黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第十三幕
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海のさざ波の音が穏やかに耳に吹き込み、心地よい日差しの中を海鳥が飛び泳ぐ朝。

昨日に引き続き、さっそく街を探検することになった俺たちだったが、となりに立つスイの額からは大量の冷や汗が伝い落ちていた。

「……あの、その、えーと」

別行動しよう。

そう言い出せないスイ。

視線を彷徨わせて、いつになく様子がおかしいのが面白い。

しばらく眺めていても良かったが、コイツが嘘も付けずに口を滑らせてしまうのもいただけないわけで、俺はすかさず昨日と同様に助け舟を出してやった。

「俺とスイは武器見たいし、別行動する」

「そ、そそ、そう!新しい腰差しとか、お手入れ用の脂とか買いたいんだよね!!」

「つーわけだから、これ預かっててくれ」

俺の背中に背負っている大きな大刀。

街中では目立つ上に、役人に目を付けられている俺たちなら尚更、こんなものを持って街に出るわけにはいかない。

スイも今回ばかりは剣を二つともキジャに預けることにしたらしく、背中に背負っていた二双の剣をその身から取り外していた。

「キジャもシンアもお姫さんとユン君のことお願いね。自分たちもすぐに合流出来るようにするからさ」

にっこりと笑って、スイが俺の背を押してヨナ姫達に手を振る。

だがその表情は、いくらか引きつったものだった。

勘のいいユン辺りなら気付いてしまいそうなほどに、スイはなんとも嘘が下手くそだ。

しばらく歩いて、ヨナ姫達の姿が見えなくなった頃。

唐突にスイが深い大きなため息を吐いた。

「……あれ、絶対おかしいって気付かれてるよね。見た?ユン君の疑うようなあの表情」

げんなりとした様子で更にもう一つため息を落とすスイに、俺もまた苦笑する他ない。

「普段べったりだからな、昨日と今日で丸2日も距離取ってるんだ。何かしら気付いてはいるんじゃねぇか?」

「だよねぇ。何も言ってこないところが、ユン君の気遣いなんだろうけど……変なふうに思われてたら嫌だなぁ」

「大丈夫だろ。多分」

「うわー、信用ないなー。まあ、あの子らを危険な目に合わせるよりはマシか」

役人ともめたことで、俺たちと行動を共にすることは危険に繋がってしまう。

守ることは出来るが、回避できるならさけて通りたいものだ。

「さて、さっさと適当に武器見繕って帰りますかねー」

んー。と背中を伸ばして、スイがさっさと武器屋のある場所へ向かおうと歩き出す。

俺もそれに従い着いて行き、めぼしいものがないかと辺りを見渡した。

そこで、予期せぬ人物と鉢会うことになる。

「……あ」とこぼした俺の声に反応し、スイが俺の方へと振り返る。

「ん?……げ」

至極嫌そうな声がスイからこぼれ、俺もまた眉をひそめた。

「あれ、君……」

「あんた、昨日の」

緑の頭のタレ目男がそこに居た。

バッチリと目があったスイはものすごく嫌そうに「ちっ」と舌を鳴らす。

「ちょ、舌打ち!?」

「今すぐ去れ疫病神」

「今度は疫病神扱い!?」

「あんた、昨日の今日でよく来たな」

スイが毛嫌いするように威嚇する中で、男は勢いよくツッコミを入れている。

俺が呆れたようにそう問えば、男は助けを求めるように俺の元へと飛び込んできた。

「ちょっと君の相棒毒舌過ぎやしないかい!?僕の心抉りまくるんだけど!!」

「嫌われたみたいだな、ドンマイ」

「軽いね!」

「どうでもいいから、もう行っていい?」

「酷いね!」

まるでコントのようなやりとりに俺も苦笑を禁じ得ず、スイが促すがままに足を進めようと歩き出す。

が、タレ目男が俺とスイの肩を引き寄せてコソリと呟いた。

「実は追われてるんだ、助けると思って付き合ってくんない?」

「役人か?」

「面倒事とかマジ無理なんですけど、おにーさん」

じとりと、スイが男を睨むように目を細める。

たしかに、面倒事は俺たちも勘弁だ。

「大丈夫、君らに害は及ばないから。ね?」

そう言ってほとんど無理やり俺たちを引っ張って行き、男は一軒の建物の中へと誘導していった。

そこはいわゆる、桃色の世界。

「……ってコラ、昼間っからなんだここは」

側に立ち並ぶ着飾ったお姉様方。

露出の多い着物でお色気たっぷりに俺たちに詰め寄ってくるその光景に、俺は思わず呆れ返ってしまう。

スイは死んだ魚のような目で男を睨み続けている。

「こーゆー所の方が隠れやすいんだ」

「じゃあひとりで隠れてろよこのエロガッパ」

「むしろあのエロ役人たちが入ってくるんじゃねえか?」

「ねえ、この子、僕のこと相当嫌ってる?なんかすごく言葉が痛いんだけど」

「さあ、そうかもな」

「庇護してくれないんだ!?」

「黙れタレ目」

「なんなのこの子!!」

「そんじゃ、俺たちは出てくぞ」

「君も大概ひどいよね!?」

酷いもなにも。

俺たちは出会ったばかりで気遣い合う義理もない。

スイが珍しく敵意むき出しなのも面白いし、そのままこいつらの関係を静観していようとたったいま決めた。

ふいに、俺の背中に女の胸がするりと押し付けられる感覚がした。

「やだお兄さん、行かないで」

「あ?」

背中に張り付いた女をじっと見てやれば、女は何故かその場によろりと崩れ落ち、恍惚とした表情を浮かべた。

「あん……ッこのお兄さん、視線だけで女を殺せるわ……」

「うわ、何してんのお前」

「いや、俺はなんもしてねぇよ」

「なになに、視線だけで?僕にもやってみて」

「いやだから、なんもしてねぇって」

スイが蔑むように俺を見つめ、タレ目の男が好奇心を浮かべて俺を見る。

なんだか面倒くさくなってきた。

「というか、いい女なら俺の里にも沢山いたからな……」

今更女に言い寄られても、心を惹かれるわけじゃない。

「たしかに、綺麗な子多かったかも」

風雅の里を思い出すようにスイがうんうんと頷けば、タレ目の男が大きく反応した。

「なに!?そこどこだい!?」

「フウ……」

風雅の里だと言いかけた時にふと、ピリッとした剣気がスイの方から飛ばされてきて言葉を途切らせる。

ハッと気付いた俺は「いや」とこぼし、話を切り替えた。

「あんたこそ、変わった服着てるよな。生まれはどこよ?」

もし仮にこの男がやばい人種だったとして、こちらの情報をやすやすと与えるわけにはいかない。

どこまでも冷静に物事を推し量るスイに感心しながらも、俺もまた相手の素性を探ろうと切り込みにかかった。

すると、男は表情を変えて額にじわりと汗を浮かべた。

「え、僕かい!?僕はその……………そう!ここの出身さ!この町は輸入品が多く存在しているからね!この服もそうなんだ!」

長い間がかなり気になるが、そうじゃないとは言い切れない要素がこの町にはある。

俺もスイも互いに顔を見合わせながら、腹の探り合いを水面下で続行することにする。

「町と言えば……」

「この町は少し様子がおかしいよね」

窓の外をちらりと見て、スイが核心をひと突きした。

「一見普通だが、町の連中の目が微妙に死んでる。何かあるのか?」

「役人が大きい顔で昼間から酒に酔って女を捕まえてて、それが当たり前に許されるわけないからね」

「……君らはスルドイね」

ニヤリと、男は表情を変えて笑みを浮かべた。

隣に座るスイの警戒心がグッと大きくなるのを感じて、俺もまた気を張り詰める。

それに気付いたのか、男が敵意がないとばかりに両手を振り、肩をすくめた。

「阿波の港はここ一帯を仕切っているヤン・クムジという男の力が凄くてね。町の連中はみんなヤツに怯えているんだ」

「怯える理由は?」

男の語りに、スイがすぐさま問い返す。

男はふと目を細めて窓の外を眺めた。

「人身売買さ」

低く響いたその声に、スイが小さく息を飲み、俺もまた胸糞悪い気分を味わう。

「主に女、子供ばかりを狙ってる。全く、腐ったヤツらだよ」

微かに吐き捨てるようにこぼされたその言葉に、スイが肩に入れていた力を抜いたのがわかる。

おそらく、男がこちらの脅威になる存在ではないと理解したのだろう。

狙いがなんであれ、敵ではないと。

「それで、君たちは何をしてる人なの?」

ふいに切り込まれた質問に、スイがピクリと眉を挙げる。

答えるべきか否か吟味しているのだろう。

しばらく品定めするようにタレ目男を眺めたのちに、スイが素直に「護衛だよ」と返した。

それなら、俺も黙っている必要はない。

「なんと不憫な!」と目を丸めるタレ目男に対し、俺もスイもなんてことないと返す。

「別に」

「自分で決めたことだし」

むしろ、それが当然だと思えているから世も末だ。

「……僕には理解できないなー。人は自由に生きてこそだろう?」

「それは人それぞれの観念だろ。誰しもがそうだとは限らない。自分は少なくとも、守りたいただ一人を守れれば、それだけでいい」

「たしかに。俺もそんなもんだ。にしてもお前はやけに自由にこだわるな」

話を聞いていれば、俺たちが護衛として動いていることを不憫に思ったり、人身売買に強い嫌悪を向けたり。

自由を奪われることを酷く嫌っているように見えた。

タレ目男は俺やスイの方を見ると、ほんの少し眉をひそめた。

「僕は……」

そう男が言いかけた時、窓の外から聴きなじんだ声が「あ───っ!」と叫んだ、

「ん?あれ、お姫さんとユンくん」

何してんのー?

と、呑気に手を振るスイに、俺は目眩を覚える。


「ちょっと!それはこっちのセリフ!ふたりしてそんなとこで何やってんの!?」

窓の下から、ユンが蔑むような目でこちらを見上げ、ヨナ姫に至っては見てはいけないものを見てしまったとばかりに口元を押さえていた。




 
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