黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第三九,五幕
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・・・スイ視点・・・



倒れている自分とシンアをヨナ姫が見つけて、その小さな身体にシンアを預けた自分は山賊共に地獄を見せたのち、二度とこの村に悪意を持って近づかないようにと念を押して伝えた。

だが何を思ったのか、満面の笑みで「次があれば冥府の入り口まで連れて行ってあげる」と唱えた自分に対し彼らは表情を輝かせ、ジェハのように気持ち悪い集団へと退化を果たしてしまった。

”姐さん”と呼ばれ、唾を吐くような乱暴な命令にさえ歓喜する姿にゾッとする。

けれどもこれで彼らが二度と馬鹿なことはしないということだけは分かったので、とりあえずは野放しにすることにして……。

「はぁ───、疲れた……」

げんなりと肩を落として地面に座り込む自分に、ヨナ姫が面白がるようにくすくすと笑う。

「スイの言葉ってすごいのよね……あの人たち、嬉しいって泣いてたわ」

「……自分は別に、彼らが喜ぶようなことを言ったつもりはなかったんだけどな」

「そう? 私なら嬉しい言葉だったわ。だって、誰に対しても対等に見てくれる人なんてそうそう居ないもの」

「う〜ん……なんだかなぁ」

確かに説教はした。

子供にするような説教だ。

いや、多少説教というより滅茶苦茶なことも言ったと思う。

だがそれが、結果的に彼らがすんなりと聞ける言葉になっただけという話なだけで……。

『おいこら、この馬鹿ども、このやろ! いいか、お前達以上に苦しい人間から物を取るな。山賊なら男らしく、誰よりも持ってる者から奪えよ。弱い人間を虐げてこうするしか生きる道がなかっただなんて簡単に甘えんな! 楽な方には逃げるな、苦しいなら苦しさを埋めるために生きろ! その場しのぎで生きて逃げて責められる人生なんか馬鹿馬鹿しいだろうが、どうせなら歩いてるだけで物を与えられるような人間になれ!』

『俺たち……役人どもに全部持ってかれちまって……悔しくてよぉっ!』

『奪われる側から奪う側になれば気持ちも晴れると思ってたんだ……っ』

『でも弱いヤツじゃねぇと俺らじゃ太刀打ちも出来ねぇし……こうするしかうさを晴らす方法がわからなかったんだよ……』

『けど今日で目が覚めたっす!』

『お世話になりました! 姐さん!』

そう言って大手を振って帰って行った山賊達の顔は、やけに清々しかった。

あれは多分、おそらく、シンアの力によって心底のさらに奥底の良心とヤツが蘇ったのだろう。

なにせ死ぬほど恐ろしい思いをしたのだ。

幻覚とは言え足やら腕やらを生きたままもぎ取られるような体験をしたのだ。

『俺の足が……足がぁあああ!!!』と叫んでいた彼らの目にはまさしく地獄でも見ているような深い恐怖の色が浮かんでいた。

まあ、何はともあれ。

彼らがこれ以上人の道を踏み外さないのであれば一件落着だろう。

「スイはもう少し自惚れていいと思うわよ? 人の心を開く特技があるって」

「なにそれ、あるわけないじゃん。それならお姫さんの方がよっぽど特技として使えると思うよ。現に自分を筆頭にハクもユン君も四人の龍達もお姫さんに首ったけだし」

「あら、それはみんなが優しいってだけよ」

「わかってないなぁ〜」

「それ、私の台詞」

「ちょっと! 怪我人なんだから大人しく寝ててくれる⁉」

ヨナ姫と和気あいあいと話していると、薬湯を天幕の中へと運んできたユン君に雷を落とされるように叱られた。

あの後、しばらくして帰ってきたユン君たち一同にどうしてだか怒られまくり、シンアと共に天幕の中へと押し込まれたわけだが。

「こんなの怪我のうちに入んないって〜」

「うるさいお馬鹿さん! 肋骨にヒビ入ってるんだから、二日は安静にしてないとダメ!」

「えぇ〜、やだよ暇じゃ〜ん」

「だまらっしゃい! 本当は一週間休ませたいのを二日で譲歩してるんだからそれくらいは言うこと聞いてくれる⁉」

「そんな怒るとシワが増えるよ〜?」

「誰のせい⁉」

「うっす、大人しくしてます」

怒りで興奮気味に怒鳴るユン君にお手上げをし、自分は素直に布団の中でじっと身体を休ませることを受け入れた。

まあ確かに、気を抜けば肋骨が大号哭をあげそうなほど鋭い痛みを走らせる時がある。

そんな強い痛みを忘れられる緊張感はいまやどこにもありはせず、無理に身体を動かせば思わず涙腺が緩んでしまいそうだ。

暇になると途端に痛みの方に意識が行ってしまってよろしくない。

隣で同じように眠るシンアをちらりと横目で盗み見れば、山賊を相手に外していた仮面が元の位置に戻されて、表情は窺い知れないがほんの少しこちらを心配しているような気配が伺えた。

微動だにせずにじっとしているシンアは、自分とは違って顔以外の一切を動かすことが出来ないらしい。

だらりと無造作に転がる両腕はなんとも気怠げで、そして一言も発さずにじっと天井を見上げているその様はなんとも暇そうだ。

「暇だね〜シンア、しりとりでもする?」

「……?」

「単語の最後の一文字を取って、その一文字から始まる言葉を探して、繋いだらまたその言葉の最後の一文字を……あ、その反応は理解してない感じだね?」

「………………」

「あ〜あ、身体が動かせないのってしんどいねぇ」

半ば投げやりにそう言って笑えば、ようやくシンアの顔が少しだけこちらへ向いて「……うん」と小さく言葉を返した。

うっすらと彼の口元に滲んだ笑みに、知らず安堵する。

共に過ごして来て、彼にとっていい環境を作れて来たかはわからない。

連れ出しておいて、彼を救えたかなんて自分達では分かり得ないのだから世話もない。

だからこそ、こうして彼が少しでも表情の伴った感情を見せてくれると安心するのだ。

きっと力を使ったことを後悔している。

その後悔から生まれたシンアの傷を、自分達はどれだけ癒せるのだろうか。

けれどもそれは、能天気なゼノや兄弟愛の深いキジャが居れば問題ないだろう。

なんだかんだ言ってジェハもシンアのことを気にかけているところがある。

龍の力の苦悩を知らない部外者が理解者面するよりも、その方がうんと効果的だ。

たった今も、暇を持て余した白い龍と黄の龍がシンアの様子を見に来て他愛無い言葉をかけてやっている。

龍同士にしかわからない苦悩を、彼らで分かち合っている。

……いや、龍というならイクスの言葉が正しくそういう自覚を持っているのであれば、自分だってその輪の中に入れるはずなのだ。

だが、自分はその自覚とやらがてんでない。

実は神官の力が備わってました、的な話なら飲み込める。

なにせ彼ら四龍のように傷の治りが早いわけでもないし、身体能力だってやっとこさ鍛え上げた上で成人男性より優れている程度のもので。

それこそ死ぬほど鍛えてきたから得られた力だ。

人間の域を出ない。

何度も堂々巡りに考えてきた問題だが、いつまで経っても答えなど出はせず、ここで思考することすらも面倒くさくなってしまった。

さあ、いよいよ暇になってきたぞ。

はぁ……。と小さくため息を落とし、ふと皮膚に突き刺さる気配を感じて視線を巡らせるとハクが神妙な面持ちで自分を見下ろしていた。

その眉間にはほんの少し……いや、だいぶ深めのしわが刻み込まれている。

おおよそのコイツが言いたいことはわかってる。

だからこそ直接その口からお叱りを受けるのが嫌だ。

「……お姫さんは無事。自分も二、三日休めば平気になる。そんなに怒らないでくれると嬉しいんだけどなぁ」

少しおどけるようにそう声を掛ければ、引結ばれていた唇がゆっくりと開かれ、思っていたより低い声で言葉が返って来た。

「もしあの場にシンアが現れずにお前ひとりだったなら、どうしていた」

「まあ、シンアが来なければ、どんなに小さな隙だろうがそこを突いて逃げる算段は付けてたよ」

「今より大怪我をする前提でか」

「これ大怪我じゃないんだけど……いや、でもさ。もしもあの場であの子達を助けられなかったなら、それこそ自分は大怪我を負う以上に後悔するんだよね。お姫さんが守ろうとするものを自分が守れなかったとなれば、そんなヤツにはお姫さんを守る資格すらないでしょうよ」

「……お前は、女だろ」

苛立ちの色を隠せず、憤怒するも何処にどうぶつければいいのかわからないというような、そんな悔しげな表情を浮かべて低く唸るハクに苦笑を漏らす。

「その言葉、数ヶ月前の自分にはそんなこと言わないはずだよね。自分の性別を否定するつもりはないけど、お姫さんを大切に想って、守りたいという気持ちには男も女もないって思ってるんだけど?」

「お前は強い。だが、それ以上に情も厚い。ギリギリのところで窮地をかわして、ボロボロのくせにお前を殺そうとした奴にまで情を掛けて逃してしまう。……そんな奴は、早死にするに決まってる」

「はは、酷いな。早死にするだなんて」

「もう、あんな思いは沢山だってんだ……」

「……」

あぐらをかいて踏ん反り返るようにこちらを見ていたハクが、ふいに大きく腰を曲げて前屈みになった。

横たわる自分の肩に、ハクの額が強く押しつけられる。

「ボロボロで横たわって目を開けようともしないお前を、俺はもう二度と見たくねぇ……」

ギリギリと歯を食いしばる音が肩越しに聴こえて、思わず息を飲む。

ハクが、あの日のことでこんなにも自責の念に駆られているということに驚く。

過保護になったとは思ったし、それがあの日に関係しているんだろうなとはなんとなしに察してはいたが、ここまで彼の中に心の傷を負わせていたとは考えていなかった。

ほんの少し、苦しげに漏れたハクの吐息。

周りで静かに見守っていた四龍の連中ですら、息を飲むように言葉を失っていた。

だから途端に、笑ってしまった。

「死なないよ」

動かせば痛む肋骨の悲鳴を無視して、ハクの頭に手を添える。

ビクリと震えたその頭は手のひらでは収まりきらないが、わしゃわしゃと撫でてやる。

「約束したからね。お姫さんを守るって。最初は死んでも守るんだって思っていたけど、今は地面這いずり回ってでも生きて守ってお姫さんの幸せになる未来を見たいって思ってるからさ、死なない」

どんな卑怯な手を使おうが、生き延びると決めている。

あの山賊達が本気で自分を殺そうとしたのなら、腕を一本もがれようが足を折られようが子供達を助けて息の根を止めるつもりだった。

自分のことをお人好しだとハクは言うが、そんなことはない。

「ハクが思っているより、自分はお姫さんの事になると鬼みたいになっちゃうんだよ。白鬼って二つ名はダテじゃないよ? 例えばこの国の全ての人間がお姫さんの敵に回ったとしたなら、末代まで根絶やしにしてやろうと思えるくらいには姫馬鹿だから」

それくらい、お姫さんの側で生きたいと思っているから。

だから……。

「安心してよ、自分は死なない。ハクにあんな思い、二度とさせないからさ」

ぽんぽんとハクの頭を優しく叩いて、顔を上げさせる。

居心地の悪そうな、けれども納得いかないがここまで言われたら食い下がれないといったそんな顔と目が合う。

苦笑まじりにまた笑ってやれば、ハクは大きなため息を落として額の位置を自分の肩から下の方へずらすと、肋骨をぐりぐりと押してきた。



 
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