黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第三九幕
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山菜が欲しくてしばらく単独で村を離れていた。

火の番はシンアにさせていたし、あの場には指揮を取ってくれるユン君が居るしでなんら心配はしていなかったはずなのだけれど。

帰ってくるなり、異様すぎる光景に目をひん剥いた。

思わず手に持っていたナズナやらミツバやらを落としてしまって、唖然と口が開いてしまう。

「そこの鼻タレ役人共(クズども)!ここが私らの縄張りと知っての狼藉かい!」

外套で顔を隠してはいるものの、仁王立ちでそう偉そうに叫ぶお姫さんに似た誰か。

「いやあれ何してんの⁉」

呆然と眺めてしまっていた自分だが、すぐに床に落とした山菜を拾ってそこへ駆けつけようと急ぐ。

が、思わず立ち止まってしまった。

よくよく見れば相対しているのは役人で、火の部族の兵士まで居る。

火の部族の兵士達とは過去に何度も手合わせをしてきている故に、誰に面が割れているかわからない。

そしてハクは何故かシンアのモコモコを頭からかぶって変装していて、恐らくあいつも面がばれるのは良くないと判断したということだ。

ここで自分が出て行ってヨナ姫の存在を示唆するわけにはいかなかった。

どうしたものかと頭を悩ませていると、足元から「お姉ちゃん……」と女の子の怖がるような声が聞こえて思考を止める。

「お姉ちゃんて……自分?」

「うん」

「なるほど……その手があったか」

ぽんと手を一つ叩いて、自分は足元で怖がる小さな女の子の手を掴む。

「ちょっと君のお母さんとこまで行こうか。ここは危ないからね、家の中に入っておこうね」

小さな手を引いて、自分は何かとんでもないことをし始めそうなお姫さん達を尻目に、早足で女の子の家へと向かう。

思いの外近く、急いで中に入ると少女を病で伏している母親に預け、着物を一枚借りれないか交渉する。

「すみません、後できちんと返します」

「いいのよ、貰ってちょうだい。どうせもう着ないものだから」

「じゃあ、お言葉に甘えて。それと、自分が良いと言うまで、この子を外に出さないようにお願いします」

「わかったわ」

「ありがとうございます、では」

素早く借りた着物を着込んで、山菜を採るのに邪魔だからと後ろで結っていた髪を解き肩に流す。

「わぁ!お姉ちゃんきれい」

「ありがと、じゃあ大人しくね」

手を叩いて自分を見上げる少女の頭を撫でると、自分は急いで家を後にしお姫さんのもとへと駆け抜けた。

あのアホどもを放っておくとろくな事にならない。

剣はイクスのところに置いてきてしまったし、戦闘になれば不利だがあのままにはしておけない。

上手くジェハに近寄れたら暗器の一つでも奪おうと考えて、全力疾走でアホどもが役人と対峙していた現場へと急いだ。

が、時すでに遅し。

「貴様ら賊か!」

「その通りさ!そこの食料も、その子も、この村のモンは全て私らの所有物さ! しっぽ巻いてとっとと帰んな!」

「いや誰だよ……あ、ギガン船長のマネか……あれ」

胸を張って意気揚々と公言するお姫さんの声。

役人達はあからさまに表情を変え、思い切り最悪な場面が出来上がってしまっていた。

しかしなるほど。よくよく見ればユン君が苦労してかき集めた食料を役人が奪っていこうとしていた形跡があり、その側では小さな女の子が頬を打たれたようで擦り傷を作って泣き出している。

自分を引き留めた女の子は、あの子の友達なのだろう。

じわじわと、怒りが背中からにじり上がってくる感覚を覚える。

「ジェハ」

「え、ってスイちゃん……⁉」

「お姫さんが買った喧嘩だ。自分も加担する」

「ちょっとスイまで⁉大丈夫なの⁉」

「この姿ならバレないでしょ」

「そうじゃなくて……」

「大丈夫、ユン君が守ってきたこの村を、あいつらに好き勝手にはさせない」

「……ばか」

「うん、一番のおバカさんは、今のところうちのお姫さんなんだけどね」

そんなとこもまたいいでしょ?

なんて笑って、役立たずの役人と護衛どもの中へと飛び込んで行く。

「お、女だ……!しかもちょっと……いやかなり美人だぞ……!」

「おや、それはどうもありがとう」

んふ、とわざと笑って見せて、子供に手を上げたであろう護衛兵の前へ躍り出ると、鳩尾に向かって素早く拳をめり込ませる。

「ぐっはぁ……⁉」

「はい次」

「ぐふ……っ⁉」

「次お前」

「がはぁ……っ」

バッタバッタと倒れていく護衛兵ども。

当たり前だ、成人男子で鍛えていようがふいをついて急所をやられれば呼吸器官がおかしくなる。

息が出来ずに「かはかは」とのたうちまわる三人を見下ろし、役立たずの戦えもしない役人をちらりと見る。

「ねえ、お兄さん。そこに座ってるおじさんさぁ、頭に変な泥の付き方してるよね。”なに”をしたのかな?」

「な……こ、こんな下民どもを踏みつけてなにが悪い!」

「ほほう?やっぱり踏みつけたんだ?人類皆平等って言葉をご存知かい」

「は、なにを馬鹿なことを!下民は下民!」

「うん。だから、言ったよね……皆平等」

ひゅっと大きく足を振り上げて男の肩へ叩き落とすと、役人はいとも簡単に地面へと崩れ落ちる。

「貴様!こんなことして許されると……」

「おじさんの代わりだよ。殺さないだけマシと思ってよね」

ぐぐっと、男の頭に足を乗せて地面に口づけさせる。

ふぐ、がふ、とか苦しそうにしていたけれど知ったもんか。

弱いものいじめ反対、絶対。

なんて「ふん」と鼻を鳴らしていると、ふいに横から暗器が勢いよく飛んできて顔面すれすれで通り過ぎていった。

「ぎゃあ……ッ!」

「女の子に手を上げようなんてダメだよ」

なんて、一歩前に出てきたジェハに眉を潜める。

自分のすぐ後ろに居たらしい兵は右の手の甲にクナイが刺さり、剣を握りきれずにガチャンと落としていた。

くつくつと、ジェハが面白がるように自分を見てその横に落ちている剣をちらりと見る。

なるほど、後ろから襲ってくるやつをジェハなりに気を遣って倒してくれたわけだ。

「こんなん一人でも全部やれたんだけどなぁ?」

「旅は道連れってね」

「なら遠慮なく。……さっきまで居た兵士がひとり居ない」

「仲間でも呼びにいったかな」

「だろうね」

ニヤリと笑んで、いつまでも踏んづけていた役人様から足を退ける。

動けないように強く踏んづけていたから、彼の顔には小石が張り付き地面の跡が付いてしまっていた。

だが、かまやしない。

怒りを滲ませ自分を見上げる役人の耳元に唇を近づけて、お姫さんたちには聞こえない程度の声量で優しく囁く。

「……ねえ、これは誰の指示なのかな。教えてくれたら見逃してあげてもいいよ」

「……なに、を」

「誰の指示だ」

「そ、それは……」

しどもろどろに、さっきまで怒りに顔を歪めていた男が自分の顔を見てほんのりと顔を赤らめる。

気持ち悪いやつだな、なんて思いながら「お前の独断か?」と聞けば「違う……!」と苦々しく答えた。

「そう、お前”だけ”の行動ではないんだな。いい汁啜ってたみたいだけど……それ、今日でおしまいね」

んふ、と笑って。

役人の背の向こうから飛んでくる矢をすんでで避ける。

なるほど、こんなに密着していても射ってくるということは腕に自信あってのことか。

トンっと役人を突き放し、ジェハの隣へと素早く退がる。

「お前、ほんとすぐ手ぇ出すよな。節操なし」

「酷いなぁ。スイちゃんに関わることならいくらだって出すよ?」

「それは、どうも気持ち悪ぅございますね」

「ははは。んじゃ、まあ……アレを片付けますか」

パキリ、ポキリ……と拳の骨を鳴らせば、ジェハが至極楽しそうに暗器を懐から取り出していく。

自分はふと背後にいるお姫さんを尻目に見やる。

どこか生き生きとした表情で、その堂々たる佇まいはもはや尊敬の域に達している。

さらにその横ではキジャが右手を丸出しにしていて、シンアも武器を構えていた。

彼らもまたやる気満々と言わんばかりに役人達を見据え、今にも飛び出していきそうだった。

好戦的なのはその辺りだけで、残るユン君やゼノはほんの少し後ろの方に居て、面白がるように唇の端を緩めるゼノが居る一方で、ユン君だけはおろおろと不安そうに眉を下げている。

まあ、事情は後で聞くにして。

「自分は下がる。ので、お前らでちゃちゃっとそいつら片付けちゃって」

「あら、スイが側に居れば怖くないわね。よし、やっちゃおう」

自分が隣へ来たことにより自信がついたのか、小さなお姫さんはふんぞりかえるように腰に手を当てると、「あんたたち、やっちまいな!」と声を上げた。

その号令に呼応し、ハクとキジャ、シンア、ジェハが一斉に飛び出して行く。

自分は後ろに控えるお姫さんとユン君、今のところ戦闘員になり得ないゼノを庇うように立ち、ゆったりと構えた。

剣は置いてきているが、向こうの弓兵は三人程度。

それくらいなら素手でも払えると踏んで、意識は常に周囲へと向けた。

ところが、このところ暴れていなかったこいつらは水を得た魚のようにあっという間に役人達を伸してしまった。

「……あらら、自分の出番はなかったね」

「そうね」

「あいつらって本当バケモノだよねぇ」

「ゼノは楽ちんで助かる〜」

でーんと誇らしげにこちらを振り返るハクを無視して、自分は怒りをあらわにお姫さんを睨み付ける男を見る。

「貴方達、こんな事をして……タダですむと思っているんですか……⁉」

地面に這いつくばりながら、それでも役人の威厳を忘れんと声を荒げる男。

お姫さんは「ふん」と鼻を鳴らした。

「お前らこそ、これに懲りたらもう二度とこの村に近づくんじゃないよ。今度この村になにかあったら……」

そこまで言って、ふとこちらへ困ったように視線を送ってきたお姫さん。

すかさずハク達が名乗りを上げていく。

「暗黒龍」

「と、ゆかいな腹へり達〜!」

わーいとゼノも悪のりして、お姫さんは面倒くさくなったのかたっぷり間をとって「が、タダじゃおかないよ!」と脅しをかけた。

いや、正直全然怖くない。

なに、ゆかいな腹へり達って……馬鹿なの?

馬鹿なの?

そんな思考で埋め尽くされていく自分に、いつの間にか隣へ戻って来ていたジェハが面白がるように笑った。

「これからが楽しみだね、スイちゃん」

「これからが大変、の間違いだろ」

「僕は楽しみだよ」

「変態は気楽でいいですね」

「敬語で貶してくるスイちゃんも素敵だ!」

「黙れ万年花畑脳」

「ありがとうございます!」

「もういい、自分が黙る」

「眺めてるね!」

「…………(頭打って死ね)」

蔑んでも、無下にしても、馬鹿にしても、何したって喜ぶ阿保にもはや言葉が出ない。

けれども、懐かしむようにお姫さんを見るジェハの眼差しを見つけてため息を落とす。

さて、明日からどうなることやら……。



 
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