紫雲の錬金術師

□第7話 トレインジャック
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大ピンチです。

いま私の目の前には寝こけているエドワード少年が居ますが、その真上には銃を持った男の人が鋭い目つきで立って居ます。

「……この状況でよく寝てられんな、このガキ」

おそらくトレインジャック犯だろう。

この状況下でも爆睡しているエドワードに、犯人もさすがに戸惑っていた。

いや、私も戸惑っている。

「(これ、どうしたらいいんだろう)」

さっきから、エドワードは何をしても起きてくれない。

名前を呼んでも、叩いても揺すっても。

全く微動だにしないのだ。

アルフォンスとふたり顔を見合わせるが、どうしようもない。

そこで、犯人の一人がエドワードにむかって怒鳴りつけた。

「ちっとは人質らしくしねぇか!この……チビ!!」

「あ」

思ったが時遅し。

急速に目を覚ましたエドワードは、ドンっと床を蹴るように立ち上がった。

アルフォンスと私は犯人が彼の怒りに触れたことを知り、哀れとばかりに合掌する。

「なんだ、文句あんのか、おう!」

銃を再びエドワードの額に向け、犯人が脅すように声を荒げた。

だが、そんなものエドワードに効くわけがない。

銃口ごと両手を合わせ、すぐさま錬成を開始した彼に私もアルフォンスもこっそりと距離を置く。

これでは、車窓を楽しむゆとりはなさそうだ。

バシッと錬成反応が巻き起こると、銃口はあっという間にラッパの形に生まれ変わっていた。

驚きに目を見開く犯人の顔面をエドワードが左足で容赦なく蹴り飛ばし、ノックアウトさせてしまう。

アルフォンスが「ああ……」とこぼして額を押さえた。

「(本当に、いつもご苦労様ですアルフォンス)」

「やりやがったな小僧、逆らう者がいれば容赦するなと言われている。こんなおチビさんを撃つのは気がひけるが……」

スッとエドワードに向けられた銃口。

伸びている犯人とは別の犯人だ。

この場をどう打開しようか考えている私をよそに、アルフォンスが冷静に二人の元へと近づいて行った。

「まあまあ二人とも落ちついて」

人に被害がいかないように、アルフォンスは銃を持ち上げて天井へと向ける。

素直に、そんな彼を頼もしく思えた。

「なんだ貴様も抵抗する気……ぐあっ!?」

「エドワード!?」

声を上げた時にはもう遅かった。

エドワードが犯人めがけて飛び膝蹴りをおみまいしてしまった。

顔面にヒットしてしまった犯人は言葉を最後まで続けられず、後ろへと倒れて行く。

近くにいた私は咄嗟に距離をおき、それゆえに犯人は後頭部を思い切り床に叩きつけてしまった。

そこへ、エドワードが追い込みをかける。

「だぁれぇがぁミジンコどチビか──ッ!」

「ギャー!そこまで言ってねぇ!!!」

バキ!ボコ!ドカ!

そんな擬音が聞こえそうなほど、エドワードが犯人をのし倒している。

「ちょ、ちょっとエドワード!」

「兄さん兄さん、それ以上やったら死んじゃうって」

見るも無残な姿になってしまった犯人達。

エドワードは私達の呼びかけにようやく反応を示し、目を半眼にさせた。

「て言うかこいつら誰?」

「(チビって単語に無意識に反応しただけか……)」

「(どうしてこう、コンプレックスが関わるとこの子は……)」

アルフォンスとふたり、私達は呆れ果てる。

ひとまず彼らを拘束するためにアルフォンスが縄を錬成し、ふたりの犯人が抵抗出来ないように縛り上げた。

かろうじて意識のあった犯人のひとりに尋問し、現在起きているトレインジャックの真相を尋ねれば、唖然した。

彼らの他に、機関室に2人。

一等車では将軍を人質に4人。

一般客車の人質は数カ所に集めて4人。

計算すると、まだ10人ものジャック犯が残っているというのだから。

「あとは?」

満面に笑みを浮かべて、エドワードが拳を持ち上げた。

捕らえられた犯人はギョッとしたように全力で首を振る。。

「本当にこれだけだ!本当だって!!」

さきほど完膚なきまでにボコボコにされたのがよほど効いたのか、犯人は泣きそうになりながらそう喚いた。

「(なんか、ちょっとかわいそう)」

あとでエドワードには加減を覚えて貰おうと心に決める。

そしてふいに、ざわざわと乗客が騒ぎ出すのが聞こえてきた。

「まだ10人も!」

「どうするんだ、仲間がやられたとわかったら、奴ら報復に来るんじゃ……」

怯えるように口々に非難の声を上げる乗客達。

「誰かさんが大人しくしてれば穏便にすんだかもしれないのにねぇ」

「ねー」

「過去を悔やんでばかりでは前に進めないぞ弟たちよ!」

「エドワードの弟になった覚えないよ。(これは、だいぶ焦っているな……)」

ため息を禁じ得ずも、私もまた解決策を考える。

ひとまずは、乗客の安全と問題の解決だ。

将軍が捕まっているとなれば、国家も動く。

そうなると、大騒動間違いなしだ。

「エドワード」

声をかければ、エドワードはすぐに私が言わんとしていることを汲み取ってくれた。

「ああ、オレとアルとで行って来る。シオンはここでコイツらの見張りと、乗客達を見ててくれ」

「うん。ふたりとも、気を付けてね」

「シオンは女の子なんだから、無茶しちゃダメだよ。ボク達が戻って来るの、ここで待っててね」

「わかってる。でも、何かあったらすぐに呼んでね?力になれるなら、いつでも飛んで行くから」

「そりゃ頼もしい」

くくく。

と、エドワードが喉を鳴らすように笑った。

アルフォンスも嬉しそうに肩を揺らして、大きく頷いた。

「ありがとう。でもその前に、まずはボクらが頑張らなきゃね」

「さて、行くぞ。オレは上から、アルは下からでどうだ?」

「いいよ」

言うが早いか、エドワードがすぐに車窓に足をかける。

ギョッとしたのは乗客達で、エドワードやアルフォンス、私を見て戸惑うように尋ねた、

「き、君たちはいったい何者なんだ?」

「錬金術師だ!」

そう言って、颯爽と窓の外へと飛び出すエドワード。

その背中を見送り、乗客は私を見つめて驚愕の色を濃くさせる。

「お嬢さんも、なのかい?」

「はい、一応」

「こんな若さで……」

驚きが隠せないとばかりに、その場にいた全員が息を飲んだ。

「安心してください。私はともかく、あのふたりはすごいですから」

そう私が笑った時、窓の外からエドワードの情けない叫び声が聞こえてきた。

「うぉおおおおおお!!!風圧!風圧!」

「兄さんかっこわるー」

風圧で飛ばされそうになっているエドワードをアルフォンスが捕まえてやる姿が見えて、さきほどの言葉の重みがなくなっていく。

「……多分、すごいです」

ぽつりと、思わず言い直してしまった私に乗客達も同じような顔をして黙ってしまった。

「「「「「(不安だ……)」」」」」

エドワードが上へ登り、アルフォンスがこの車両を出て行き、ここには乗客達と縛られた犯人だけになった。

ふと、縛られて痛々しいほどの打撲を肌に浮かべている犯人達に目がいく。

「あの、それ、痛いですよね?」

話しかければ、男はほんの少しビクッとしたものの、声の主が私だと知ると無愛想な表情を見せた。

「……だからどーしたんでぃ」

「治療します」

「は?」

突然の申し出に、男はおろか、乗客全員が目をひんむいた。

「ちょっとお嬢ちゃん!そいつは犯人だよ!」

「危険だ!やめておきなさい!」

次々に注がれる反対の声に苦笑し、私はそれでも犯人の側へ寄る。

「皆さんを危険に晒すつもりはありません。でも、私は怪我人を放っておくことも出来ない性分なんです」

見下ろした彼の目に宿る色は、残忍さは深くない。

おそらく、数集めに呼ばれたのだろう。

何より、エドワードが容赦なくボコボコにしてしまった申し訳なさもあった。

「動かないでくださいね。失敗したら、あなたの服ごと持ってかれちゃいますから」

「……お、おい?」

パンッ!と手を合わせ、頭の中で錬成陣を組み立てる。

ぐるぐるに巻かれている縄に手を触れさせて、錬成を開始した。

まずは犯人が身動き出来ないようにすることからだ。

縄だった紐は次の瞬間には、網状のものに変成していた。

腕や足、関節部分をしっかりと拘束している。

痛くない程度、けれど決して解けないように強度を上げて、縄から網への変成が成功した。

「もう一回いきますよー」

パンッ!

今度は治療用の錬成だ。

私がこの半年間で必死に勉強していたのは錬金術もそうだが、医療に特化した錬成でもあった。

いつ学んだのかという記憶はないが、医療に関しての知識を私は持っていたのだ。

それを錬金術に混ぜられないか、考えに考えた結果、いつの間にやら医療錬金が使えるようになっていた。

打撲のひどい肌を中心に手を触れさせ、力を流し込めば犯人の怪我がみるみるうちに消えていった。

内出血を起こしている血管の修復と、メラニンだとか、皮膚組織だとかを復活させたわけだが。

「ふう、上手くいったみたい」

「……あんた、なんで……」

戸惑いを隠せない犯人に肩をすくめて返す。

「言ったじゃないですか。怪我人は放っておけないって。まあ、“ハジメテ” 試したものだから、成功するかはわからなかったけど」

ははは!

そう笑えば、犯人と乗客達の顔がサッと青ざめた。

「「「「「(これ、失敗してたらいったいどうなってたんだ……!?)」」」」」

「さて、次は向こうでぶっ倒れてる犯人さんを……と」

成功したことに安堵しながら、私はもう一人の完全に伸びきっている犯人に近づいた。

もう止める人は誰も居なかったけれど、何故だか引きつった表情を浮かべて、犯人達を哀れむように眺めている人がいた。



 
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