黎明の獅子 -akatsuki no yona-
□黎明の獅子 第三五幕
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スイは吐き出せない想いを抱えて、それでもどうすることも出来なくて。
だから、笑うしかなかったのだ。
スイは、そうすることでしか立っていられなかったのだ。
苦しくてたまらないと、哀しみに肩を揺らすスイの手に触れる。
その温度は相変わらず少しだけひんやりとしていて、けれどもとても暖かかった。
きっと私たちのことさえ考えてくれたのだろう。
塞ぎ込んでいては、心配されるのだと。
そんなこと、考えなくていいのに。
「泣いてください。今みたいに、辛い時は何度でも吐き出してください。私には聞くことしか出来ませんが…それでも、私はスイの言葉を全部聴きたいんです」
私のために武将になってくれると笑ってくれた。
あの日のスイの笑顔は、とても柔らかで暖かかった。
ならば私も上を目指そうと考えた。
スイと対等に、いつまでも肩を並べられるように。
互いに助け合い、歩んで行けたなら。
そう願って、毎日を過ごすようになった。
ハクやヨナが居て、スイと四人。
いつまでも笑って生きていけると。
だからこそ、心が少しも見えないのは嫌だった。
スイには泣きたい時に泣いて欲しいし、怒りたい時には怒鳴り散らしてほしい。
私が間違っている時は、正してほしい。
今は、私がひとりになろうとしているスイを正したい。
「スイはひとりじゃありません。私もハクもヨナも居ます。それに、ムンドクやグンテ将軍、陛下に、あなたの見習いさんたちも。みんなスイを思っています。誰にどれだけ吐き出したって構わないんですよ?なんなら、いつだって私が聞きます」
真摯に語りかければ、スイの蒼海の瞳がさらに滲んでいった。
「なんで…」
うわごとのようにこぼされた声。
耳を傾ければ、スイはわからないと首を振った。
「どうしてスウォンは自分にそこまでしようと思えるの…」
理解が出来ない、そんな感情を込めて、スイが私を真正面から見た。
けれどもそれで笑ってしまった。
「私、スイのことが大好きなんです。ずっと思ってたんですよ、スイはまるで、お日様みたいだって」
ずっと思っていたことを口にすれば、スイは驚いたように大きなその瞳をさらに見開かせた。
「す、好きって…それに、お日様みたいって意味が…」
「スイは人を分け隔てることをしません。私とも、こうして友人になってくれましたし、ヨナのことも、妹のように真実可愛がってますよね。それに、スイならきっと同じことを言ってくれると思うんです。私が悩んでいたり、塞ぎ込んでいたりしたらきっと、スイも同じように隣に居てくれる気がします」
「買いかぶりすぎだよ…自分は…」
「私が保証します。スイはお日様みたいな人です」
「………」
「現にスイは、私のお願いを聞いてくれているでしょう?」
ふたりのとき、敬語は使わないでほしい。
そうお願いすると、スイは困ったように最初はダメだと断っていたが。
私が寂しそうにすると観念して、「仕方ないなぁ」と笑ったのだ。
私に見合うように、共に上を目指してくれるとも誓ってくれた。
そんなの、大好きにならないわけがない。
「嬉しかったんです。こうして肩を並べられる存在がいることも。対等に話してくれる人ができたことも、スイが居てくれるから、私は毎日すごく楽しいんです」
わからないと言うなら、わかってもらえるまで何度だって告げてやろう。
「私はスイが大好きです。だからこそ、ひとりで我慢なんかして欲しくない。全部じゃなくていいです。苦しいことを少しでも、私に吐き出してくれませんか?」
「スウォン……」
「私じゃ、だめですか……?」
「バカだな……こんなの聞いたって、スウォンまで苦しくなるだけなのに……」
「ふたりで分けたら、半分こずつとはいかなくとも、少しは軽くなる気がしませんか?」
「………」
「ああでも、嬉しいことはきっと二倍になります!」
「………」
「あの……」
だんだんと、自分の言っていることの意味がわからなくなってきた。
悲しいことは半分で、嬉しいことは二倍だなんて。
都合が良すぎるだろうか。
変に思われたんじゃないかと急に不安になる。
するとスイは、そんな私の顔をじっと覗き込んで、途端に笑い出した。
「ふ……ははは!間抜けな顔になってるよスウォン!」
ふふふふ、と。
スイが面白くてたまらないと言う顔で笑い転げた。
いつもの、あの悪戯を含んだような笑みだった。
「初めて聞く理屈だし、信憑性は全くないけど……ふふ、ふ……っ確かに、そんな気がするようなしないような気持ちになるね」
「え、どっちですか……」
「少しだけ、肩を借りていい?」
「スイ?」
「半分こにしてくれるんでしょ?」
「あ……」
コツン、と。
スイの額が私の肩に乗せられる。
なにを言う間も無く、スイが目頭を押しつけるように私の肩に顔をすり寄せた。
「本当はまだ、苦しいんだ……父上のこと、何にも整理がついてない。夜も、あの家ではひとりじゃ眠れなくて……」
苦しかった……。
囁くように吐き出された言葉。
気丈に振る舞っていたスイだったが、やっぱり、無理をしていたのだ。
私の肩が、静かに濡れていく。
ほんのりと暖かな温度をこぼして、スイは静かに泣いた。
耳元で小さく「ありがとう」と告げて。
スイはしばらくすると顔を上げて、困ったように私に笑って、私もまた、そんなスイに安堵した。
夕焼けに染まった赤い空は、やがて静かに夜を迎えようとしていた。
「や、やっぱり自分は家に帰るよスウォン」
「いいえ、今日はこっちに泊まってもらいます」
「いや、でも…」
「スイは家じゃ、ひとりでは寝れないんでしょう?なら、今日からここで寝てください」
「そんなのまかり通るわけないだろ!?」
「ご飯もたくさんありますからね〜、一緒に食べましょうね〜」
「おいスウォン!お前楽しんでるだろ!!」
「スイと居るのは楽しいですからね。楽しんでますよ」
「……!!!」
「ほら、夕餉をいただいて、一緒に寝ましょう!」
「はあ……もう好きにして」
あれから無理矢理に私の室へスイを連れ込み、城へ滞在している一月の間はスイをひとりにしないようにと、一緒に生活することを強要した。
スイは呆れながらもまた笑って、仕方ないなぁと頷いてくれた。
夜、帳が降りて外が静かになった頃。
私の隣でスイはゆっくりと眠りについた。
眠れないなんて言っていたから心配していたのに、あまりにもあっさりと眠ってしまった。
普段見ないスイの寝顔をしっかりと堪能して、私もまた寝床に横たわる。
横を向けばスイの寝顔。
むふふ。
とひとり笑んで、目を閉じた。
隣で誰かが寝ているのは、妙に心地いいもので。
私の中の睡魔も、あっさりと私を飲み込みにやってきて。
気付けばふたり、夢の中。
規則正しい寝息を聞きながら、私は四人で駆け回るような、そんな陽だまりの夢を見たのだった。
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