黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第四十幕
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「別に俺は誰も好きじゃねぇよ。勘違いすんなばーか。あーほ。はーげ」

「いや、自分も坊ちゃんも禿げてないと思うんだけど……え?もしかして薄くなってきてる?後頭部とか最近やばい感じになってる!?」

「ユンに育毛に良い薬でも作って貰うんだな」

「本気で!?ちょ、ユンくーん!あ、今いないんだった」

「それじゃあ行くぞ。どこぞの坊ちゃんは適当に帰っとけよ」

じゃあな。と、雷獣がスイを引っ張って村の奥へと歩き出す。

呆然と一連の流れを見ていた私だったが、雷獣の機嫌が明らかに悪くなった為にその場から一歩も動けないで居た。

先程ふたりが恋仲なのかと聞いた時、スイはものすごく変な顔をして私を見たが、雷獣の方はほんの少し戸惑うように眉を顰めていた。

そのふたりの反応の違いはよくわからないけれど、彼らが互いに思うものが少し違っているように思えた。

「ところで、私はどうしたらいいのだ……?」

置き去りにされ、辺りを見渡しても確かに宿屋も店も見当たらない。

ヒュ〜という冷たい風にハッとする。

いつのまにか焚き火も消えている。

どうしたらいいのかが分からず、後を追いかけることも出来ずにただ呆然と立ち尽くすことになるのだった。







──────
─────────・・・・・・
・・・スイ視点・・・




正直言うと順調に回復していた脇腹がまた痛んでしまった。

あの馬鹿坊ちゃん。

思い切り体重をかけて乗っかりやがって……と、悪態を吐きながら、どうしてハクがこんなに不機嫌なのかを考える。

馬鹿息子に自分と恋仲扱いをされた挙句、自分がハクの気持ちをあけすけに口にしようとしたからだろうか。

それとも、隙あらばハクの着物の帯に小石を投げ入れる遊びをこっそりしていたのがバレたのだろうか。

アレは実に楽しかった。

素知らぬ顔でハクの着物の帯に小指の爪よりも何倍も小さな小石を投げ入れる。

上手くいけば音もなくスッと収まるのが楽しくて、実を言えば十粒近くは投げ入れた。

そのうち五粒ほどは失敗したが、気付かないハクにこっそり爆笑していたわけで……あれ?

でもさっき見た時にはまだ入ってたから気付いてないのか?

「ねぇ、ハク」

「……なんだ」

「なんか考え事でもしてんの?」

「何でそう思う」

「いや、小石に全然気付かないのはなんでかなーって」

いつもならこんなイタズラすぐに気付くじゃん。

と、ハクの胸元へ指を指せば「……なんだこれ」と低い声が帰ってきた。

「いつ気付くかなーって小石をね、隙あらば投げてたの」

「いつからだ」

「今朝から」

「…………お前な」

「あの坊ちゃんのこと、ハクも気付いてたんだ?」

尋ねれば、ハクが深いため息とともに自分の頭を小突いた。

「も、ってことはお前も気付いてたんだな」

「初日からね。最初は似てるなー、でも雰囲気違うなー、似てるだけかなー?くらいだったんだけど、先日から妙に精気取り戻したみたいな顔で来てたからさ、何か目的を見つけたのかなって感じはしてた」

「言えよ」

「龍達がポイポイ投げ捨ててくれるから無害かなって」

「俺は何度も殺ろうかと考えた」

「実は自分も二度目に来た時は消そうかと思ってた」

にひひと笑い返せば、ハクが呆れたように自分の首根っこから手を離して向かい合った。

「あの日のことを俺は一生忘れねぇ。お前の死にそうな顔も、姫さんの泣きまくってぐじゃぐじゃの顔も、二度と見たくねぇってんだ」

「それは同感。お姫さんにはもう二度と悲しい辛い思いはしてほしくないし、ハクにこれ以上過保護になられるのもいやだからね」

「さっきから過保護ってなんだ」

「過保護じゃん。崖から落ちた日からずぅっと」

「過保護に扱ってるつもりは微塵もねぇ」

「無意識だからこそ厄介ってやつだよ、まったく」

コツンと、人差し指でハクの額を小突く。

「ハクのさ、今の自分に焦ったり戸惑ったりしてる顔を見るのは面白いと思うけれど、あの日のことで君に荷物を背負わせるつもりはないんだよ」

目が覚めたとき、ハクはとっても気まずそうな顔をしていた。

自分が女と知って、彼にどれほどの悩みを抱えさせたのだろう。

自分自身も、この性別と向き合ってどれだけ悩まされただろう。

けれども自分は、四龍達と出会って救われた気持ちでいる。

けれどハクは?

まだ背負っているように見える。

というか……この頃はもっと別の何かを感じるような気がしなくもない。

それが何なのかはわからないけれど、ハクは自分が側を離れるとこうして探しに来ることが増えたように思える。

これを過保護と呼ばずに何と呼ぶのか。

負い目と過保護は違うもののはずなのに、ハクはどこをどう履き違えたのか、しきりに自分に無理をするなとか無茶をするなとか、口を出すようになった。

……お母さんか?

この感じはそうかもしれない。

ムンドクのようだ。

やれやれとため息を吐きながら、頭ひとつでかいハクの髪を撫でる。

「ハクに心配をされるとさ、嬉しい反面で、自分がすごく弱く思えて悔しくなるんだよ。無理はしないってハクにも誓ったし、お姫さんの為に絶対に生き抜くと誓った。それ、どうしても信じてくれないの?」

「…………お前は、目を離すとすぐどっかにいっちまいそうだからな。見張ってねぇと落ち着かない。まだ、俺らの側から一生離れないとは聞いてねぇ」

「……いや、あのね……なんなの?その駄々っ子みたいな台詞」

「お前が俺らの側から死んでも離れねぇって約束すんなら、別にどこに行っても追いかけねぇよ」

「ちょっと矛盾してない?」

一生離れないと約束するのにどこに行ってもいいとは?

「……あのバカの顔を見ると、どうしても……お前が崖から落ちていった時を思い出すんだよ……」

「…………ハク」

ああ、なるほど。

やはり自分はハクの中に拭えない傷を作ってしまっていたらしい。

「じじぃんとこから消える時も、何も言わずに行こうとしてたしな」

「それはごめんって」

「阿波でも勝手に自由行動取るし、戻ってきたかと思えばまぁた居なくなるしよ」

「二度目はユンくんも一緒だったじゃん」

「ああ、ユンがお前の側に居てくれて良かった……」

ヒュッと、喉の奥が鳴る。

ハクの真剣な眼差し。

ようやく、わかった。

ハクは自分を独りにしたくないのだ、と。

ひとりで何処へ行っても良いけれど、独りぼっちになることを心配してくれているのだと。

父上のことがあってから、夜はいつも独りじゃ眠れない。

情け無いことだけれど、それほど父上の存在は自分の中では大きかった。

父上のいない夜の家は寒すぎて、独りきりの時間が恐ろしくて、悲しくて。

誰も側に居ない夜は父上の存在ばかりを思い出して、苦しくて眠れなかった。

スウォンがそれを見抜いて、無理矢理この手を引いて、夜は共に過ごそうと寄り添ってくれた。

時折りハクと三人で肩を並べて眠った夜もあった。

自分が風邪をひいて寝込んだ夜は、何故かヨナ姫までもが一緒にやってきて、四人で夜通し笑いながら気付けば寝入っていた。

いつも誰かしらが寄り添ってくれて、いつのまにか今はこんなにも沢山の大事な人が側に居てくれて……。

「……まだ、夜はひとりじゃ眠れないって言ったら笑う?」

ほんの少し、拗ねたように尋ねればハクが大真面目に「笑わねぇ」と答えた。

「過保護になってるつもりはねぇが……でも確かに、少し臆病になってるのかもしれねぇ……」

「何に?」

「お前や、姫さんを守れない日が来ることが」

「…………なるほど」

あーあ、とまた息を吐く。

ハクはお馬鹿さんだ。

「自分もお姫さんも、強いってことを思い出させないといけないなぁ」

「俺よりは弱いだろ」

「うるさいよ。ちょいと頭下げなさい」

呆れたようにため息をついた自分にムスッとしたのか、ハクが「なんだよ」と言いつつも素直に頭を下げた。

それをぐいっと引き寄せて、後頭部に両腕を回して抱きしめてやる。

「はーい、よしよし。いいかい?自分はもとよりすごく強くて、お姫さんは必死に強くなろうと頑張ってくれている。むろん、それに甘んじてあの子を危険に飛び込ませるつもりもない。常に沢山考えて、最善を探す。ハクにばかり負担はかけたくない。だから四龍が居る。自分は何処にも行かないし、ハクがお姫さんの側を離れない限りは自分だって君の側を離れることはない」

「…………」

「ねえ、ハク。もう背負わなくていいんだよ。あの日のことを忘れろって言うのは無茶があるかもしれないけれど、もう君自身を許しても良い頃だよ」

言い聞かせるように頭を撫でてやる。

ハクはひたすら黙りこくっていて、考えてるようだった。

もし自分が同じ立場なら、すぐには「わかった」とは言えないだろうけれど、わかって欲しいと願った。

すると、ぎゅっと背中を大きな暖かさが包み込んだ。

「……お前だけは、馬鹿な理由で俺の前から消えないでくれ」

その言葉に、泣きそうになる。

ハクもまた、スウォンを憎みながら迷っているのだとわかってしまったから。

まるで縋り付くような抱擁。

しっかりと抱きしめ返して、背中をとんとんと叩いてやる。

「約束するよ」

その一言だけで、ハクは肩に入っていたらしい力をフッと抜いて、深い息を漏らす。

「なら、いい。後は何も言わねぇし気にしねぇ」

「ようやく昔のハクに戻ってくれそうで嬉しいよ」

「昔の?」

「背中を預け合える友達」

「…………それは、どうだろうな?」

「ええー?友達じゃないのー??親友だと思ってたのにー!」

「さぁて、そろそろ見回り行ってくるかねぇ」

「ちょっとー!さっきまでの熱い感じから冷めすぎて風邪引きそうなんだけどー!!」

「お前はちょっとその緩い頭直してこい。じゃあな」

「ひどい!絆が深まったかと思ったらこれだよ!ハクのうんこやろー!」

文句を言う自分にひらひらと手を振って去っていくハク。

背中に伝わっていたハクの体温を思い出す。

……あいつ、まだ何か隠してる気がするんだけどなぁ。

ひとまずは過保護はやめてもらえそうだし、まあいっか。

と、もう一度小さく息を吐く。

陽が傾き出した空を一瞥して、目下の問題は坊ちゃんだと思い出し肩をすくめる。

さて、彼はこの先どんな動きを取るのか。

ヨナ姫に危害を加えることがあるならその時は……きっと、自分は迷わず剣を抜いてしまえるのだろう。

恋焦がれるような彼の眼差しを思い出しながらも、状況次第ではとことん冷酷になれてしまう自分に苦笑を漏らす。

少し遠くから、ジェハとヨナ姫の気配がした。

おそらくユンくんもそこに居るのだろう。

ふぁ……と欠伸を噛み殺して、ヨナ姫を迎えに行くべく足を動かす。

頭の中では、親友だと語った自分に対するハクの言葉が何度も繰り返し思い出されていた……。




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