黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第三四幕
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スウォンやハクと肩を並べるようになってから、ヨナ姫も含めて、自分の周りは随分と色濃いものになったと思う。

ムンドクやグンテ将軍が時々からかうように構いに来ては、自分たちの輪を見ると、微笑ましいとでもいいだけに目元を緩めて、またからかって行った。

日々稽古に勤しんでいた自分だったが、この一年は見習い達を育てることで必死になっていた。

最初は小生意気な態度を見せていた彼らも、時を共に過ごすうちにすっかりと打ち解けて、今では慕ってくれるようにもなった。

毎日が充実していて、目まぐるしくて。

毎日が楽しかった。
















「最近のスイは、なかなか私と遊んでくれないからつまらないです」

むすっと頬を膨らませてそう呟いたのは、どうにもこの頃やけに自分に懐いてしまったスウォン様だった。

「いや、遊ぶって君ね…」

呆気にとられながら、思わずそう苦笑すればスウォンは心底つまらないといった様子でさらに頬を膨らませた。

「ハクとは剣を交えるのに、最近じゃ私とは手合わせもしてくれませんし。お茶に誘っても、忙しいからと相手にもしてくれません」

「ええ…だって君、武官じゃないじゃない。これまで手合わせに付き合わせていたことがむしろ不味かったって、今の自分はめちゃくちゃ理解出来ているんだけど」

流石にこの国のお偉い血が流れている人間を、危ない稽古に付き合わせるなんてこと、論外だろう。

これまで考えては来なかったが、スウォンに怪我なんてものを負わせた日には、自分は最悪打ち首かもしれないのだ。

恐れ多くて無理だと告げれば、スウォンはさらに顔をむすっとさせた。

「私だって鍛錬を積んでいるんですよ?たまには手合わせして、実力を測りたいって思います」

「いや、まあ、スウォンはユホン様のご子息だし、隙あらば鍛錬しているってのは自分でも聞いて知ってはいるけどさ」

「何がダメなんですか」

「ダメっていうか…自分は、スウォンとはこうしてのんびり過ごしてる方が好きなんだよ」

剣のことなんて忘れて、のんびり、穏やかに過ごしたい時だってある。

そんな時は、のほほんとしたスウォンが側に居てくれたら、自分も同様にのんびりと息を()ける気がするのだ。

そう言って肩をすくめれば、スウォンはパッと表情を綻ばせた。

「…スイは、のんびりするのが好きなんですか?」

「好きだよ。いつもバタバタしちゃってるからさ、たまにはこういう風に、なぁんにもしないで、ただ話してるだけっていう時間も欲しい」

「そういうものなんですか」

「時々はね」

肩をすくめて笑えば、東屋で向かい合って座っているスウォンが、何を思ったのか、てけてけと自分の隣へと移動してきた。

並ぶように座って、スウォンは嬉しそうに柔和な表情を浮かべる。

「なら、私はスイとはこうしてのんびり過ごすことにします。たしかに、こっちの方が沢山お話ができますし、楽しいですね」

ほんの少し自分より小さなスウォンは、目線を合わせるとなると見上げるようにしか自分を見ることが出来ない。

ゆえにこちらを見る時、自然と上目遣いになっていて、ほんの少し心臓がときめいた。

そしてさらには、ふにゃりと幼い笑みを満面に浮かべて、その表情がどこかヨナ姫に似ているように見えて、思わず目の前がくらりと揺らぐ。

「(さすが従兄妹…笑うと目尻がちょっと似てる…ッ!)」

目の色はヨナ姫の紫水晶のような色とはとは違って、空を写したような水色だが、澄んでいてとても綺麗だ。

男児にしては大きなその目元は、さすが従兄妹というところで、ヨナ姫によく似ていて可愛く思えるから厄介である。

「(いや、男相手に可愛いは駄目だろ自分…)」

慌てて自身の思考を止めるべく深呼吸をして、大きく息を吐く。

けれども、そうやって心を落ち着かせようとしている自分をよそに、スウォンはなにかを思ったのか、ぐいっとこの顔を両手で挟み込み覗き込んできた。

「そういえば、こんなに近くで話したことってなかったですね!スイの瞳は、すごく綺麗な青色です」

「…は?」

「深海に光が差し込んだみたいな、そんな不思議な色をしていますね…!まるで、宝石みたいです!」

「や、近いなおい!?」

「いつまでも見ていられます〜」

「このボケナス!」

でぃやっ、と。

たまらずスウォンの肩を捕まえて放り投げる。

ひょんっと簡単に飛ばされたスウォンに、本当に日々の鍛錬を行なっているのかと疑いを持つが、それどころじゃない。

位はあるものの、ラン家は異例だ。

いち平民からの成り上がりで、純血部族の出ではないゆえ、臣下の一部からはかなり嫌われていたりもする。

ヨナ姫と自分が仲良くしていることを快く思っていない臣下も居るし、スウォンとこうして肩を並べていることをよしと考えない臣下達もいる。

あまりにも距離を超えて近づき過ぎれば、自分は当然だが、スウォンもまたひどく臣下達に陰口を叩かれること間違いなしなのだ。

「(あと、顔が綺麗すぎて若干引くんだよな…)」

スウォンの綺麗すぎる顔立ちは女の子のように整っていて、眉目秀麗とはこのことかと考えさせられるもの。

そんなものが無邪気に境界線を越えて飛び込んでくるものだからたまったもんじゃない。

ヨナ姫とも適切な距離感を保とうと必死な自分なのに、スウォンは男同士だからと考えているのか、なんとも考えなしに壁をよじ登って近づいてくるのだ。

武官と王族。

言葉にすれば、文字にして並べれば、こんなにも差はあるのに。

気にせずヅカヅカと入り込んで来ては、やんちゃに関わろうとするから困りものだ。

「ひどいです…」

「ひどくない!臣下に見られて困るのはスウォンなんだぞ」

こうして敬語を抜いて話すことも怒られるというのに。

呼び捨てがいいと駄々をこね続けたスウォンに負けたのが一年前。

ハクは頑なに敬語を使い続けているが、あいつはどこか手を抜いているから、嫌味や距離はどこにもない。

自分もそれくらいの距離でいこうと考えていたのに、スウォンはせめてスイだけでも自分と同等に喋って欲しいと食い下がったのだ。

公の場ではさすがに出来ないが、こうして身内だけでいる時、二人きりでいる時には、スウォンがむくれるから敬語を抜きにして話すようにしているのだが、いかんせん、この頃はそのせいか距離が近すぎる気がしている。

やはりハク同様に、敬語を使うべきかと頭を痛める今日日(きょうび)だ。

「そんなに心配しなくてもいいと思いますけど」

「心配というか、気になるの!」

「スイと私は友達なのに、距離を作るのはおかしいです」

「君は近すぎな節があるけどね」

はぁ。

とため息を落として、なお食い下がって引こうとしないスウォンに苦笑する。

本当に、位の高い人間がこんな一兵士と気安く喋ってるなんて知られたら、スウォンの評価はどうあっても下がってしまうというのに。

「スイは嫌ですか?私と居るのは…」

しょんぼりと、悲しげに揺れた目を見てまたまた苦笑する。

「嫌じゃないから困ってるんだよ」

「へ?」

ぱちぱちと、スウォンの大きな瞳が瞬く。

それを眺めて、小さく息を吐く。

「…降参。わかったよ……自分が頑張る。スウォンはそのままでいていいよ。自分が登ってくるまで待っててよ」

「スイ…?」

「父上の後を継ぐよ」

「っ! それって…」

「将軍にでもなってやろうじゃないの。そしたら、君のとなりに立っていたって問題はないからね」

武将ならば、王族の隣に立っていても文句は言われない。

それだけの権威と力があるから。

スウォンがもっと側で関わって欲しいと願うのならば、自分は武将にでもなって、壁など超えてやろうではないか。

親友が望むのだ。

多少、身を張って頑張ってみてもいい。

「スイならなれます!いいえ、むしろスイは絶対にすぐに将軍になりますよ!」

目を輝かせたスウォンが、嬉しそうにそう破顔した。

「気が早いよ。自分はまだ13なんだよ…」

「あ、そうでしたね。シュウン将軍の後を継ぐんですから、もっと先になりますか」

「まあ、そうなるね」

「気長に待つことにします」

ふふふ。

と、笑いあって、互いに未来に夢を馳せて肩を並べた。

小鳥たちの声がどこかしこから聞こえてきて、のどかに過ぎていく時間にふたりで安堵する。

「スイが将軍になるなら、私も同じくらい頑張らないとですね」

穏やかな笑みを浮かべて、スウォンが東屋の近くに植えられた梅の木を見つめ、口元を緩めた。

自分もまた、そろそろ華を咲かせそうな梅を眺め、頷く。

「頑張り過ぎないでね。追いつけなくなっちゃうから」

「ふふふ。それはスイの頑張り次第です」

「厳しいなぁ」

いつのまにかまた隣に座りなおしているスウォンと向かい合って、笑った。

穏やかな時間は、まるで悠久のように緩やかだ。




 
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