紫雲の錬金術師

□第4話 イカロスの翼
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陽射しの強い街。

イーストシティ以外の場所に訪れたのは、この街がW今の私Wの初めてだった。





『この地上に生ける神の子らよ、祈り信じよ。されば救われん───

 太陽の神レトは汝らの足元を照らす。

 見よ。主はその御座から降って来られ、汝らをその諸々の罪から救う。

 私は太陽神の代理人にして汝らが父──』




炎天直下。

ねっとりとした蒸し暑さの中で流れてくる、ラジオの音声。

昼食がてらに立ち寄った店先で、私たちは不思議な放送を聞かされていた。

「…………ラジオで宗教放送?」

首をかしげるアルフォンスと。

「神の代理人……って、なんだこりゃ?」

眉をしかめるエドワード。

マスター(店長)はエドワードよりさらに眉をしかめて、私たち三人を見る。

「いや、俺にとっちゃあんたらの方が『なんだこりゃ』なんだが……あんたら、大道芸人かなんかかい?」

鎧を着たアルフォンスと、真っ赤な目立つコートを着た金髪のエドワード。

そして、陽射しが強いからとアルフォンスとエドワードにつばの広い帽子を目深く被せられ、さらには日焼けを恐れ長い外套を着せられた私。

ゴフォッ……!

と、私の隣に座っていたエドワードが大きく水を吹きこぼした。

「あ、汚い」

「あのな、おっちゃん。オレ達のどこが大道芸人に見えるってんだよ!」

「いや、どう見てもそうとしか……」

「やっぱり帽子取ろ……」

「ダメだよシオン、日光は敵!」

「ぅぃ……」

帽子を取って顔を出そうとしたら、アルフォンスに断固拒否された。

私たちの姿をもう一度眺めて、マスターであるおじさんは「ん?」とこぼす。

「ここいらじゃ見ない顔だな。旅行?」

「うん。ちょっとさがし物をね」

そう答えるエドワードに続き、私も欲しい情報を尋ねることにする。

「この街って図書館はどこにありますか?」

「この道をずっとまっすぐ行った突き当たりを右だよ。大きいからすぐにわかる」

「ありがとうございます」

丁寧に教えてくれたマスターに軽く頭を下げ、脳内に道順をインプットさせる。

「ところでこの放送なに?」

延々と続くラジオ放送に胡乱な眼差しを向けるエドワード。

黙ってはいるけど、多分アルフォンスも同じことを考えてるのだろう。

ラジオに視線を向けたまま、ずっと首を傾げていた。

「コーネロ様を知らんのかい?」

「……誰?」

「コーネロ教主様さ。太陽神レトの代理人!」

三人揃って首を傾げれば、マスターは力説するようにオーバーアクションで詳細を語ってくれた。

「“奇跡の業”のレト教教主様だ。数年前にこの街に現れて、俺達に神の道を説いてくださったすばらしい方さ!」

「そりゃもうすごいのなんの」

「ありゃ本当に奇跡!神の御業さね!」

側にいた他の客達も各々に頷き合い、いかに教主様がすごいのかを口にする。

けれど、どうにもこうにも耳に入ってこない。

「……って、聴いてねぇなお前さんら」

「うん。宗教興味ないし」

素っ気なくそう返すエドワードに、私は苦笑しながらまた頭を傾げる。

「でも、太陽神ってアポロンじゃなかったっけ?」

そもそも、神様なんて存在するのかは私も謎の領域。

科学者は神の存在を全否定しているし……。

すると、エドワードとアルフォンスが私の方に向き直り、頭の上にクエスチョンを浮かべた。

「なに、アポロンって」

「聞いたことないね」

「ギリシャ神話だよ」

「お嬢ちゃんのそれはコッチも知らないな」

エドワードやアルフォンスどころか、神の存在を信じているマスター達でさえ、アポロンを知らないと言う。

コッチの国じゃギリシャ神話は通ってないのか。

私がパスタを食べ終わるのと同時にエドワードもフォークを置き、よいせっと席を立った。

「ごちそーさん。んじゃ行くか」

「うん」

「ごちそうさまです」

日本人の性である“ごちそうさま”の儀式、合掌をして、私もエドワードに続こうと席を立ったが、ゴチッ。という音が聞こえて立ち止まる。

次の瞬間、ガッシャン。と何かが壊れる音がして、何事かと見ればアルフォンスが天井に頭をぶつけ、その振動でラジオが落ちて壊れてしまっていた。

「あ ──────!!!」

「「あ」」

アルフォンスとふたり、そんな声をあげて。

絶叫するマスターにぺこぺこと頭を下げる。

「ちょっとお!困るなお客さん!だいたいそんなカッコで歩いてるから……」

「悪ィ悪ィ、すぐ直すから」

「“直すから”って……」

「まあ見てなって」

心底困ったように癇癪を見せるマスターに、エドワードが軽い調子でそう笑う。

確かに、これくらいの損傷なら問題はなさそうだ。

アルフォンスがせっせと地面に錬成陣を描いていき、壊れたラジオを中心に掻き集めた。

「そんじゃいきまーす」

両手を陣の真上に浮かせて、アルフォンスがそう声を掛けた途端バチバチッと乾いた音が辺りに響く。

街の人たちはその所業に目をひんむいて驚き、あっという間に直ったラジオを前に言葉を失っていた。

「これでいいかな?」

エドワードが軽くそう尋ねると、マスターはようやくハッとしたように言葉を発する。

「……こりゃおどろいた。あんた、“奇跡の業”がつかえるのかい!?」

「なんだそりゃ」

「奇跡?確かに魔法っぽいよねコレ」

うんうんと私が納得するように頷いていると、なぜかエドワードに頭を軽く叩かれてしまった。

「お前も錬成できるだろ」と小声で言われて、乾いた笑いをこぼす他ない。

不思議なことなのに、不思議と出来てしまった私が魔法だなんて言うものじゃない。

「ボク達錬金術師ですよ」

「エルリック兄弟って言やぁけっこう名が通ってるんだけどね」

「エルリック……エルリック兄弟だと?」

兄弟達の言葉に、街のみんなが一斉にざわつき始める。

「ああ!聞いたことあるぞ!」

「兄の方がたしか国家錬金術師の……」

「“鋼の錬金術師”エドワード・エルリック!」

「いやぁ!あんたが噂の天才錬金術師!」

「なるほど!こんな鎧を着てるから、ふたつ名が“鋼”なのか!」

快活に笑って、エドワードではなくアルフォンスに群がっていく街人達。

私は笑いを抑えるのに必死で、フォローに回ることができなかった。

「あの、ボクじゃなくて」

と、アルフォンスが苦笑するように指を指す。

一斉にエドワードに向かった視線。

「へ?」

「あっちのちっこいの?」

「マジで?」

「誰が豆つぶドちびか───ッ!!」

突然叫んだエドワードはあたりの物を壊す勢いで暴れだし、それを私が慌ててなだめるハメになった。

そこまで言ってねぇー!!と逃げ惑う街人達にため息をつきながら、私は少し倒れてしまった瓶やらをひとり立て直していく。

「ボクは弟のアルフォンス・エルリックでーす」

「オレが!“鋼の錬金術師”!エドワード・エルリック!!!」

「し……失礼しました……」

エドワードの鬼のような形相にマスターが引き腰で謝罪して、その他の人たちはまだヒソヒソと囁きあった。

でも確かに、エドワードが国家錬金術師で軍人だなんて見えないよね。

私もいつの日かその話を聞いた時には驚かされたものだ。

「お嬢ちゃんは?」

ふたりに注目が向かっていて、油断しているところでふいに声をかけられた。

柔らかな笑みを浮かべたおばさんに、私は今じゃ馴染んでしまった名前を口にする。

「シオン・グラールです」

エドワードと同じ国家錬金術師なのだと言うことは伏せておいて、そう笑った。

何故だか周りにいた人達も笑ってくれて、ほくほくとした気分になる。

そこへ、また新しい街人が店へとやって来た。

「こんにちはおじさん。あら、今日はなんだかにぎやかね」

「おっ!いらっしゃいロゼ」

マスターが元気にそう返した女性は、活発そうな明るい綺麗な人だった。

「今日も教会に?」

「ええ、お供えものを。いつものおねがい」

「はいよ」

マスターがロゼと呼んだ女性の言葉に頷き、慣れた手つきで食材を紙袋に詰めていく。

ふと、ロゼさんの視線がこちらへと向いた。

「あら、見慣れない方が……」

「錬金術師さんだとよ。さがし物してるそうだ」

「ども」

「こんにちは」

ペコリと頭を下げれば、ロゼさんも律儀に頭を下げ返してくれた。

「さがし物、見つかるといいですね。レト神の御加護がありますように!」

満面の笑みを浮かべて、林檎やらチーズやらを手に持ったロゼさんは教会の方へと去っていった。

その後ろ姿を眺めて、マスターや街の人たちは感心するように息をもらす。

「ロゼもすっかり明るくなったなぁ」

「ああ、これも教主様のおかげだ」

「ありがたいねぇ」

口々にこぼされる教主様への賞賛の言葉に、エドワードは返されたお釣りを財布に入れながら「へぇ?」と眉をあげた。

聞くところによると、彼女は身寄りのない天涯孤独の身であり、去年恋人まで亡くしてしまったという。

そんな彼女を、コーネロ教主の教えが救ったのだとか。

生きるものには不滅の魂を。

死せる者には復活を。

まるで自然の摂理を無視したような話だ。

私と同じことを思ったのか、エドワードも「うさん臭ぇな」と小さくこぼした。

ラジオからはいまだ、教主様とやらの教えが続いている。

『祈り信じよ。さすれば汝が願い成就せり』



 
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