黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第三八幕
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・・・ユン視点・・・




「あ、ユンだ!」

「ユンー!」

「ユンだー」

わらわらと、子供たちが俺を見つけて駆け寄ってくる。

そのどの子も身体が痩せ細っていて、胸が締め付けられた。

「久しぶり、元気だった?」

なんて声を掛けてみるものの、きっとこの子たちは満足な生活なんか出来ていないということを知っている。

だからこそ、俺は今日こうしてここへ来たのだ。

火の部族、加淡(かたん)村。

痩せ細ったこの村には、今は老人と女子供しかいない。

大人の男たちは皆、火の部族の軍へ連れて行かれ帰って来ないのだ。

いつ来ても、嫌な気持ちにさせられる。

こんなことを許していた王が憎いと思っていたのだって、仕方がないことだと言えるはずだ。

けれど、ヨナに出会ってスイに話を聞いて、王とて人間で万能ではなかったということを知った。

待つだけではだめだということも。

「お腹すいた……」と、お腹をさすって俺のそばに来た子供に腰をかがめて目を合わせ、頭を撫でてやる。

「すぐに温かいもの作ってあげるよ」

「うん!」

「あ、ミレイおばさん。久しぶり、具合どう? 薬持ってきたよ」

「なんだ、来たのかい。もう来ないかと思ったよ」

「はは、遅くなってごめんね」

腰を丸めて、家の中から俺に皮肉をこぼしてくるミレイおばさん。

随分歳を召しているのもそうだけど、ミレイおばさんは病を患っていて、満足に出歩くことが出来ない人だ。

気休めにしかならないけれど、時折薬を持ってきては飲ませてやっていた。

「ふぅん、ユン君はここへ通ってたわけかぁ」

突然、背後から聞こえてきた飄々とした声。

こんな場所で聞くことなどあり得ないはずのその声に、俺は弾かれるように振り返った。

「は……え、ス、スイ⁉」

「やほー」

「なんでここに⁉」

「ひとりでどっか行っちゃうから、師匠としては気になっちゃうじゃない? 女の子と逢瀬だったら悪いなーと思いつつ淡い恋の予感を期待してついつい覗き見しに来ちゃった」

「何言ってんの⁉」

ひらひらと手を振って、スイが悪びれもなくにやりと笑う。

「随分寂れた村だねぇ〜。ユン君よくここ来てたんだ?」

「よくっていうか……」

王都から来たスイからしたら寂れた村かもしれないが、俺の出身の火の土地はどこもこんなもんだ。

力のあるものが人を助けられるなら、俺だってそうしてやりたいと思ってここへ来ているけれど……。

「ユン」

ふいに別の方向から再び名を呼ばれて、俺はスイに何を言うことも出来ずにその方へ振り向く。

そこには年老いた男が立っていて、俺のよく知る人物だった。

「セドルおじさん」

「久しぶりだな、だいぶ顔を見せなかったから心配していたよ」

「ちょっと遠くに行ってたんだ。どう? 調子は」

「見ての通りだ、食べ物も少ないし、病人や老人ばかりだよ」

「……そっか」

「税ばかり重くなって、生活は苦しいばかりだ。取り立ても厳しくてな……これ以上どうしろってんだ」

「また増税したのか……」

「ところで、お前さんの後ろの連中は友達か?」

「え?」

セドルおじさんの言葉に、俺は思わず耳を疑って間抜けな声を上げてしまった。

連中?

確か後ろにいるのはスイひとりのはずだったが……。

確認する為に振り返れば、置いてきたアホどもが揃いも揃ってアホな顔して立っていた。

「何してんの⁉」

「お、いい反応だねぇユン君。足音で気付くと思ったけどそうでもなかったねぇ」

はははっとスイが能天気に笑って、ヨナが「ユンがこっそり出て行くから着いてきたの」と当然のように言う。

「私は姫様のお供をだな」などとドヤ顔で告げる白龍は無視したとしても、ゼノの「ゼノは青龍のもふもふについてきたのね〜」という言葉には拳を固めてしまった。

殴りたい。

そんな思考が頭をよぎった時、スイが俺の頭に手のひらを乗せてやんわりと撫でてきた。

「みんな君の手伝いをしたいんだよ。怒らないでやってよ」

「スイ……」

「ユン君、オレはお腹が空きました」

「ユン君、ご飯はまだかい? 僕は今朝はシン鍋がいいなぁ」

「ねえ、こいつらのどこが?」

「あれ〜?」

ハクとジェハは完全にお腹が空いて着いてきたような口振り。

「というか帰れ穀潰しども!」

「まあまあ、そう冷たいことを言わずに〜」

さっきとは若干笑顔の輝きが鈍ったスイが苦笑を浮かべながら俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で、ついでこの村をふと見渡した。

「人手は多い方が助かるんじゃないかな。自分も手を貸すよ」

「スイが……?」

「ご飯くらいは自分にも作れるよ。その間、ユン君は薬の調合に集中したくない?」

「……それは、そうだけど」

「はい、じゃあそうしよう。この馬鹿たちは自分が責任を持って働かせるから気にしないでいいよ。任せて」

「……スイがそう言うなら、まあ。いいけど」

「んんんん〜! 素直なユン君可愛いなぁ!」

きっと、スイが何を思ったのかそう言って突然俺に抱きついてきた。

サラシを巻いているとはいえ身長の差もあって、スイの胸が俺の顎の高さにあり身動きができなくなる。

「ちょ、ちょっとスイ⁉ やめ、離っ」

「こんな可愛い弟子を持てるとか幸せ過ぎるでしょ〜。ユン君ほんとお嫁さんにおいでよ〜ねえねえねえねぇふがっ」

ぎゅうぎゅうに抱きしめられていた俺の体が、スイの可愛くない呻き声と共に突然解放されて自由になった。

何事かと見上げれば、ハクがスイの首根っこを捕まえて引き剥がしてくれていた。

「やめろ馬鹿」

「え〜? 自分はただ可愛さを噛み締めていただけなのにぃ」

「お前の可愛いもの好きはいい加減にしないとユンが死ぬぞ」

「怒るんじゃなくて死ぬの⁉」

「死ぬ」

「え、まじか。え、何……自分何か呪いに掛けられてんの? 人殺しちゃう系なの……?」

え、なんで、いつのまにそんな呪いに? なんてぶつぶつとこぼすスイにため息が漏れる。

きっとスイは、自分が女であることをまだちゃんとは意識していないのだ。

俺といえば、阿波の件以来どうにもスイを女性だと意識してしまいがちだというのに。

髪を下ろして化粧をしたスイはそこらの遊女も顔負けの美麗な顔立ちだったのだ。

今はそのかけらすらなくとも、思い出すくらいは出来るから困る。

けれど、引き剥がしてくれたハクに感謝したい気持ちと、ほんの少しもやっとした気持ちが胸に巣食う。

この数ヶ月で俺の身長が伸びたようには思えない。

スイと並ぶには、まだまだ時間が掛かりそうな壁の高さにげんなりともした。

師に追いつきたい、追い越したいという思いは本物だけれど、どうして自分がこんなにもスイの一挙一動に動揺してしまうのかがわからなかった。

認められれば嬉しいし、子供扱いでも側に来てくれると喜ぶ自分が居る。

一方で、ハクやジェハのように喧嘩の出来ない間柄にはもどかしさを感じてしまって、もっと近くへ行けないかと考える日もあった。

じっとスイを見れば、穏やかな笑みがこちらへとこぼされる。

「ま、いっか」

その言葉に尽きて、俺は小さく息をつくとヨナを見た。

「ここは病人も居るし治安も悪い、お姫様の来るところじゃないよ。けど、スイが許してるんなら俺が許さない理由見つからないと思うから。だから、気を付けて動いて」

「わかったわ」

「お前、スイを信頼し過ぎじゃねえか?」

「へへ。自分、一応ユン君のお師匠様だからね〜」

「人手が欲しいだけだから!」

「んんん〜! 素直じゃないユン君も可愛いなぁ〜!」

「はい止め、スイちゃん公衆の面前だよ。ユン君の代わりに僕がお嫁さんになってあげるから」

「出来損ないのマリモ風情にユン君の代わりが務まると思うなゴミカス」

「スイちゃん今日も毒舌切れっ切れだね! 惚れ惚れするよ!」

「静かに! ただでさえあんたら目立つんだから、大人しくして!」

『『『はーい』』』

再び俺に抱きつこうとしたスイを今度はジェハが止めに入り、冬の冷気に負けないほどの冷たさでスイが毒舌を振りまく。

それを諫めるように叱りつければ、いつかの空気が戻って来たみたいに全員が呑気に返事を返すから、笑ってしまった。

やることは沢山ある。

手伝うと公言した以上、ヨナにも容赦なく働いてもらうとして。

俺はスイをちらりと盗み見た。

この村で医療の知識がある人間は重宝される。

俺自身も、ひとりでどこまでしてやれるかわからなかったから、正直言うとかなり助かった。

ふと、スイが見上げていた俺に気付いたようで横目に視線を返して来る。

ふっと緩められた頬に胸がくすぐったくなり、堪らずほんの少し顔を背けてしまった。

それでもスイは悪い気持ちにはならなかったようで、また俺の頭をそっと撫でると伸びをして先を歩き出す。

「さぁて、それじゃあ仕事をするとしますか〜」

なんて間延びした声でそう言って、スイが何をしたらいいのかときょろきょろしているアホどもを捕まえて村の奥へと入って行く。

子供達が物珍しそうにその様子を伺って、それに気付いたスイが朗らかに笑って手を振って、これまでこの村で見てきたはずの景色がどこか違って見えた。

「ほんと、変なの」

胸のざわつきに戸惑いながらも、それか心地いいものだから手放すことも出来ず。

俺もまた、少しでもこの村を手助け出来るようにと奥へ進む。

空はどこまでも晴れていて、風はほんの少し、暖かく感じた。




 
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