黎明の獅子 -akatsuki no yona-

□黎明の獅子 第四十幕
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・・・スイ視点・・・



肋骨に入っていたヒビもだいぶ良くなり、快調を迎え始めた頃。

ふと大きなため息が漏れた。

……これで、彼を見るのは二度目だ。

間違いなくヤツかもしれない。

傲慢で自尊心が高く、そのくせ自分ひとりでは何も出来ない役立たず。

いざ何かしてみれば全部裏目になり、言うなれば……───

「アイツのせいで崖から落ちたんだよなぁ……」

さて、どうしたものか。

今日もポイっとキジャやジェハに投げ捨てられ、蹴り捨てられる役人達。

その中に混じる明らかに見覚えのある馬鹿を見つけて、もう一度深いため息を一つ落とす。

村の入り口を張ってくれているキジャとジェハの二人には感謝するが、そのやりようは冷酷とも言えるほど優しくない。

弧を描きながら飛んでいく役人達はいっそ清々しく、自分は出番なしのままその様を眺めて薬湯作りに勤しんでいた訳だが……。

「多分あれ、また来るよな〜」

先日とは明らかに目の色が変わっている。

仕事をしに来たようには見えない、何かを探すような眼差し。

「まさか、勘付かれたのかねぇ?」

ヨナ姫の存在。

あるいはハクか自分の存在に。

だとしたらここに居続けるのは些か問題が出てくるかもしれない。

明日にでも村を出て行くべきか……いや、入り口より先に入れないのであれば問題はないか。

キジャとジェハには頑張って貰うことにして、知らぬ存ぜぬを通そう。

そう決めた自分は再び無心で薬湯作りに励んだのだった。




──────
─────────・・・・・・
・・・馬鹿視点・・・




あの声は間違いなくあの姫の声に聞こえた。

確かめるために再度訪れたものの、またあの死神に放り投げられ撃つ術が見当たらない。

討伐するにも武力が違いすぎるし、兄上に救援を求めても異形の者の話など信じてはくれないだろう。

ならば……と、次に考えたのは変装だった。

町人に扮装し、紛れ込めば私ひとりならば入れるのではないか……と。

「テジュン様……本当におひとりで行って大丈夫なのですか?」

「そのようなことは、我々が……!」

あたふたと私の周りを囲む部下達。

代わりなど頼めるわけがない。

あの声を、あの姿を確認するべきは私なのだから。

「……これは私の使命だ、私に行かせてくれ」

「……!」

「テジュン様!」

「立派になられて……!」

「やっべ、使命とか俺も言ってみたい」

「きゃー!かっこいいー!」

「いったいどうしちゃったんですか……!」

真剣に答えた私に、部下たちが大きな歓声を上げた。

黄色い声を聞きながら、少し良い気持ちになるが改めて気を引き締める。

全員男である部下達の中に、何人か桃色の歓声をあげているヤツも居たが無視するとして、支度を整えた私はすぐに仮設宿舎を出るべく彼らを背後にする。

けれども呼び止められ、何事かと振り返れば狼煙を手にこう言われた。

「何かあればこれを使ってください。全武力をもってすぐに駆け付けます」

「危機が迫った際にはすぐにお使いください。狼煙が上がれば、我々は村に総攻撃を仕掛けますので」

「どうかお気をつけて!」

背中を押すように手を振る部下達を背に、私は身を引き締め歩き出す。

あの声の主を確認するまで、狼煙はあげない。

もしもあのお方なのであれば……その時は……。

地面に下ろす足の一歩一歩に力が入る。

もしも本当にあのお方なのであれば、私は……───





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────────────・・・・・・




村の入り口よりずれた草むらから中を覗く。

人の通りは少ないようで、そそくさと村の中へと入ってみた。

この姿だからなのか、思っていたよりもすんなりと村へ侵入することが出来て咎められることも訝しまれることもなかった。

だがなるべく人に出くわさぬようにと気を配りながら、私は高く積まれた藁の影に身を潜める。

どこからともなく誰かに見られているような気配にソワソワとしながらも、頭の中はあらゆる思考で埋め尽くされていた。

「(またあの化物どもに出くわしてしまったらどうしよう、あるいは突然ヨナ姫に会えたらどうしよう!?)……偶然の再会に二人の気持ちが燃え上がったりしちゃったら!?」

などと妄想が膨らみ、思わずニヤニヤと口元が緩んでいく。

「いや、燃え上がってるのは君のその袖だよ。消さないとやばいんじゃないの?さすがに焚き火の側に寄りすぎるのは良くないよ?」

「ああ、やけに暖かいと思ったら……え?」

じっと、横から女が私の方を覗き込んでいた。

同じようにしゃがみ込み、藁の影に入って、折り曲げた膝に頬杖を付くようにしてこちらを見ている。

蒼い目、ゆるりと肩に下げられた綿毛のような銀髪。

長いまつ毛がパサパサと瞬く度にその奥の目がじっとこちらを見据えて……。

「……燃えてるとは?」

「袖を見てごらんよ」

「へっ?」

女が指を刺す方向を見てみれば、ジリジリと私の着物の袖が火を纏って燃えていた。

「なっ!?なぜにっっ!?」

「いやだから、焚き火の側に寄りすぎなんだって。辺りを警戒し過ぎて目の前が見えてないとか君アホなんじゃないの?声も全部ダダ漏れだったよ?馬鹿なの?つか消さなくていいの?」

「なっ、アホに馬鹿だと!?」

「いや、だから。消さなくていいの?」

じっと、女があきれるように私を見る。

真顔で表情を崩さないその顔立ちは、まさに絶美のもので……真っ直ぐに見つめられると訳の分からない動悸が胸を締めつけた。

じゃない!

「どどど、どうしたら消える!?」

「ホント、相変わらずの馬鹿だなぁ……こういうのはねぇ」

バッと、女が自身の着物の裾を手に取り私の燃えている裾に向けて大きく振りかぶった。

「こう、やって!……両方向から一気に押し叩く。空気が入らないようにすれば火は簡単に消えるもんなんだよ」

「本当だ……すごい……ではなく!また私に馬鹿と言ったな!?」

「煩いなぁ……お忍びで来たんだろ?そんなに大きな声を出すと隠れてる意味がなくなっちゃうぞ?」

「そうだった……よし、まだ誰にも見つかってな……おい貴様、いまなんて言った?」

「お忍びで来てるんだろ?カン・テジュン」

「……名前」

「わからいでか。この辺の貧しい人間はね、そんな上等な着物は持ってないし髪も毎日は洗えないからパサパサなの。身綺麗にしてて肌もツヤツヤ、身体がどこも傷んでないなんてのは、ここじゃあお役人くらいのもんだよ」

そこらの兵士だってもう少しは汚いよ。

と、女は呆れ顔のまま私を見てそう告げる。

というか……この飄々とした喋り方……どこかで身に覚えがあるような……?

「それで?目的は何かな?この村に出るという盗賊のアジトでも探しに来たの?ひとりで?」

「そんなことをしに来たわけじゃ……」

「じゃあ他に目的があるんだな?」

瞬間、射抜くように女が私を睨め付ける。

眼光鋭く睨め付けてくるその瞳にまたも既視感を覚え、頭がこんがらがる。

ふと浮かんだのはあの、二刀流のいけ好かない銀髪の男……。

「銀髪?」

目の前の女を見る。

銀髪だ。

あの男は?

銀髪で、確か蒼い目をしていた。

目の前女は?

……蒼い目をしている。

そしてこの人を食うように小馬鹿にした喋り方は……。

「ラン・スイ……」

「あり?ちゃんとわかってんじゃん。こんな格好だからわかってないのかと思ったけど、大馬鹿ではなかったみたいだね」

「…………」

「おーい?」

ひらひらと手のひらを私の顔の前で揺らし、女が「変な顔してるぞー」と声をかける。

こいつ……本当にラン・スイか?

胸元のうっすらとある膨らみはいったい……?

「……ねえ、急に黙りこんで人の胸元見つめるってどうかと思うよ」

「ぇ、ぁ……いや、いや!?お前!男だろう!?なんだその格好は!!」

「ありゃ?気付いてて言い当てたんじゃなかったの」

「気付くとは!?」

「自分が女だって」

「はぁ!?」

「触る?」

「はぁ!?!?」

さ、さわ、触る……だと!?

その胸に……!?

「いや、そんなに面白い反応をしてくれるとは思ってなかった。なんかごめん、ありがとう」

「ささ、さわ……触るって……さわ……」

「あり?壊れた?」

けらけらと笑いながら、ラン・スイだと肯定した女が楽しそうに目元を細める。

笑えばいっそう美麗さに磨きがかかり、これがあの白鬼と呼ばれた男とは到底思えなかった。

そして急に本題を出される。

「それで、ここへひとりで来た目的は何かな?」

またスッと細められる瞳。

そこには再び鋭さが滲み、途端に緊張感が走る。

女は見透かすように私を見つめて、嘘を吐こうものならその場で潰すと言いたげな視線を送ってきていた。

私がどう答えようかと悩めば、向こうから追い詰めるかのように言葉を続けてくる。

「武器の所持は無さそうだね。辺りに他に人が居るわけでもない……こそこそ覗き込んでいる辺り誰かを探していたんだろうけれど、少なくとも男じゃあないね、女や子供ばかり見てた。役人として真っ当に生きているわけじゃなかった君だから、敵地に単身乗り込んでまで視察なんてこともないだろう。誰かひとりを探していたってところだね?再会がどうとか言ってたもんな?……なるほど」

つらつらと並べながら私の顔色を伺っていたのか、ひとりで答えを見つけたらしい彼女はにんまりと笑みを浮かべた。

背筋がゾッと冷え、目の前のこの女がいかに洞察力に長けているのかが知れて恐ろしくなる。

嘘など一つも許さないと言いたげな笑顔。

「だいたいわかったよ。君は本当に嘘が吐けないよねぇ、顔で答えてくれる人もそうそう居ないよー?……崖から自分達を突き落とした時も、きっと上にはちゃんとそう伝えたんだろう?」

「崖……」

言われて、ハッとなる。

そうだ……私は、白鬼と雷獣、そしてヨナ姫を崖から落とさせた……。

「化けて出てきたって言ったら、ちゃんと怖がってくれるのかな?」

にこにこと満面の笑みを浮かべながら、私の顔へとその手を近づけてくる。

細い傷だらけの手。

痛々しく、女の手には到底見えなかったのに、袖から覗く細い腕に目を奪われる。

これが、本当にあの高華の白鬼なのか、と。

ラン・スイだと言うその女は獰猛に目を細めて、いつのまにか腰が引けている私の頬にペチンと手のひらを当てて笑った。

「なんてね」

「へっ」

暖かい。

痛みとともに与えられたのは、確かな人間の温もり。

生きている人間の、手のひらの温度。

スッと離れていった手のひらはそのまま彼女の膝の方へと乗せられ、私の顔を見た途端「そんな怯えた顔されると、コッチの方がいじめっ子みたいじゃん」と苦笑を漏らされた。

悪戯を仕掛けたらしい彼女に呆然としながら、またもハッとする。

「生きて……いたのか?」

「なんとかね。瀕死だったけど、まだ死なせてもらえなかったよ」




 
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