黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第九幕
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「キジャ、青龍の気配は?」

「向こうが何か、もやっと……」

「はい、お手数かけました」

まるでコントだな。

そんなことをぼんやり思いながら、自分はヨナ姫に持たされた草粥を食べていた。

こうしている間も、心配性になってきた友人ふたりは自分の側に引っ付いて世話を焼こうとしている。

それを適当に諌めながら、最後の一口を口に放り込み、片付けにかかった。

「そういえば、青龍って白龍と同じく里があるの?それとも一人?」

地図を手にキジャにそう話しかけるユン君。

しっかりうちの頭脳班になっちゃって。

子を見守る気持ちでそれを眺め、テキパキと鍋を片していく。

ヨナ姫がすかさず自分も手伝うと言って手を出してきた。

当たり障りない片付けをお願いして、側でそわそわしている怪我人は放置した。

「それが、よくわからないのだ」

ユン君の問いにもやっとするらしい方向を見たままのキジャが首を振る。

「各地にいる同胞からの情報だと、青龍の一族は昔、地の部族の土地に隠れ住んでいたらしいのだが、ある時を境に青龍の里はこつぜんと消え、一族も行方不明になってしまった」

「消えた!?でも、滅びてはいないんでしょ!?」

キジャの言葉に驚いたユン君が声を上げる。

キジャはゆっくりと目を閉じ、大丈夫だと告げる。

「目を閉じれば青き龍の鼓動を確かに感じる」

「ふぅん。不思議だねえ」

「あ、スイ、ありがとう」

「どーいたしまして」

片付けた鍋と食器を風呂敷に戻し、ユン君に返す。

「イクスが白龍以外は移動してるって言ってた……多分、青龍一族は里ごとどこかに引越したんだ」

「キジャがもやっとするところは、東北東だね。火の部族の土地だ」

自分がそう言えば、ユン君は少し考えるように地図を眺めて。

「なら、思い当たる里がありそうな場所は、6か所かな」

とこぼした。

それにヨナ姫が反応する。

「ユン、行ったことあるの?」

「ないよ。でも、この辺りは彩火の都に次ぐ大きな町があるし、ここは商談が行き交う道や貴族の別宅があるからね」

ユン君が地図を指し示しながら、何処に何があるのかと教える。

それに素直に感心して、思わずユン君の頭を撫でてしまった。

胡乱な目を向けられて慌てて手を離したけど。

でも確かに、自分の中にあるちしきを当てはめても、だいたいはそれくらいのように思えた。

いや、もう一か所ある……。

「(だとしても、好き好んでこんなところに住むヤツはいないか)」

やんや、やんや。

ユン君とヨナ姫が何かじゃれあっていたが、自分はキジャが示していた山の向こうを見上げて肩をすくめる。

まあ、考えていても仕方ない。

自分の身体はまだ軽いものじゃないわけで、少しでも長く休んでいなくてはならない。

ハクもしかり。

当面は、四龍探しに気力を注ぎ、体力を回復させよう。

「じゃ、自分は今日は先に寝るね〜」

「あ、うん。スイは少しでも長く休んで」

「あい〜ありがと。おやすみ〜」

ヨナ姫のことは今はハクにでも任せよう。

毎晩、ヨナ姫が矢を遅くまで射っていることにハクも気付いてる。

探せば、睡魔はあっさりと近づいてきた。

相当に疲れていたらしい。

今度は夢も見ずに朝までぐっすり寝てしまった。








一方で、キジャは眠れなかったようだった。

朝起きると、死人のような顔をしたキジャが「おはよう」と言ってきた。

思わず引き腰になり、返事をかえす。

そしてユン君の推測は予想に反し、青龍探しは難航をたどってしまった。

ハクの情報を取り入れ、目的地は三つに絞れたものの、その何処にも青龍の気配を感じられないとキジャが言うのだ。

ここ数日。

朝から夕方まで、山道を行き来したというのに、それらしき情報すらも手に入らなかった。

最後の候補地にたどり着いて、全員で血眼になりながら探し回ったが、里らしきものは視界の端にも入らない。

「ここもダメか〜〜!」

ぐったりと、三人が地面に座り込む。

自分も同じく、木にもたれて上がった息を静めた。

するとキジャが再び、東北東を指差し「向こうからもやっと……」とこぼした。

「この先は戒帝国だよ?まさか青龍、国境越えたんじゃないだろーな」

頭が痛むのか、ユン君が額を押さえながら息をつく。

けれども、自分はもっと別のことを思っていた。

国境ギリギリ。

大きな岩山がある。

少し前にハクも言っていた通り、人間その気になれば何処ででも生きていけるのだ。

けれども、いったんそこで思考を止める。

考えるより先にやらねばならないことができた。

「姫さん、足出して」

久しぶりに一日中歩き回ったのだ。

きっとその足は負担から悲鳴をあげている頃だろう。

「姫様、足を痛めたのですか?」

自分の言葉に心配するように駆け寄ってきたキジャをとどめて、自分はヨナ姫の足に薬酒に浸した布を巻いてやる。

血行を良くして、脈を正常にすれば足首の疲労はすぐに落ち着くだろう。

「ありがとう、スイ。ちょっと疲れてた」

「やっぱり自分が背負ってやれば良かった」

「バカ言わないで。今のスイに無理なんかさせられないわ」

「不甲斐ない限りで……」

しゅんと項垂れ、自分の現状にこっそり涙する。

仮にも武将ともあろうものが、こんなにも非力でどうするというのだ。

亡き父上に見られたら、ゲンコツどころじゃないかもしれない。

ホロリと切なく思いながら、ふいにユン君がこちらに向けて水筒を差し出して来たのに気づく。

見覚えのある水筒に、自分は「あ」とこぼした。

「飲んで」

ヨナ姫に渡されたそれは、以前ユン君に頼まれ採ってきたビワが果実酒になって入っているものだった。

ユン君なりに調べて、疲労に効くものを作ってくれたのだ。

「おいしい。何、これ?」

目をキラキラと輝かせてヨナ姫がユン君を仰ぎ見れば、ユン君は少しドヤ顔をチラつかせて笑った。

けれども、自分がここで心配になったのはキジャの方。

所在無げに宙ぶらりんで立つ彼を、見逃すことなく見付ける。

おそらく、知らないことばかりの世界に驚きを隠せず、なおかつ役に立てていないというジレンマを抱え始めているのだろう。

「(さて、傷もだいぶ良くなってきた。そろそろ動いてもいい頃だな……)」

背中に走っていた、あの引き攣るような痛みはもうない。

身体の倦怠感も少なくなってきていて、この様子なら明日明後日には快調と言ったところだろうか。

つくづく自分の回復の良さに苦笑を覚えながらも、ようやく身体を動かせるようになってにやりとする。

これで次にどんな輩が迫ってきても問題はない。

ヨナ姫を守ってくれる盾は自分を含め三人に増えた。

ユン君という守るべき存在も増えたが、彼はれっきとした男だ。

自分の身くらい、多少なら庇うことが出来るだろう。

「キジャ、君もしっかり休むんだよ。今は君のその力が一番重要なんだからね」

肩を軽くトンと叩いて、笑ってやる。

普段近寄らないようにしているだけに、キジャは驚いたように自分を見てきた。

「でも、私は……」

役に立てていないと言いたいのだろう。

そんな言葉は聞かない。

「君のそのもやっと能力が無ければ、自分達はここへたどり着くことも出来なかったよ。だからそう気負いなさんな」

肩の力を抜いて、もっと楽にしろ。

そう告げて、自分はよっこいしょと木の幹に背をもたれさせ、おやすみと告げる。

何か言いたげにしていたキジャにも寝るように残して、誰よりも先に目を閉じて眠りこける。

明日には全快しているように、体力をつけるために。








「ふぁ〜〜・・・・・・あ、」

大きく伸びをして、すっかり身体が軽くなっていることに気づく。

ぐるんぐるんと腕を回してみれば、背中に走っていた痛みは何処にも感じなくなっていた。

「うっしゃ!」

近頃じゃ背に背負わずに、ずっと肩から掛けていた二刀の剣を、今日になってようやく所定の位置に戻すことが出来る。

十二の誕生日に、父上から譲り受けた大事な二双刀。

確かな重みにほっこりして、いつの間にか日課になっていた空を見上げる仕草をとる。

「(今日からまた、お役目を全ういたします……父上)」

ぱん!

「……ぱん?」

音が聞こえた方に振り返れば、キジャがほっぺたを思い切り叩いた後だった。

少し朱色に染まり出しているほおを見つけて、内心「うわ〜・・・」と唸る。

かなり痛そうだ。

気合いでも入れていたのだろうか?

そう言えば、彼は里を出てからろくに寝れていないんだっけ?

「(軟弱だなぁ……)」

男児ともあろうものが。

そうぼやきながらも、自分はキジャに近づこうとはせず、放置を決め込む。

「ハク、今日から自分も動くよ」

「スイ、もう大丈夫なのか?」

「ご覧の通り。すっかり快調。ここんところ歩くことしかしてないし、訛ってるくらいだよ」

「そうか……」

フッと、ハクが表情を暗くさせる。

何か言いたげな顔だ。

「いや、だから、その心配する顔やめて」

「……」

「ハク、君は自分が女だってわかってから何か気にしてるみたいだけど、言っとくけどそれ、うざいから」

「な!? おま、うざいって!」

目を丸めてハクが心外だとばかりに声を上げるが、知らん。

忘れたとは言わさない。

自分という武将の存在を。

「ラン・スイは、そんなやわな武将じゃない。少なくとも、手合わせすれば君と互角だと周りからは言われている程度にはね」

自信たっぷりにそう告げれば、途端にハクはバカを見るような目で自分を見たあと、大きなため息を吐いた。

「ちょ、そこでため息はひどい」

憤慨に地団駄を踏もうとすれば、ふいにハクが真面目なトーンで本音を吐露した。

「反省してたんだよ。仮にも女の身であるお前にあんな大量の矢傷を作らせてしまった」

「あんなの、かすり傷だよ。薬さえ塗ってりゃ、痕すら残んないよ」

「……」

なおも心配するように眉をひそめたハク。

今度はこっちが大きなため息を吐く番だった。

「バーカ。自分達の優先は姫さんだろ。それだけを考えてろよ、ハク」

「……わーったよ。けど、まだ無理はするなよ」

「おまえはおかんか」

「友人だろ」

「……そんな過保護な友人が存在するなんてびっくりだよ」

この話は終いだとばかりに手を振り、自分はユン君の元へと向かう。

「ユン君、相談なのだけどね」

「ん?」

「青龍の里。一度あの岩山に行ってみない?」

「岩山?……待って、そうか、岩山だ!」

「そう、岩山」

にっこりと、頭の良いユン君に頷く。

「キジャが指している場所はずっとあの場所だったよね。それでもって、里が作れそうな場所なんてものは1か所しかない」

「盲点だった。人なんか住めないと思ってたから、でも、やっぱりいたんだ!国境ギリギリ、あの岩山に!」

「君らもあんな崖下に住んでたくらいだから、人は住めるよ。それこそ、身を隠して生きるなら、なおさらね」

にやりと、笑う。

「さっそく、行こうか」

ここからなら、昼頃にはたどり着くことが出来る距離だ。

すぐさま支度をし、一行で岩山へと向かう。

キジャはいつの間にか元気になっていて、ヨナ姫が何か言葉を掛けてあげたのだろうと苦笑する。

本当に、キジャもハクもヨナ姫に弱い。




 
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