紫雲の錬金術師

□第3話 記憶A
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「おや、シオンちゃん。今日はもう来ないかと思ってたけど、お連れさんは?」

「エドワードとアルフォンスです。レシーラさん、またバンドエイド貰って良いですか?」

「あらま、また怪我したの」

「いやぁ、久しぶりにこけちゃいました」

「シオンちゃんは本当にドジだねぇ」

「いやぁ、ははは」

街の小さなドラッグショップにて、私は顔見知りの女店員、レシーラさんにそう笑われてしまう。

「シオンがさっき慣れたように消毒液とバンドエイドを取り出したのは、そういうわけだったんだな」

エドワードがどこか納得したように頷いて、アルフォンスは「シオンがドジっ子……」などと、少し首を傾げて楽しそうに笑った。

「いや!違うの!今日のはだいぶ久しぶりにこけたし、そもそもこれは私用に買ってる訳じゃないから!!」

「あれ、違うの?」

「司令部のみんなのため!怪我とか良くしてくるから……」

「なるほどな」

げんなりとしながら、なんとかドジっ子キャラを払拭出来たことに安堵する。

「ほら、シオンちゃん。最近入ったヤツだよ。伸縮性が高くなってるから、貼りやすいし動きにセーブもかからなくなってるよ」

「わあ!すごい!ありがとうございます!」

高性能化されたバンドエイドを入手して、私はウキウキとセンズを渡して店を後にする。

「良い収穫だった」

ほくほくと笑えば、アルフォンスが感心するように私の手元の袋を眺めた。

「シオンは医療も少しかじってるんだね」

「軍人さんて、日常で怪我してくるの当たり前みたいなとこらがあるの。小さな傷でも、私からしたら痛くって」

自分の傷じゃないけど、誰かの身に傷があるのは放って置けない。

「軽い怪我くらいなら、私でもせめて治療出来るように勉強したんだよね」

包帯の巻き方や処置の仕方。

ゆえに、消毒液とバンドエイドの携帯だ。

「シオンは司令部のみんなが好きなんだね」

「みんな優しいし、頼りになるし、やっぱり、お世話になってるし」

最後の言葉が、一番強いかもしれない。

役に立てないなら、お世話になる権利なんかないんだと。

心のどこかでそう思ってる。

ネガティヴにそう考えているわけではなく、錬金術で言うところの等価交換というヤツ。

少しでも返せるように。

私は私なりに必死なのだ。

「お前のそういう真面目なところ、良いと思うぜ」

「ボクも、シオンのそういうところ好きだよ」

「へへへ。ありがとうエドワード、アルフォンス」

私のやり方を間違ってはいないと後押しするように、二人が笑ってくれる。

それだけで、これからも突き進もうと頑張ることができる。

街を散歩しながらふたりの旅のドタバタ劇を聞いていると、あっという間に休み時間終了が迫ってきた。

「そろそろ戻らなきゃ」

「オレたちも、夕方の列車に乗るんだ」

「今日はレポートを出すために戻って来てたから、もう行かなきゃなんだ」

「そっか。ふたりとも気を付けてね」

「おう。またなシオン」

「またね、シオン」

図書館に寄ってから駅に向かうとのことで、ふたりとは司令部前で別れた。

手を振り背を向けて、私は仕事を片付けるべく司令部の中へと戻った。




──────・・・・・・
─────────・・・・・・


私が目覚めてから五カ月と少し。

この日、私は新しい試みに挑戦し成功した。

ロイさんが戻って来るより先に、同じく雑務をしに戻って来たフュリーさんとハボックさんを前に、私はひとつの錬成陣を紙に描いていた。

蔵書で読んだ見よう見まねのものだが、何とか形にはなっている。

目の前のテーブルには鉄と布と本革が並べてあり、足りないものがないことを確認した私は、錬成陣に手をついた。

イメージが大事だと、本には書かれてある。

この五カ月で、私は錬金術についての知識をある程度把握した。

あとは、実践のみだ。

「失敗したら、見なかったことにしてくださいね」

今日はリザさんはお休み。

ならば、今日しかない。

目を閉じて意識を集中させ、錬成陣に全神経を向かわせる。

アルフォンスが前にして見せた錬成を思い出しながら、私は感覚を手繰り寄せてイメージを増幅させていった。

パシッという電気が走るような乾いた音が室内に鳴り響き、ハッと目を開いた時には、想像通りの物がそこに出来上がっていた。

「成功だ!」

「凄いよシオンちゃん!」

「や、やったぁああ!!!」

ハボックさんとフュリーさんが手を叩いて歓声を上げ、私はあっさりと成功したことに歓喜した。

目の前に完成したそれはバッグだった。

女性が好みそうなハンドバッグ。

本革で出来ているから丈夫だし、デザインもシンプルかつ使い勝手のいいものに仕上がっている。

「これ、初めてやったんだろ? 上出来じゃねぇかよ」

「はい!こんなに簡単に出来るとは思ってませんでした」

「日々の勉強の賜物……っていうよりは、天性の才能なのかもね。やろうと思って出来るものじゃないから」

「そうなんですか?」

「ご覧の通り。この司令部で錬金術が使える奴は大佐だけだよ」

「知らなかった……」

私はてっきり、リザさんやファルマンさん、ブレダさんも出来るものだと思っていた。

錬金術よ、大衆のためにあれ。

それは、一握りの人間が扱えるからこその謳い文句だったのか……。

「何にせよ、中尉もこれを貰えば大喜びするんじゃないかな。なんてったって、シオンちゃんからのプレゼントだからね」

「だと良いんですけど。あ、でも、ケーキも焼いてるんです。手作りしたのはそっちなので、実はケーキがメインなんですよね」

ふふふ。

と笑って、私はあらかじめ用意していたラッピング袋にバッグを詰め込む。

明日に会えるのが楽しみだ。

日も暮れて、ロイさんにも内緒でリザさんの誕生日の準備を着々と進めていく。




そして日付が変わった翌日。

私はリザさんのためにプチパーティーを開催した。

ケーキにちょっといい紅茶とプレゼント。

リザさんは目をまん丸にして驚き、真相を知っていたみんなは楽しそうに笑ってくれた。

バッグを錬金術で作ったと言えば更に驚かれ、ロイさんには「いつの間に……」と驚愕されて。

ワイワイガヤガヤと、何とも素晴らしい一日になった。

それから数週間。

私はある目的のためにさらなる錬金術に関する勉強に没頭することになる。

イーストシティ大図書館。および、東方司令部蔵書室。

国に関連しそうな全ての蔵書を読み漁ったけれど、日本についての記述は一切見つけることが出来なかった。

諦めかけていたある日、ブレダさんが持っているあるものを見付けて決心が固まったのだ。

「東の小国のボードゲームらしいんだ」

そう言って見せてもらったそれは、どう見ても日本でW将棋Wと呼ばれるものだった。

東の小国。

それはもしかすると、もしかして?

けれど東のどこにそんな国があるのかを、誰一人知らないという。

その将棋が存在する国はとてつもなく遠いらしいという情報しか入手出来ず、困り果てた私はまだ手を付けて居ない蔵書室があることに気付いた。

国家資格取得者ならび、佐官のみに閲覧が許可される蔵書室。

極秘情報や機密な書類がまとめられた部屋の存在だ。

飛びつかないわけにもいかず。

かと言って、私には佐官クラスにのし上がるほどの実力なんてないし、軍の人間ですらもない。

佐官とはつまり、少佐以上の人間というわけだから。

ロイさんに頼み込むのも忍びなく、私はひとつの決意を固めたわけだ。

そして更に数週間後。

必死になって説き伏せたロイさんによって上へ申請が届き、私は国家資格を得るための試験に挑んだ。

自分でも驚くことに、筆記試験はあっさりと通過。

精神鑑定も問題なくパス出来た。

最終科目の実試験では、合格するにはインパクトかつ巧妙さが大事だと誰かに聞いて、私が出した答えは空気中の水分を大量に使う錬成だった。

会場を霧で覆い隠し、濃度を上げて凍らせてやった。

それも、錬成陣なしで。

いつかのエドワードの両手を使った錬成を見て、どうしてだか自分にも出来る気がしたのだ。

あれこれやってみたら案の定、私も両手を合わせるだけで錬成を可能にすることが出来て、それを使わない手はなかったというわけだ。

キングブラッドレイ大総統は酷く楽しげに手を叩き、その場で私に合格を告げた。

晴れて国家資格を取得。

国家錬金術師は少佐相当官だ。

私は機密情報を見ることが出来るようになったわけなのだが、悲しいことに、そこでも私の求める情報が見つかることはなかった。

ならば第二の手段。

どこかにあるかもしれない情報を自ら出向いて探せ、だ。

あのふたりがやれているのだ。

年上である私が出来ないわけがない。

と、私は最終手段に出ることにした。

世界中を探し歩き、日本を見付ける。

将棋があったことで、私の中で日本は確実に存在するものとなった。

ならば、探し出してやる。

そう決心して、一枚の書類の申請をロイさんに出したのだ。






これが、私が目を覚ましてから半年間に起きた出来事だった。

どうして日本に居たはずの私が、あんな場所で倒れて居て、記憶を失っていたのか。

その理由など一つもわからないまま、私は自ら過酷な世界へとその足を踏み入れたのだ。




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