの白龍への印象はあまりよろしくはないらしい。

「姫様をお守りするのは四龍の役目。四龍でもない者は帰、」

「嫌っ」

白龍の言おうとしている言葉を遮り、私は怒る。

ハクの腕を捕まえて、しっかりと白龍を見て否を告げる。

ダメ。

ハクはこの旅に絶対に欠かせない人よ。

「ハクは私の幼馴染みで、城を出てからも、独りになってからも、見捨てずそばにいてくれたの!大事なひとなの。ハクは一緒じゃなきゃ嫌‼」

共に城を出てから、スイのことを一番よく分ってるのもハクだ。

スイが無茶をするのを止められるのはハクだけ。

何より、ここまで来て帰れなんて酷すぎる。

そんな意味を込めてそう断言すれば、不意に隣から気味の悪い笑い声が聞こえて来た。

「───ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「あーあ、完全に調子に乗ったぞコレ」

木の陰から、スイが呆れたようにため息をつく。

何やら笑いが止まらないのか、ハクはボソボソと「まあ、ねえ、ホラ」とか。

「つうわけだよ。しょうがねぇなぁ」とかなんとか呟いていて、そのすきにお腹のでっぱりを回収して白龍に返した。

「姫様がそうおっしゃるなら……」

と、白龍は不満そうではあるけれど、渋々と了承してくれた。

その様子に、私は白龍の必要価値を伝えなくてはと考える。

「だけど白龍も必要よ。だってこのままだと、ハクもスイも、私を守って死んじゃうもの。だから白龍は、ふたりが死なないように守ってほしいの」

「……ほぅ」

「ちょっとお姫さんなにそれ?!」

黙ってことの行き先を見ていたスイが、私の言葉に驚いた様子で立ち上がった。

「自分たち、守られる側なの!?」

聞いてないよ!!

と、スイが抗議するように叫ぶ。

「でも、じゃなきゃスイは無茶をするでしょう?」

「しないよ!いや、断言は出来ないけど!」

「ほら、必要だわ」

「〜〜〜〜〜!!!」

わなわなと震えながら、スイが二の句が告げられずに地団駄を踏む。

その際に左足に力を込め過ぎたのか、スイはそのまま悶絶して崩れ落ちてしまった。

相変わらず面白いなぁ。

笑いながらその様子を見ていると、白龍が歓喜するように声をあげた。




 
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