紫雲の錬金術師

□第6話 寂れた街
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「……だーれも乗ってないね」

「うわさには聞いてたけどこれほどとは……だいたい、こんな所に観光もないだろうけどな」

「見事に岩山ばっかだね〜」



アルフォンスの呟きに、エドワードが地図から車内へと視線を向けた。

私は窓の外を眺めながら、どこまでも続く岩山にげんなりしてしまう。

草一つ生えていないのだから、憂鬱になるのは仕方ないことだと理解してほしい。

けれどこの先は、私が求める東の小国に一番近い場所だ。

「“東の終わりの街”ユースウェル炭鉱」

「図書館あるかなぁ」

「あるといいね〜」

何日も列車に揺られて、お尻が痛いし腰も痛いけれど、私には希望の方が強くて、内心は少しワクワクしていた。

だが……。

「なんか……炭鉱っていうともう少し活気あるもんだと思ってたけど……」

「みなさんお疲れっぽい……」

キョロキョロと辺りを見渡して、列車を降りた私たちは街の陰鬱な雰囲気にたじたじになってしまう。

閑散とした空気が漂い、なんだか寂しげな街だ。

「図書館……無さそうだな……」

見渡す限り工場が立ち並び、あちこちから煙が吹き上がっている。

錆びた鉄の匂いが鼻につき、思わず眉をしかめてしまった。

ゴン!

「ん?ゴン?」

奇怪な音が聞こえた辺りへ視線を向けると、頭を抱えて転がっているエドワードと、木材を運んでいるらしき男の子がそこにいた。

おそらく、木材がエドワードの後頭部にクリーンヒットしてしまったのだろう。

「大丈夫?」

「ああ……ったく、いてーなこの、」

「お!!」

エドワードが文句を言おうと少年に向かって声を上げたのと同時に、少年がその声を遮って表情を変えた。

「何?観光?」

「あ、いや、」

「どこから来たの?メシは?」

「ちょっと……」

「宿は決まってる? 親父!客だ!」

「人の話聞けよ!」

少年の弾丸が如く質問にエドワードが一つも答えられないまま、なにやら私達の今夜の宿が決まりそうになっていた。

「あの子、すごいね」

「兄さんが口で勝てないなんてね」

クスクスとアルフォンスとふたりで笑っていると、少年の父親らしきおじさんが近くを通りかかる。

「あー?なんだってカヤル」

「客!金ヅル!」

「金ヅルってなんだよ!!」

「あはは」

少年とエドワードの言い合いが面白くて、私はついつい大声で笑ってしまった。

そんなこんなで、あっという間に今夜の宿は決まりそうだ。

仕事を片付けるまで待っていてくれということで、少しだけ街を散策した私。

やはり、この街には図書館はなさそうだった。

小さな書庫はあるらしいが、それは炭鉱関連の書類しか置かれていないとのことで、私とは無縁な場所である。

仕方なしに炭鉱の作業員達の動きをぼんやり眺めることにして、ふとボタ山に目がいった。

「(あれ……成分って確か……)」

頭の中にインプットされている元素や成分質の比率と配分量。

ボタ山の成分質を、知らず知らず考えていた。

「(鉄分にマグネシウム、ミネラル、炭素、それから……)」

頭の中でぼんやりと思考していたが、エドワードに呼ばれたことでふと現実に戻る。

「どうかしたのか?」

「なんでもない」

たった今まで思考していたことは、霞のどこかへと消え去ってしまった。

もう一度考えるのも億劫で、私はボタ山の成分質をヒョイっと頭の中から外へと投げ捨てた。

気付けば夕方になっていたようで、エドワードとアルフォンスの後に着いて今夜お世話になる宿へと足を運ぶ。

「いや、ホコリっぽくてすまねぇな。炭鉱の給料が少ないんで、店と二足のワラジって訳よ」

席に案内されるなり、この店の店主も勤めている親方、ボーリングさんがそう言って肩をすくめた。

それを聞きつけた他の客達が、茶化すようにあちこちで声をあげる。

「何言ってんでぇ親方!」

「その少ない給料を困ってる奴にすぐ分けちまうくせによ!」

「奥さんもそりゃ泣くぜ!」

「うるせぇや!」

ドッと、笑いが巻き起こったように客達が笑い出す。

仲の良さそうなその雰囲気に、私はほっこりした気分になる。

そこへ、ボーリングさんの奥さんが注文を取りに来た。

「一泊二食分の三人分ね」

「いくら?」

エドワードが財布を取り出しながら訪ねれば、ビールを運んでいた親方がこちらにニヤリと笑みを向けて来た。

「高ぇぞ?」

「ご心配なく、けっこう持ってるから」

「30万!」

「さっ!?」

ボーリングさんの提示に耳を疑い、私はもちろん、エドワードに至ってはイスから転げ落ちるほど驚いてしまう。

「ぼったくりもいいトコじゃねえかよ!」

「だから言ったろ、“高い”って」

ケロっとそうこぼすボーリングさんに、私は軽い目眩を覚える。

「高いの基準がまず間違ってた……」

「めったに来ない観光客にはしっかり金を落としてってもらわねぇとな」

項垂れる私に、ボーリングさんはなおもケロリとそうこぼす。

私の財布の中には、残念なことにそんな大金は入ってなどいない。

銀行へ引き落としに行くにしても、また列車に乗って少し戻らなくてはならないわけで。

ちらりとエドワードを見れば、思いっきり眉をしかめていた。

「冗談じゃない!他あたる!」

「逃すか金ヅル!!」

「ひ───!!!」

店を出ようとしたエドワードの頭をがっちりとボーリングさんが捕まえ、エドワードからは情けない叫び声がか細く上がった。

その目には涙まで浮かんで来そうだ。

「あきらめな兄ちゃんたち、よそも同じ値段だよ」

「ま、マジですか……!」

カヤルの声に私も思わず悲鳴をあげ、項垂れてしまう。

エドワードが財布の中身を計算していたが、やはり全く足りないらしい。

私とふたりのを足してもひとり分にも満たない。

途端、エドワードの表情がいやらしい輝きを映し出す。

「こうなったら錬金術でこの石ころを金塊に変えて……!」

「んな!?」

「金の錬成は国家練金法で禁止されてるでしょ!」

「バレなきゃいいんだよバレなきゃ」

「兄さん悪!!」

フフフフフフ……と不気味に笑うエドワードに私からの制裁チョップを与える。

「いで!」

「そんなことしたら最後、二度と私の前で錬成が出来ると思わないことね」

にっこりと、違法はやめろと示唆する。

エドワードはシュッと表情を元に戻して、小さく「すみません……」とこぼした。

が、この内緒話はカヤルに完全に聞かれてしまっていた。

「親父!この兄ちゃん錬金術師だ!」

「なに?!」

「へ?」

ガシッと、エドワードはまたボーリングさんに頭を掴まれてしまった。

「いっちょ仕事しないか?」

親方がそう言って、ニヤリと笑った。





 
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