黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第三九幕
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少し様子を見て来る。

そう言って、自分はシンアとお姫さんを残して村の入り口付近を確認しに来た。

役人が戻ってくるとしたら偵察隊が先に来ている恐れがある。

気配だけでも掴めないかと散策に来てみたわけだが、取り越し苦労に終わった。

さて、問題もないし引き返そうかな……と踵を返した時、ふいに嫌な気配を感じとる。

「……こんな貧しいところに良く来るよ」

はぁ……と大きく息をついて、しかし放っておくことも出来ずに気配のする方へ向かった。

不揃いな気配。

まとまりがなく、粗暴。

この数ヶ月で出会すのは二回目だ。

素手だが、まあなんとかなる相手だろうと踏んでやってきたわけだが、遠くに見えた男たちの前で「山賊ごっこだ〜!」と見覚えのある剣を振り回す子供達の姿に瞠目した。

(あの剣は……シンアの……!)

急いで駆け出したが、すぐにたどり着ける距離じゃなく、じゃれつくように剣を振り回し、男たちに切り掛かって行こうとする子供に舌打ちを落とす。

そんな冗談が通じる相手じゃない、相手は本物の山賊なのだ。

粗暴で自分のことしか考えられない愚か者ども。

案の定、子供は男に蹴られて地面へ転がされた。

剣を取り上げられ、無防備になったところで更に蹴り転がされる。

「な、なんで……山賊はいい人なんじゃないの……?」

「ばか! 離れろ!」

戸惑うように、もう一人いた子供が男の前で震える。

男が殴ろうとする寸前で子供の腕を引き拳を避けさせたが、相手が最低なクズだと言うことを忘れてしまっていた。

「あーあ、お姉ちゃんダメだよ。俺たちに逆らっちゃあ」

「……!」

怯えて震える子供の首に、剣を押し当てる男。

ニヤリと嫌な笑みを浮かべて、こっちを見ていた。

一歩でも動けば、きっと子供はやられてしまう。

手をだらりと下げて、無抵抗の意を表す。

「………………」

「そうそう、大人しくこっちに来て貰おうか」

「子供は離して」

「お前が大人しく捕まってくれたらな」

すぐに他の男達が捕まえにきて、腕を後ろに捻りあげられた。

「……ッ」

痛みに息を飲んで、うめき声が漏れる。

けれども、男たちのいやらしい笑い声で痛みよりも怒りが募った。

「……残念、山賊は嘘つきなんだ」

くっくっと、男は子供の首に刃を当て続けながら、こちらを嘲笑うように唇の端を醜く歪める。

殺してやろうか……そう殺意を芽生えさせたところで、子供を人質に取られている時点で自分にはどうしようも出来ない。

自分がやられる分にはいい。

むしろ人質さえ居なければこんなやつら、後ろ手に押さえつけられていようとどうとでも出来る。

なのに、子供二人の為に手も足も出せない。

「この……腐れ外道どもが……!」

焦りと怒りで目の前が真っ赤になり、悪態をつく。

ひとりの男が自分を冷ややかに見ると、眉をしかめて大きく腕を振り上げた。

「……う”ッ」

「舐めた口きいてんじゃねぇよ! 女でも容赦しねぇぞ」

「おい、あんまり顔は殴んなよ。後で回す時萎えたらどうしてくれんだ」

「これだけの上玉はなかなか居ねえ。今日からしばらくは楽しめるぞ」

「……はっ。お前らみたいなゴミを相手にするなら死んだほうがマシだね」

「んだとアマァ!!」

「……っ」

気持ちの悪いか会話に虫唾が走り、我慢出来ずに再度悪態をつけば今度は腹を思い切り蹴られた。

一瞬息が出来なくなるほどの苦しさを感じて、その後からは激しい痛みが襲ってくる。

肋骨あたりにヒビが入ったかもしれない……。

だが、こいつらが自分に目を向けている間は子供たちの安全を確保できる。

殴られるだけで彼らを救えるなら、それで構わない……。

痛みに慣れて呼吸が整い始めると、ふと額から頬にかけて生温いナニかが伝う感触がした。

独特の鉄臭さに、殴られたときに皮膚が裂けたのだと知れる。

後で覚えてろよと心の中で悪態を留めて、なんとか自分と山賊だけでこの場から離れられないかと考えた時、目の端に知った人物の影をみつけて息を飲んだ。

シンアが、口を小さく開けてこちらを見ていた。

一歩も動かずに、ただじっとこちらを……いや、自分を見ている。

下手に動かれると子供たちの命が危ない。

頼むからそこで踏みとどまっていてくれと必死に祈って、けれどもシンアの握りしめた拳が真っ白になるほど力が入っていることに気付く。

来るな。

頼む……、引き返してくれ……!

そう願っても、シンアはそこから動こうとしない。

「なんだぁ? 助けにでも来たのか?」

「ヒャヒャヒャ! なんだよこいつ、丸腰じゃねえか! 何も出来ねぇよ!」

げらげらと耳障りな声で耳元で騒がれ、殺意は頂点を達しそうになる。

だが、ダメだ。

何もしてはいけない。

男どもが油断して子供達を話すまで、何もしてはいけない。

そう願ったのに、シンアの手がゆらりと動いた。

「ダメだシンア……!」

叫んだが、シンアの耳には届いていないかのようにピクリとも反応を返さない。

「この野郎! この女と子供がどうなってもいいんだな!」

そう怒鳴った山賊のその声に絶望して、だけど次の瞬間には我が目を疑うことになる。

「ひっ……な、なんだその目は……!」

「やめろ……来るな……バケモノ……! お、俺の腕がぁあ!」

響き渡る断末魔。

シンアは目を覆っていた仮面を自ら外し、一歩も動かずじっと男達を眺めただけ。

何もしてない。

そのはずなのに、男たちが突然その場でのたうちまわり、助けてくれと悲鳴を上げたのだ。

「シンア……? おい、何を……」

言いかけて、既視感が脳裏を駆け抜けていくことで口をつぐんだ。

「待て……やめろシンア……私は大丈夫だ! 落ち着け! その力は使うな……!」

「…………」

ざ、ざ、と。

シンアの足がゆっくりとこちらへと近づいてくる。

自分の声など届いてもいないみたいに。

そうしてふいに、子供の喉に剣を押し付けていた男が恐怖に腰を抜かし、子供達から離れた。

隙をついて背後の男の膝を蹴りつけ、地面に転がし子供達の元へと駆け寄る。

自分が逃げたことにも子供達を奪われたことにも気付かず、山賊達は口々に「助けてくれ!」「バケモノ……!」と叫んでいた。

まるで悪夢でも見ているみたいに……。

「走れ、今すぐここから逃げて戻ってくるな、いいな⁉」

「……う、うん」

「行け!」

何が起きているのかわからない子供達を叱咤し、この場から逃す。

問題はシンアだ。

自分が”視た”ものが正しければ、シンアのその力は諸刃の剣。

自分が子供達を逃している間も、山賊達は居もしないナニかに怯え、一歩も動くことができずに倒れ出した。

見ればそいつらの意識は完全に失われている。

「……ッ、シンア! これ以上はダメだ!」

呼び掛けても、反応がない。

(どうしよう、どうすればいい⁉)

考えている間にも、山賊達が次々に倒れていく。

このままでは不味いとシンアに駆け寄り、覗き込んだ目は虚に光を失っている。

もう誰ひとり、この場で動ける者はいない。

自分だけが止められるかもしれない。

……止められないかもしれない。

だけど聞こえた気がした。

シンアのその力を怖がっているのは他の誰でもなくシンア自身で、助けてと救いを求めるような声……。

「……シンア」

彼の後頭部に両腕を回す。

ぎゅっと抱き寄せて、無謀だろうがその目と自らの目を合わせる。

「私の声を、聞いて……」

コツンと合わさった互いの額。

瞬きすれば睫毛が当たりそうな距離で、シンアの瞳を見た。

金色に瞬いて、綺麗だった……。

「戻っておいで。もう、大丈夫だから」




───・・・・
・・・シンア視点・・・



スイが、血を流している……。

目の前で強く蹴られて、苦しそうにしていた。

目の前が真っ暗になって、頭の中に憎悪が渦巻いていく。

許せない。

許さない。

殺してやる。

殺してやる。

殺シてやる。

殺シてやル。

殺シテヤル。

ああ、全部見える。

どうしてこの力を使ってはいけないのだった?

こんなに綺麗に見えるのに、どうしてだったんだろう。

怯えてる。

俺に、こいつらが。

小さく見える。

人間ってこんなに小さかった?

どうして俺は、人間が怖かったんだ?

こんなに小さくて……ああ、ほら、簡単に死んでしまいそうだ。

……誰かが呼んでる気がする。

誰が?

どうでもいい。

この人たちで、遊んでいたい……。

だってほら、ほら、ほら。

心臓だって簡単に潰せそうだ。

足も腕も全部簡単に取れた。

楽しい……。

もっと、もっと……。

そうだ、殺さなきゃ。

こいつらはスイを傷つけたんだ。

許せない。

殺さなきゃ。

許さない。

「シンア」

え……?

「シンア、私を見て。大丈夫、怖がらなくていい」

……誰?

「聞こえる? もう、耐えなくていい」

怖い?

耐える?

何に……?

でも、この声は……知ってる。

あったかくて、懐かしい……。

「シンアは優しいね。だからもう、瞳を閉じていいよ」

瞳を……龍の瞳を……でも、コイツらはスイを……。

ふわりと、背中を撫でられた感覚。

その暖かさに、目の奥が熱くなる。

「私の瞳を見て、シンア」

「スイ……」

柔らかな(あお)が、静かに俺を見ていた。

海のようにも、空のようにも見える蒼。

「戻っておいで」

戻る……どこに?

俺が戻りたいのは……どこ?

「シンア」

柔らかな声。

頭の中の霞を晴らすような凛とした声に、俺の意識が目の前へと向けられる。

スイが、穏やかに笑っていた。

「……よしよし、いい子だ」

ふわふわと、頭を撫でられる。

途端、自分がしでかそうとしていたことに気付いて、スイを突き放す。

「スイ、ダメ……俺は……」

言いかけて、身体中から力が抜けてその場に倒れ込む。

スイが咄嗟に支えてくれたけれど、もつれた足が絡まり一緒になって倒れてしまった。

「……いまは休んでいいよ。大丈夫だから」

「ダメ……離れて……」

スイはわかってない。

この力がどんなに恐ろしいか。

使うなと、言われていたのに……俺は……。

ごめんアオ……ごめん……。

「言ってるだろ」

ぎゅっと、スイが動かなくなった俺の身体を優しく抱きしめた。

「大丈夫。シンアは悪くない。それに……その力も」

「…………」

「身体動かないんだろ? 動けるようになるまでこうしている。一人にはしない」

「…………ッ」

かけられた言葉に、さっきから熱くてたまらなかった目から涙が落ちる。

見られたくなかった、こんな力。

みんなにバケモノだと言われたこの目も、見て欲しくなかった。

なのに、どうして……スイは気味悪がることもなく優しくしてくれるのだろう。

どうして……………………自分は普通ではないのだろう。

とめどなく溢れてくる涙を、動けない俺の代わりにスイが細い手でそっと拭う。

よしよし、と。

何度も何度も頭を撫でて、背中をトントンと叩いて。助けてくれてありがとう……と、そっと呟いた。

仰向けで俺を抱きしめたまま、スイはほんの少し申し訳なさそうにこうも言った。

「負い目に思わないように伝えておく。君のその力を、私は知っている。その上でこうして君を大事に思っている。忘れないで、シンア。私は……自分は、その力を持つシンアを、少しも怖いとは思わない」

ゆるゆると背中を撫でるスイの手がどこまでも優しく、暖かさを携えて俺を大事だと言う。

動かないこの身体で、スイにすがりつくようにその胸に額を預けた。

「スイ……スイ……」

「うん、ふふ。来てくれたのがシンアでよかった」

「………………」

スイと居ると、視界がにじむ。

この瞳はなんでも見通すのに、スイの声を聞いているとやけに世界がぼやける。

目を閉じて、それで何も見えなくなってしまっても、安心する。

スイが大丈夫だと言うだけで……ただそれだけで。

「スイ……ありがとう……」

「こちらこそ」

またゆるりと、優しく背中を撫でるスイの手のひら。

その手を守りたいと思えるのは、きっと俺がスイを大事だと思うからなのだろう。

もっと強くなりたいと願った。

こんな力に頼らずとも、その手を守るだけの力が欲しいと。

目頭から止めどなく溢れる涙の熱に浮かされながら、身体が動けるようになるまでどうしたらいいかを考え続けた。




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