黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第三参幕
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キン・・・───ッ。

「上出来だね」

ニヤリと笑んで、自分は不意をついて振り下ろされた剣を自らの剣で受け止めた。

鞘だけで跳ね返すには、申し訳ない程度のもの。

ニヤリと笑った自分に驚いた四人に、これまでだと終いの声をあげる。

「ここまで!剣を下ろして」

いつのまにか固唾を呑むように黙っていた他の兵見習い達をも見渡し、剣を握ったままの四人に笑う。

「やれば出来るじゃない。親に言われたからどうせって気持ちだったんだろうけどさ、いまの君らは、ちゃんと剣を使うってことを身体で理解してたよ」

呆然と間抜けな顔をする四人に、自分はふと苦笑を漏らす。

「絶対に素質がないってことはありえない。何かしら特化したところが必ずあるはずだよ。ここにこうして立っていることも何かの縁だと思って、少しだけでいい、君らの持つ力を信じてみない?」

どうせ自分は。

頑張ったって仕方ない。

頑張る必要がない。

そんなの顔をして側に立たれても腹が立つ。

やってもいないくせに出来ないとか、出来るとか言うのも。

「今見ていたみんなが証人だよ。君らには素質がある。この自分を相手に最後は隙をつけるようになったんだから」

父上に厳しく鍛え上げられた自分は、自分で言うのもなんだが、強いと自負している。

当然だ。

自分は生半可な鍛え方なんかしていないのだから。

毎日血が滲むほど剣を握った。

立てなくなるほど型を取って、腕が上がらなくなるほど弓も構えた。

それでも次の日にはまた同じように鍛錬を積んで、何度も悔し泣きをした日があった。

女児だからといって、父上は優しくはなかった。

その日々の積み重ねが、今の自分を作り上げている。

ソン・ハクと並ぶほどに。

地の部族長のイ・グンテ将軍に一目置かれるほどには、自分は強くなったと自分で理解している。

「自分はどっかのアホな天才とは違って、毎日必死に剣を握ってやっとこの段階にいる。こうして君らを指南すると言っても、自分は自分のことも鍛えていかなきゃいけない身だと理解しているし、強さをおごる気も毛頭ない。だけどわかってほしいのは、自分がこうしてこの土俵に立てているのは、強くなるために、これまでに気が狂いそうなほど鍛錬を積んで来たからなんだよ。昨日今日始めたばかりの人に負けるようでは、自分はランの名を名乗ることも許されないくらいにね」

厳しすぎる父上の名は、おそらく各軍に伝わっていることだろう。

だからこそグンテ将軍は自分を甘く見ない。

合同で稽古をするときも、手を抜いてくれたことなど一度たりともないのだ。

「同じことをやれとは言わない。けれど、どっかのアホな天才じゃなくとも、修練を積み重ねれば人は強くなることが出来るってことを知ってほしい」

たしかに剣武には才能が必要なときもある。

けれどもそれを補うことは、努力によって出来ることだ。

「毎日の積み重ねが大事なんだよ。突然大きなことをしろとは言わない。それに、君らには素質があるんだから、そのままにしておくのはもったいないよ」

肩をすくめながらそうこぼせば、リーダー格らしい少年が眉をひそめながらも、自身の持つ剣を見下ろし、息を詰めた。

「素質…」

「言ったろ。自分相手によくやったって」

ひらりと、いつのまにか左手で持っていた剣を見せつけるようにして鞘に納める。

とっさに左手で応戦していて、そのことを理解しているのはおそらくここには誰もいない。

別に構わないが、彼らを調子付けるために自分はさらに笑ってやる。

「さっきだれかがソン・ハクとの試合の時に左手を使っていたのは手加減してたのかって聞いていたよね。それ、今答えるよ」

鞘に納めた剣の代わりに、練習用に立てかけられている木刀を左手で取った。

どういうことかと眉をひそめる彼らを見やって、自分は慣れた手つきで木刀を左手で操る。

遊ぶように、手のひらで回したり、投げて取ったり、構えたり。

「あんまり人に言ってないんだけどさ、左利きなんだよね、自分」

くるくると投げて見事にそれを受け取れば、ざわりとその場が騒がしくなった。

「普段の稽古で左手を使うのは、父上に禁止されているからさ、さっきのは内緒にしてもらえるとありがたい」

ニヤリと笑って見せれば、何人かが表情を固くさせた。

おののくようなその様子に、ほんの少しほくそ笑む。

生まれてこのかた、鍛錬を積まない日はなかった。

当たり前だ。

自分が強いのなんて。

けれども悔しいのが本音。

きっとこの先どれだけ自分が頑張ったって、彼らはあっさりと自分を追い越してしまうのだろうから。

追い越されないようにするために、自分はさらにもっともっと鍛錬を積まなくてはならない。

それこそ、誰よりも、何十倍も。

やれることはひとつ残らずやらなくてはならない。

あの子を守るためには、絶対的強さが必要なのだから。

悔しいから手放しでは褒めたくないが、天賦の才を持つ、ソン・ハクのような強さが自分には必要なのだ。

「やろうよ。自分と一緒に、強くなろう」

手を差し出せば、彼は表情を険しくさせて、それでも躊躇ったのちに、ゆっくりとこの手を取った。

「…なれなかったら、その時は覚えてろよ」

「はは!自分が保証する。絶対に強くなるよ」

素質はあった。

何より男なのだ。

自分より強くなるだなんて簡単だ。

そう言わずとも、胸に秘めて笑えば、ようやく四人は小さくうなずいたのだった。








そんなこんなで、初の稽古はとりあえずやんちゃをして終わってしまったわけだが。

その次の日から毎日、自分は彼らが「いやもう無理」とすぐに根を上げるほどしごきにしごきまくっていった。

時折様子を見に来るハクを追い払ったり、時折仲間に入りたがるスウォンを追い帰したり。

隙あらばヨナ姫に会いに行っては、遊び相手になってやったり。

陛下の側近業を勤めながら、また武官たちをしごいたり。

日々は緩やかに、けれども急速に進んで行った。

毎日楽しくて、毎日忙しくて。

やることだらけで、てんてこ舞いで、休息の時間など見つけられなくて。

その一年は、目まぐるしく日々が過ぎて行った。






だから、わからなかった。





自分は何一つ、その意図を理解していなかったということを。

隠された意図が、どれほど重いものだったのかを。

この時はまだ、何もわかってなんかいなかったのだ……。








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