黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第十四幕
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丸まった後ろ姿に漂う哀愁。

無言のまま2日目のお留守番を受諾したシンアを置いて、再び阿波の港町へと繰り出した自分たちは、辺りを警戒しながらも躍起になって緑龍を探していた。

「キジャくん、緑龍の気配は?」

隣に立つキジャに問いかければ、彼は眉を寄せて具合が悪そうに自分の問いに答えた。

「この町にいると思うのですが……とても素早い奴で、ちょこまかと動くんですよ」

お陰で目が回りそうです……と愚痴をこぼす彼に「ありがとう」と返して、自分はふと目を細める。

「素早い……ねぇ」

あちらにいるかと思えば別の方にいたりする緑龍と。

そこにいたはずなのに、気付けばもう目の前にいない奴もいる。

「まさかね」

ひとりごちて、さてどうしたものかと頭を捻らせる。

その時だった。

突如、あたりに陶器の割れる音と叫び声が響いた。

音がした方へ振り返ると、一軒の店から何人かの客が逃げていくのがみえ、異常を察知する。

「あ、おい!スイ!!」

背後でハクが自分の名前を呼ぶのも気にせず、一目散に悲鳴の上がり続ける店へと向かう。

近寄れば、中の方で男が殴られている姿が見えた。

「やめて!やめてください!!」

「うるせぇ!!」

「あいつ……!!!」

「ダメだよスイ!目立っちゃう!」

グッと、腕を引っ張られてハッとする。

すぐ後ろまで追いついたユンくんが、焦ったように自分の腕を掴んでいた。

「……ッ。ユンくん、ごめん。ありがとう」

そうだ、落ち着け。

殴られている男は血まみれだが、まだ大丈夫な範囲だ。

だが、あの役人の目。

異常なほど荒々しく、殺気立っている。

中から上がり続ける悲鳴に、ヨナ姫の表情が真っ青に染まった。

動き出そうとするその足を、キジャやハクが押さえ、彼らもまた拳を握りしめている。

途端、キ───ン。という激しい耳鳴りが自分の脳を襲った。

酷い目眩とかすかな頭痛を覚え、くらりとした視界に何か砂嵐に紛れたような光景が映り込む。

目の前の店。

同じ場所だが、役人は消え失せ、代わりに横たわる小さな人の姿。

はっきりしないその光景を見た瞬間、臓腑に冷や水を掛けられたような嫌な予感を覚えた。

何かが、マズイ……と。

ふと、店の奥に子供が縮こまっている様子が見えた。

瞬間、止まることが出来なくなる。

それに、ヨナ姫は彼らを見過ごすことが出来ないはずなのだ。

「どうか、ご命令を」

ヨナ姫を振り返って、自分はまっすぐに赤髪のお姫様を見た。

遅れて意味を察したユンくんが「ちょっと!?」と声を上げるが、自分にはこの様を放置することが難しい。

「ここから先、別行動に入ります。どうか、ご命令を……」

こうべを垂れ、ヨナ姫に乞う。

今行けば、もうこの先に阿波の港でみんなと行動することが不可能になる。

その許可を、得るために、許しを請う。

ヨナ姫は息を詰めて、聞こえ続ける悲鳴に表情を歪めた。

自分を見上げ、泣きそうなその顔で、震える声でひとつ、命を告げる。

「お願い……スイ、助けてあげて……」

あのままでは、いつか殴り殺されてしまう。

皆分かっているのだろう。

自分の申し入れと、ヨナ姫の願いに誰ひとり否を唱えられなかった。

「御意。これより先、自分は単独で動きます。……お姫さんとハクのことは気配でわかるから、状況が落ち着き次第、合流出来るようにするよ」

ふっと微笑んで、そっとヨナ姫の頭を撫でてやる。

ユンくんは始終不安そうにしていたが、ハクは信頼を寄せる視線をこちらに向け、小さく頷き返してくれた。

「あんまり見られるのもマズイ。みんなはもう離れて」

「気をつけて、スイ」

「無茶しないでね」

「スイ、何かあれば私も手を貸す。身に危険を感じたら必ず呼んでくれ」

「ありがと。そんじゃね」

ハクに促され歩いていくみんなに手を振り、くるりと店に向き合う。

さあ、いよいよ中の空気が淀んで来ているようだ。

「この子供!俺に逆らうのか!?」

「やめてください!子供には……!」

聞こえてきた会話に、突入を決める。

ちょうど、役人が子供相手に拳を振り上げようとしているところだった。

「おっと。そいつはマズイんじゃないかな」

パシッと捕まえれば、役人の手に陶器の破片が握られているのが確認出来る。

「……こんなので殴ったら、死んじゃうでしょ」

幼い子供なら、一撃だろう。

止めに入るのが間に合って本当に良かった。

「なんだ貴様ァアア!」

「通りすがりの海賊です。お兄さん、酒は夜嗜むから楽しいんじゃないのかい?」

グッと、役人の手に力を込める。

折れこそしないだろうが、痛め付けるには十分な程度に。

「ぐっ……あ!」

「ねえ、お兄さん。この店は自分らがシマにしようかと思ってるんだよね。それをこんな土足で汚く荒らされてさ、吐き気がしそうなくらい怒ってるんだけど、ケジメつける準備は出来てる?」

ジッと、役人を睨みつける。

薄く笑みを浮かべてやれば、役人は「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。

そりゃそうだ。

男女の差はあれど、鍛え方が違う。

まず訓練も受けたことのない役人程度なら、武器がなくともヤれる。

「ねえ、おじさん、おばさん。今日からよろしくって話してたもんね。コイツ、自分が処理していいよね」

にっこりと、わけもわからず自分と役人のやりとりを見ていた店主たちに笑いかけてやれば、唖然としたように口をあけて、何を返すことも出来ずに黙りこくってしまう。

それが正しい。

頷けば標的にされかねないのだから。

「まあいいよね。だって、この店は自分らが貰う約束なんだし」

残酷なほどの狂気を笑みに滲ませて、どちらが悪役なのかわからないほど非道に語る。

店の人間も、この役人も。

自分が真実何者なのかを理解はしていないが、先程口からでまかせに語った “海賊” という言葉を信じているならば、強くも出られないだろう。

なにせ、この役人ひとりが引き金となって海賊が攻め混んで来たとなれば、この役人もただでは済まされないのだから。

だとして、見せしめが必要だ。

陶器を掴んだままの役人の腕を、力任せに無理矢理捻じ曲げる。

毎日重たい剣をつかんでいたこの手には、それなりの力が備わっているわけで。

辺りには役人の腕の骨が折れる鈍い音が響き渡った。

「う……がっあああ"ぁああああぁああ"ああぁああぁああ"あ!?」

痛みに悲鳴をあげる役人。

あまりのことに、店の連中も顔を蒼白に染めて恐怖におののいていた。

それを横目でチラリと眺めて、痛みでジタバタと暴れようとする役人へ視線を戻す。

目が合った役人は逃げようと必死でもがき、自分が折れた腕を強く掴めばまた悲鳴をあげた。

「ぐぁあああぁああ……!貴様ァああ!」

「あれ?まだ結構元気だね、それじゃあ、大丈夫かな」

口の減らない役人を相手にニヤリと唇を緩めて、その耳元で優しく囁く。

「死なない程度に、いたぶってあげるよ」

「ヒッ」と小さな悲鳴をあげた役人は、死ぬもの狂いで握られている腕を振り回して逃げた。

痛いだろうに、更なる痛みを恐れて逃げ出したわけだ。

けれども走り出せずにどしゃりと地面に崩れ落ち、役人は尻餅をつきながら足だけで必死に後ずさる。

恐怖と痛みに表情を歪め、役人は叫ぶように自分を拒否した。

「く、来るな……!」

「やだなぁ。お兄さんがさっきおじさんにしていたことよりいくらも優しいと思うけど」

「やめろ、近づくな……!!」

「残念。さっき言ったじゃん。ケジメつける準備はあるのか?って。それに、自分の怒りはこんなんじゃおさまらないんだよねぇ。それこそ……アンタを殺しても足りないくらいにね」

スッと表情を消して、じとりと役人を見下ろす。

役人は呼吸さえ忘れたかのように言葉を失い、迫り来る自分から逃げようと背を向けて地面を這いつくばった。

もたもたと店の外へと逃げ出す背中を、その間ゆっくりと追いかける。

店主たちにチラリと視線を向ければ、びくりと身体を震わせた。

役人の次は海賊に襲われるのかと恐怖しているのだろう。

仕方ないとは言え、過重に恐怖を与えてしまったことに苦笑する。

だとしても、ここで気を緩めてやるわけにもいかない。

店を出て通りまで出たところで、辺りに人がひしめいているのを確認する。

この程度集まっていれば問題ない。

「さあて、鬼ごっこはそろそろおしまいにしようか。折れた腕、痛いでしょ?楽にしてやるよ。海賊の縄張り漁ったらどうなるのか、身に染みただろうしさ」

わざと歌うように告げて、役人の腕が折れていることを周りに知らしめる。

役人は助けを請うように辺りに視線をやるが、町の人間は関わるまいと誰一人近づいては来ない。

当たり前だ。

役人と海賊。

そんな厄介なものに自ら関わろうとする人間などいないのだ。

「ひっ……ひぃいい! だれか……助け……!」

「まあ、このことは自分の単独だからさ、別に黙ってれば自分だけで終わると思うけど。ほかのヤツに知れ渡ると全員がアンタの敵になるかもね」

そうさせないために、役人が取るべき行動はひとつだ。

「他の仲間に言いふらすつもりもないし、そこまで弱くないつもりだからさ」

恐怖に怯える役人に微笑み、最後の距離を詰める。

「仕返しがしたければ数を増やして自分を殺しに来い」

「ひ……や、やめ……っぐぁあああぁあああああああぁああああああ……!!」

「あ、ごめぇん。足も折っちゃった。まあいいよね。生きてるだけマシって思いなよ」

口元だけ笑みを浮かべて、視線は鋭く役人を見下ろす。




 
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