黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第三参幕
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父上に任を受けることを告げれば、ただ一言、いつものように「そうか」と返された。

それでも、父上はその時、目元をほんの少しだけゆるりと緩めてくれていた。

期待に応えられるのだと思えば、悩んでいたのがもったいないとさえ思えて。

自分はその日から、父上にならい、兵見習い達を指導する指導官になった。

総勢二十人もの見習い達。

年下もいれば、断然年上も多く。

さて、どう見てやろうかと、父上もなしにひとりでそれらと対峙する前日は、寝不足になる程度には悩んだ。

けれども、感じていた不安は取り越し苦労だった。

少し前にハクと出場した大会での表彰をほとんどが知っていて、自分が指導官になることを歓喜する者がいたのだ。

「ラン将軍のご子息、スイ武官ですよね!先の試合、見ておりました!」

「あの雷獣と渡り合えるなんて、すごいです!」

「左手で剣を握っていたのは、手加減をしていたのですか?」

「あの身のこなし、戦慄しましたよ!」

一挙にわーわーと詰め寄ってきた少年らに、自分はついつい表情を強張らせてしまう。

歓迎されるなんて思ってもみなかったから。

邪険にされるのではと考えていたのに、彼らは思い思いにあの日の試合の感想や質問をぶん投げてくる。

数名ほど、それを面白くなさそうに遠くから見ている者もいるが、どちらにせよこれはやりづらいと感じた。

「(まさか、ハクとの試合がこんなところで響いてくるとは…)」

予想だにしていなかった状況に、どうにか打破できないか思考を練ってみる。

ひとまずは、彼らは敵意ではなく羨望の眼差しをこちらに向けてくれているようで、指南する事に関しては問題はなさそうだ。

「……とりあえず、型を見せてもらっていい?みんなの実力がどんなものか、知りたい」

剣の握り方、構え方、佇まいで大体のことはわかる。

不満そうな面々も含めて、自分は上から過ぎない程度に指示を出した。

ひとりずつ、素早く型を見ていく。

年下のその子らは多少持ち方がいびつではあったが、佇まいはまずまずだ。

けれども自分より幾分か年上の彼らは問題だ。

先程からじっと不満を目に滲ませてこちらを見ている彼らは、あまりにも構えも型もひどい有様。

「……ねえ、普段から素振り、ちゃんとしてる?」

剣の基本となるのは、まずは剣を身の一部にすることからだ。

素振りはその一歩目の鍛錬であり、それ無くしてはその次へも行けない。

しかし、彼らはフンと鼻を鳴らすように笑うと、こちらを小馬鹿にするように下卑た声をこぼした。

「素振りなんか今更俺らには必要ねぇよ。こっちはもう三年も剣を握ってるんだぜ?」

「へぇ」

じろりと、彼らの立ち姿をもう一度眺める。

四人揃ってひどいなんてものじゃない。

堂々と言ってのけた彼らだが、正直呆れることしかできない。

「…握り方と構えの取り方。それから、背筋や姿勢…本当に三年も剣を握って来たの?素人よりもひどいよ?」

本当に必要ないのか。

そう眼差しに込めて問えば、彼らは顔を真っ赤に染めて憤慨した。

「お前!誰に向かってそんな口聞いてるんだよ!」

「君らだけど」

「んだと!?」

牙を剥いてくる彼らを冷静に眺めて、ため息を落としたくなる。

育ちの良さそうな衣服。

支給されている兵服ではなく、自前のものなのだろう。

ところどころに不要な刺繍や飾り物があしらわれ、動きにくそうったらありゃしない。

無駄に多い布や、長い裾。

これで剣を振り回すのかと思えば、頭が痛くなった。

おそらく、彼らは親のツテで兵入りした中級貴族の者たちだろう。

剣なんか扱えずとも、軍に入ってさえいれば親の金で上へ成り上がれるのだ。

将来戦場に赴くこともなく、平和な城の中でのんびりと過ごしているだけで金をもらえるというわけだ。

吐き気がする。

「別にいいけどさ、やる気がないなら来なくていいよ。邪魔だし、他の人たちの気も散るし、自分も疲れる」

「てめぇ!」

怒りに拳を振り上げようとするひとりを、じろりと視線で射抜く。

「強くなりたくない奴を相手にしてやるほど、自分は優しくはないよ。おおかた、官吏ではなく武官としてここに入れられたってことは、働かせる頭もないんだろ?顔だけでも出していれば将来安泰だとでも思っているんだろうけど、そんなのは自分が許さない」

上にどう言われようが、自分は間違ったことはしたくないし、そうすることで他を差別して贔屓なんてことはしたくない。

冷めた目を彼らに向けて、自分はさらに冷ややかに言葉を続ける。

「三年もここにいて、構えもまともに覚えてないってことはさ、元々やる気がないんだろ?それともなにか?自分はそんな鍛錬を積まなくても強くなれるって思ってるの?ねえ、本気でそう思ってんならさ、ここへ来んなって言われたくないならさ」

にやりと彼らを見やり、煽った。

「四人一斉に、全力で自分を倒しに来なよ」

四対一。

周りにいた見習い達が、ざわりと息を飲んだ。

「む、無理ですよスイ武官!いくら強くっても、真剣を持った四人を一斉にだなんて!」

「これで負けたら自分はそれまでだってことだよ。けど、この程度(・・・・)の奴らにやられるような鍛え方は自分はしてない。黙って見てて」

でも……と、自分を心配する声がいくつも上がるが、自分はそれを首を振って大丈夫だと返す。

中級貴族の息子どもはそんな自分を見て馬鹿にするように笑った。

「はっ!えらく自信があるんだなぁっ?お前だって、ラン将軍の七光りのくせしてよ!」

「……言いたいことはそれだけ?」

高らかに笑う彼に肩を含めれば、その顔はさらに真っ赤に染まった。

「……っ!おい、やるぞ!」

憤慨から、周りの仲間連中を引き連れ、見習い用とはいえ真剣を下手くそに握って迫ってくる。

こんな奴ら、右手一本で十分だ。

剣を鞘から抜くこともせず、自分は迫って来た四人をそれぞれ一瞥し、誰がどの動きに入るか計算する。

背の高い方は上から切り込んでくる。

背の低い方は斜め下から、ほんの少し太めの彼は右、中肉中背の彼は真ん中……。

そこまで見極めて、またあきれる。

「怪我したくないなら互いに距離を保て!」

一斉に来いとは言ったが、全員同じように斬り込んで来ては互いを傷つける可能性がある。

「力任せに上から振り下ろしてそれが当たればいいけど、下手すれば自分や周りに当たるぞ!しっかり相手の目の動きを見て見極めろ!」

上から来るのっぽの剣を左へ流す。

右へ流せば太めの彼に当たってしまう危険性があり、それを避けるためだ。

そしてさらにそののっぽを下からくる背の低いやつにわざとぶつけさせ、二人同時に地面に転がす。

正面から来る中肉中背の彼は、剣を使って受け止めるでもなくただ足で蹴り払った。

「真っ向から来るのはいいが、変則もなしにただ突き付けるだけなら意味がないぞ!きちんと振り上げろ!剣先を把握しろ!」

そのまま蹴り払った反動を利用して、右からくる太めの彼をも剣の柄で払い捨てた。

「遅い!脇腹を狙うならもっと素早く動け!腕周りは一番狙いにくい場所だ、隙を見逃すな!」

鈍い金属音が響きわたる中で、冷静に彼らの動きを分析してどこがどうダメなのかを的確に指摘して行く。

かわされれば腹が立つ。

だからこそ彼らは何度も剣を振り上げて、自分の元へと向かって来た。

次第に互いに距離を保てるようになって、剣の握り方は雑なままだが、こちらの動向を下手くそなりに見極めようとし始めている。

自然、口元の端がゆるりと上がった。

「踏み込みが甘い!剣は最後まで払い切れ!剣を怖がるな、(かわ)すことが出来ないなら流せ!軸を意識して剣の流れを理解しろ!」

ガン、ガン、ガン・・・───と、幾度となく剣と鞘が合わさる音が響いた。

しばらく続いていたそれらの音は、自分が剣を抜いたとこで甲高い音へと変わる。






 
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