黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第三九,五幕
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「いでっ!? い、いだだだだっ! いだ、ひぎっ、ちょ、痛いってハク……っ!」

「わかってても、こっちは心配すんだ。やばくなりそうなら人を呼べ、自分は強いって過信すんな。やばくなったらすぐ逃げろ、いいな」

「わか、わかった! わかったからそれやめろ……あだだだだ、痛い痛い……!」

「シンア、ありがとう。スイを守ってくれて」

「……うん」

「やっぱ今のお前、過保護すぎて気持ち悪い……! の割には怪我人の自分に対してちっとも優しくない!」

「バカにはこれくらいしとかねぇとわからねぇ」

「お前の方がおバカさんだよ! ユン君そいつ殴って! 治りが遅くなったらそいつのせいだから!」

「はいはい。ほら雷獣、そろそろそのバカ許してあげて。崖から落ちてもまぁ〜だ懲りてないんだから」

「あれ? 自分の味方はいない感じ?」

「ゼノは味方だからー!」

「役に立たない味方が居た! やったね!」

「僕もスイちゃんの味、」

「要らん。近寄るな、出てけ」

「そのバッサリした感じ、さすがスイちゃんって感じですごく好きだよ!」

「うるさい黙れ変態、出てけ」

「スイ、まかせるのだ。私がこやつを引きずり出してくれよう」

「ありがとうキジャ。君もそのまま戻って来なくて良いからね」

「私も!?」

「アンタらうるさいの! 全員出てけおバカさん達!」

「ユンお母さんが怒ってるから出るか。早く元気になれよスイ、シンア」

「誰がお母さんだっ」

「お母さん喉渇いた〜動けないから飲ませて〜」

「こんな大きな子知りません!」

ユン君が呆れて自分の額を軽く叩き、安静にさせるために天幕の中の面々を外へ追い出す。

後ろ髪を引かれるように出ていくキジャやジェハとは逆に、あんなに心配そうにしていたハクはあっさりと天幕から出て行った。

ヨナ姫は「早く良くなってね」と言い残して名残惜しそうにこの場から離れ、ユン君は自分に適当に水を飲ませると夕食の準備があるからとさっさと出て行ってしまった。

残されたシンアとふたりで、ユン君がすっかりお母さんみたいになったと笑い話をして、いつの間にやら夜が訪れ、ユン君特製お粥を一気に平らげるとすることはなくなってしまう。

狭い天幕。

いつもならヨナ姫とユン君が使っているこの場所を、仕方がないとは言え自分が使ってしまっていることに申し訳なさが募る。

この調子ならおそらく明日もこうして天幕に寝かされるのだろう。

あの子達が風邪を引かないことだけを祈って、一刻も早くこの身を回復させることに尽力することにした。

天幕の外から聞こえて来るみんなの会話によれば、ヨナ姫はユン君とふたりで布団を使って寝るようだ。

ジェハとハクが火の番をするらしく、キジャとゼノに至っては一瞬で眠りについている。

隣のシンアもまた、疲れが出たのか寝息を漏らしはじめ、規則的な呼吸を取るようになった。

しばらくそうして周りの音を聴いていたが、やがてうとうとしてきたまぶたを誘惑に勝てずに閉じる。

数人の寝息と、焚き火のパチパチと小さく爆ぜる音。

時折どこからか聞こえるフクロウの鳴き声。

いつもと同じように感じる夜にどこか安堵して、まぶたの向こうの闇夜に身を委ねた。

心地いい安穏の中でふと思い出したのは、四人で並んで眠ったいつかの夜のことだった……。




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──────・・・・・・
・・・シンア視点・・・




朝方前、手のひらを誰かに掴まれた気がしてうっすらと目を覚ました。

暗い視界の中でも俺の目は物がよく見える。

視線だけを動かして手の方を見れば誰かの手が重なっていた。

その手が誰のものなのかなど、考えなくてもすぐにわかった。

仰向けのまま、顔だけをこちらに向けて気の抜けた表情で眠り続けるスイの姿。

俺のこの手を握っているのは、紛れもなくスイの手によるもので、やけにくすぐったかった。

ヨナの手とは違って、少しごつごつした感触もある。

けれども、ほっそりとした指先や薄い肉感は女性特有のもので、どこか安堵を覚える。

何かの夢を見ているのか、時々スイの表情がピクピクと動いて手のひらに力がわずかにこめられる。

ふいに、小さく口元を緩め嬉しそうな笑みを浮かべたのが見えた。

どんな夢を見ているのだろうか。

かすかに「ふふふ」と漏れた声も楽しそうで、スイの見ている夢がすごく気になる。

けれども起こすわけにはいかないから、その夢が俺にも見れたらいいと思いながら目を閉じた。

優しい温度を伝えるその手のひらをほんの少し握り返して、思わず緩んだ自身の口元に気づきもせずに、昼間のことを思い出す。

俺の全てを知っているかのようなスイの眼差し。

言葉。

暖かさ。

蒼い瞳はこの世のどの(ぎょく)よりも綺麗で、美しかった。

護りたいと願った。

側にいて、その背中を見ていたいと感じた。

ヨナの時とはまた違う、胸の辺りを強烈に駆け抜けるそんな感情はなんなのだろうか。

目を閉じて、再び心地よい眠りに着けそうなその時。

眠っているはずのスイの喉から声が漏れた。

「……ん…………それ自分が育てた肉だから……まだ食べるのは早いってば……」

にく???

育てた?????

……本当に、なんの夢を見てるんだろう……。

ほんの少しスイに抱く尊敬のような気持ちが薄れたような気がして、振り払うように急いで二度目の眠りについた。








鳥達が朝の囀りに精を出し始めた頃、身体が自然とむくりと起き上がった。

長らく休めていたおかげか、力を使った後にずっと感じていた倦怠感や無気力感が無くなり、手足の細部まで思ったように動かせるようになっていた。

「おはようさん。動けるようになったね、よかったよかった」

「……スイ」

突然横から声が聞こえて驚いて振り向けば、俺よりも先に起きていたらしいスイが横たわったままにこにこと笑みを浮かべこちらを見上げている。

「……スイは?」

「うん?」

「……痛いの……辛くない?」

「ああ、平気平気。隊にいた頃はこんなの日常茶飯事だったし、慣れてるよ。それよりシンアの方はもう大丈夫なの? まだしんどいところない?」

「俺も、へいき……」

「そかそか、じゃあユン君を呼んできてもらってもいい? サラシの位置を直したいから」

「わかった」

仰向けで困ったように笑うスイに、俺は一つ返事で頷いて天幕の外にいるユンを呼びに向かう。

天幕を出る際、尻目に見えたスイの表情は無理をしている様子は一切なく、本当になんともないのか暇そうに見えた。

……よかった、スイが辛くなくて。

スイが辛いのは、何故だか嫌だ。

朝食の準備で忙しそうにしているユンを見つけて、俺はスイのもとへ急いでもらうようにお願いしたのだった。




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──────・・・・・・
・・・スイ視点・・・




あれから数日。

十分に休息を取った身体は快調へと向かい、ヒビの入っていた肋骨も無理をしなければ痛まない程度に回復した。

重いものを持ち上げたり激しい運動をしなければ、日常生活になんら負担はない。

ただ、サラシを巻き直させようとユン君を呼んだ時には悪化するかもしれないと真に思った。

顔を真っ赤にして、憤怒するようにユン君が「ばかなの!?」と肩を叩いてきたときはその振動で肋骨がとてつもない悲鳴をあげ、涙目にならざるを得なかったが……とうとうサラシを巻き直してはくれず。

苦しいんなら取れと言われ、問答無用でヨナ姫にサラシを取るよう指示を出していた。

手術をする時に一度見たくせに何の了見だと文句を言ったものの、ユン君はひとつも取り合ってはくれないどころかハクがジト目で自分を見遣り、哀れむようにユン君を見てはため息をついていた。

まあ、それらの話はさておき。

すっかり復活した自分は戦闘には加わらないものの、村々の配給作業やユン君との薬湯作りに励むようになった。

女物の着物で歩き回ることにも慣れてきて、子供達やお年寄り達に「お姉ちゃん」だの「お嬢さん」だのと呼ばれることにも違和感がなくなってきた。

なるほど、人はこうして物事に慣れていくのか……なんて物思いに耽りながら、ようやく自分の性別というものに向き合えるような気になって来る。

男だから、女だからという境界はいまだに理解出来ないものの、子供や年寄り達は性別が女であるというだけで安心するのか、見知らない自分に対しても警戒心を畳んで与えた食事や薬湯を受け取ってくれるのだ。

「ふむ、たまには利用するのも悪くないな」

たしかに世の中には女だからこそ上手くいく立ち回りと言うものもある。

阿波の港で女の装いをした時にも、すんなりと物事をうまく進められた経験があるのだから、頑なに男の装いに拘る必要性もない。

戦闘に参加しない時にはこんな格好でも悪くないとうなずき、今日もまた薬湯作りに没頭していると問題が起こった。

役人達だ。

村の入り口付近の家屋の壺を投げ割り、隠している税がないかと漁るように乱暴を犯している。

しかもその家屋にはちょうどユン君が向かっていたはずだった。

咄嗟に剣を探し立ち上がろうとしたが、ふとその連中の中に見知った者の姿を見つけて足を止める。

「……あれ? あの長い髪の男って……もしかして……」

いや、見知った顔に見えるがあまりにも記憶の中の人物には似ても似つかないほどげっそりとしているように思える。

生気のないたたずまい。

痩けた頬と、虚な眼差し。

押せば簡単に倒れてしまいそうな様には、覚えているその人の傲慢さや不徳さがどこにも見当たらない。

「……人違いかな」

どうだろう。

宮廷で見掛けていた頃と背格好は同じだが……とそう考えているうちにジェハ達が参上し、輩どもを次々となぎ払って行く。

あの見覚えのある男へもキジャが龍の爪を振り下ろそうとしたとき、どうしてだかその人物は祈るようにじっと手を広げてその瞬間を待つ仕草を取った。

……まじで人違いかもしんない。

知ってるはずのあの男ならば、憤慨して部下達をけしかけ自身は後ろに下がるはずだ。

卑怯で悪党極まりないはずだ。

さてさて、自分もそこへ行くべきか……と迷っていると、ヨナ姫までもが登場し、出番なしの気配が漂った。

やがて、キジャが長い髪の生気のない男を片手で持ち上げると、ヒョイっと遠くへ投げ捨て役人達が去って行くではないか。

つまり、やはり出番なしだった。

休めていた手を再開させて、薬湯をいくつか作り上げることに専念するとして……。

記憶を消そう。

知らなかったことにしよう。

何故だかそんな気持ちになってしまった。

それがこの後、大きな変化をもたらすことになるとは少しも思わずに……。

翌日、自分は憎きお馬鹿さんと再会を果たすことになるのだった。





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