番外編

□欠陥
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島に来て一週間。


私の身体は良くなるどころか、どんどん悪化していた。


咳をすれば微量ながらも吐血した。


肺はもう三日も前から穴が空いたようにヒューヒュー音を立てていて、高熱にうなされている。


瞳が霞んで視界もままならず、聴覚は常にノイズを走らせた。


気だるかった身体は更に重みが増えて、今では指一本動かすことも難しかった。


荒い息と、熱い身体と、ぐるぐる回る視界とで、私はついに覚悟していた。


多分、私はもう長くない。


両親に捨てられたその時から感じていたことが、今、リアルとなってこの身に降りかかっている。


毎日ワッカが私の世話を付きっきりでしていても、この欠陥だらけの身体はちっとも良くならない。


苦しくなるばかりで、もうどうでも良いとさえ思えてきた。


だから、ねえ……ワッカ、もう止めて良いよ。


投げ出して、私なんか放っておいても良いよ。


生にしがみつくことは、もう諦めたから……―――


だから、もう私を看に来なくても良いんだよ……。


熱に浮かされながら、私は多分そう口にしていたんだと思う。


甲斐甲斐しく私の世話を焼こうとしていたワッカの手がピタリと止まって、息を飲む気配が伝わった。


ついで聞こえた罵声に、私の方が固まってしまう。


「バカヤロウ!」


本気の、心からの怒りの声だった。


ワッカが初めて見せた強い怒りに、私はひどく混乱した。


どうしてそんなに怒るの?


解放してあげるって言っているのに……。


上手く働かない視力で、怒っているワッカを仰ぎ見ても表情は伺いしれない。


だけど、ふいに聞こえた声に私は息がつまるのを感じたの。


ワッカから漏れた、切ないほどの嗚咽の声……。


ワッカ、泣いてるの?


どうして……?


重たくて痛む腕をそっと動かして、すぐ側に居るだろうワッカの頬を探した。


するとその腕をワッカの手が掴み、ぎゅっと握り締めてきた。


「んなこと、言うんじゃねえよバカ……っ」


ひどい嗚咽と共にそう吐き捨てたワッカ。


だけど、そう吐き捨てたワッカの手はひどく震えていた……。


「俺がどんな気持ちでお前を看てると思ってんだ、元気になって欲しいって考えてるに決まってんだろ!」


と、泣きながら怒鳴るワッカ。


「簡単に死ぬ覚悟するんじゃねぇっ。苦しくても、もっともがけよ!生きろよっ」


「な……にを……」


「大丈夫だ。今は辛くても、ぜってー元気になる。俺がお前を元気にしてやるから、だから諦めるな!!夢主はまだ楽しいこと何もしてねぇだろうっ?まだ子供だろうっ。もっとしがみつけよっ!!」


「………っ!!」


「なあ、俺はまだ、お前が笑った顔を見てないんだよ。頼むから、元気になって俺に笑ってみせろよ夢主」


暖かい声が、優しい声が、ワッカが私を呼ぶ力強い声が、私の凍っていた心を溶かしていった。


胸が苦しい。


息が詰まる。


視界が滲む。


私は、気付けば嗚咽をこぼしていた。


「う……ぁ……っ!!……うわぁああああっ……っ……!!」


生きたい。


生きたい。


もっと生きて、元気になって、沢山笑って、友達を作って、お母さんとお父さんと手を繋いで歩きたい。


外を自由に走り回って、私は、本当はもっともっと生きたいんだ。


私の身体を引き寄せて、強く抱き締めたワッカの背中にしがみつく。


この島に来て、初めて流した涙は堰を切ったかのように止めどなく溢れた。


叫び声にも似た私の嗚咽は、全部ワッカが受け止めてくれていた。


生きろと怒ってくれたワッカの優しさに、私はようやく生にしがみつくことを望んだ。


「大丈夫だ夢主。お前は要らない人間なんかじゃねえ、ましてやお荷物でもガラクタでもねえ。誰かの迷惑になるだなんて考える必要はねーんだ……だから、笑え夢主。笑えば病気なんてあっという間に吹き飛んじまうからよ!」


ポンポンと背中を撫でられ、私はそれに何度も頷いた。


そうだ。


私は要らない人間だと思われるのが一番怖かったんだ。


欠陥だらけのこの身体を、ガラクタだと言われて捨てられることが怖かったんだ。


この島に私を置いていった両親たちが、心の中で私をどう思っていたのか考えるのが、すごくすごく怖かった。


けれどワッカは私に笑えと言った。


大丈夫だと言ってくれた。


ならば、笑おう。


今は泣きたい気持ちの方が強いけれど、涙が止まって、この気持ちが落ち着いたなら、笑おう。


ワッカの腕の中、私は直感していた。


この温もりだけは、私を拒むことは決してないだろう。


いつだってすぐそばで私を見守り、支えてくれるのだろう。


ワッカは、本当にバカみたいに暖かい人間だから。


きっと、私から離れない限り、ワッカは私を守り続けるのだろう。





 
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