番外編

□拍手短編【黄昏と私の日常】
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KH
〜黄昏と私の日常〜








夕暮れのオレンジが教室の中に差し込む。

それをひとり眺めているのが好き。

まるで世界に自分ひとりだけになった気持ちになって、煩わしい現実から少しでも離れられるから。

窓から少し遠い席で、窓の外をひたすら眺め続けていた。

ホームルーム終了から、三度目のベルが鳴ったら帰る。

これが私の日課で、そのベルも、もうすぐで三度目が鳴る。

季節ごとに黄昏の時間が短くなったり長くなったり遅くなったり早まったりと、全く飽きがこないから不思議だ。

カチ、カチ、カチ、と。

壁に掛けられた時計が静かな音を立てて時を刻んでいく。

秒針が12の数字と重なると同時に、鐘の音はズレることなく響き渡った。

さあ、帰ろう。

あらかじめ準備していた荷物を肩に掛け、椅子を引いて立ち上がる。

瞬間、息が止まった。

「もう終わりか? もう少し見ていたかったんだけどな。」

なんて、やけに耳に響く声が教室の中で響いて…唖然と動きを止めてしまう。

「り、リク、くん……」

振り返った先、教室の入り口の方で、長い足を交差させてドアに背を預けた姿のリク君が居た。

いつから居たのか、何のつもりでそこに居たのか。

思考がぐるぐると回りだす。

ずっと見られていたの?

でも、どうして?

こんな地味でなんの取り柄もない自分を、何故彼のような人間が……。

考えたって、わかりっこなかった。

きっと今ここに、私以外の女子が居ればあっという間に彼の元へ駆けていき声を掛けるのだろう。

リク君はとても女の子に人気があるから。

綺麗な顔立ちに、高い身長と長い手足。

切れる頭に、たまに浮かべる笑みがひどくあどけなかったりして、そのギャップが女の子をときめかせるらしい。

なんて、客観的に言ってみたところで、私だってその女の子たちと変わらない、リク君にいつだってときめいたりなんかしていて……。

だから、困っていた。

こんなに至近距離で、それも放課後の教室の二人きりの空間だ。

どう対応すれば良いのかわからなかった。

からかわれているのか、ただの好奇心で見られていたのか、はたまた何か用があったのか……。

考えれば考えるほどわからないし、怖くなった。

からかわれていたとしたら、それに耐えられるほど自分は強くない。

だからこそ、今すぐにでもこの場所から逃げ出したくて仕方ない。

リク君とはそれきり目を合わせられないまま、私はただひたすら俯いついた。

「いつもそうしてるよな…そんなに、俺のことが苦手なのか?」

困っているのは私の方なのに、困ったように声を漏らしたのは向こうだった。

「え?」

思わず視線が上がる。

見つめた先で交わった視線は、何処か悲しそうな、切なげなもので目を見開く。

「やっと、ちゃんとこっちを見てくれた。なあ、俺、アンタに何かしたか? そうだったら謝る。悪気は無いつもりなんだ……でも、どうもアンタが相手だと調子が狂うんだ。」

謝るから、教えてくれ。

ドアから背を離して、一歩、こちらへと歩み寄ってきたリク君。

呼吸の仕方を忘れた気になる。

私が、彼を苦しめた?

あんな顔をさせるようなことを、私が…?

戸惑って、だけど考えるより先に言葉が先に出ていた。

「き、嫌いじゃない! いつも目を逸らしちゃうのは、その、は……恥ずかしくて…私、うまく話せないから……」

だから…謝るのは、私で……─

その言葉は、リク君の笑い声で掻き消された。

「ふ、くくっ。なんだ、そうか。俺、嫌われてる訳じゃないのか。」

からかうようにとか、面白がるようにとか、そんな笑い方じゃなくて、びっくりする。

まるで心底安心したみたいに、嬉しそうに、喉を鳴らして彼が笑いながらこちらへと更に歩み寄って来るものだから、固まる。

「なら、遠慮しなくていいんだよな? こうして見てるだけなの、今日で終わりにしても? 」

ニヤリ、と。

今度はヒール役がぴったりな笑みを浮かべてリク君が笑った。

ひくりと私の喉が唸る。

なんだ、この状況は。

なにが、起こっているの……?

スルリとほおを撫でられた。

固まる思考の中で、一際リアルに脳に響いた声に、めまいさえした。

「俺を見ろ。目を逸らさず話をさせてくれ。アンタにずっと伝えたくてたまらない言葉があるんだ。」

それはいつから伝えたいと思ってたの?

なんて、呑気に考えたのがまずかった。

気付けばリク君の唇が私の耳元まで寄ってきていて、熱く掠れた声が外耳を突き刺した。

「好きなんだ。もうずっと前から、アンタがこうしてひとりで居るのを見つけた時から……」

脳が揺さぶられた。

いま、なんて言った?

「な、なんで……」

「綺麗だって思ったんだ。夕陽に照らされて、まっすぐ外を見てる瞳が。今何を思ってどんな世界を見てるんだろうって。」

気になったら、ずっと見てしまっていた。

そう、リク君はこぼした。

だけど、待って。

だって、私は冴えない地味な女の子で…リク君に見られるような人間なんかじゃなくて……。


「嘘だもん……だって、私、何も持ってない…」

「勝手に嘘にしないでくれ。俺の気持ち、否定したいのか? 迷惑だって思うんなら、直接そう言ってくれた方が」

「違う! 迷惑なわけない、だって、ずっと見てた。私の方がずっと、リク君のこと、見てきたもん。私がリク君を好きになるのはわかるけど、リク君が私を好きになるわけが」

「ストップ。」

「むぐっ! むむっ!?」

突然口元に当てられたリク君の大きな手。

言葉を遮られ、声を奪われ、目が白黒した。

「今なんて言った?」

ずいっと顔を近づけられて、喉がヒュッと鳴った。

ち、近い近い!!

「んむむっむー!!」

口を塞がれたままじゃ喋れない、近さに耐えられない。

ジタバタと身じろぐ私に、リク君はハッとして苦笑をこぼし、手を離してくれたし、幾らか離れてはくれたものの、やっぱりまだ近いところで私を見つめてきた。

「悪い。で、なんて言ったんだ?」

「だから、リク君が私を」

「その前。」

「へ?」

「その前に、なんて言った? アンタがなんとかって……ちゃんと聞こえなかった。」

あれ、なんだこのリク君の真面目な顔……。

「だ、だから、私がリク君を好きになるのはわか、ひゃあ!?」

「くそ。早く聞いとけば良かった。」

聞いておいて、言い終わる前にまた遮られた。

背中に強く回された腕。

目の前に広がる厚い胸板…な、なにこれ……っっ。

「り、リク君……っ!?」

「俺のこと、好きって言ったよな、聞き間違いじゃないんだよな? 俺のものにして、良いんだよな?? 」

「いや、え。あの、だから……え、ええ?」

何が起こってるの?

どうしてリク君は私なんかを抱きしめ……だ、抱きしめられてるの? 私?? あれ??

「頭良さそうに見えてたけど、案外間抜けだな。」

「え、なにそれひ……ー」

酷い。

そう言いたかったのに、突然耳元に唇を寄せられて、また喉がヒュッと鳴った。

「なあ ……」

コソリ、と。

耳元で名前を呼ばれて、呼吸が止まる。

もうすでに、キャパシティーを大幅に超えているというのに……。

その声は甘く、熱く、耳に響いてくる。

「俺のものになってくれ……好きだ。」

耳元に唇を寄せられながら、唇にツツツ…と這わされた、長くて細い、骨ばった男らしい指。

リク君の熱い指が、私の思考をぐちゃぐちゃに溶かしていく。

ああ、もう。

考えるのも億劫だ。

目頭にジワリと浮かんだ熱を感じながら、私は今世紀最大の告白を白状することにした。

「……リク君が好き。リク君の彼女に、してください。」

抱きしめられたその胸にすり寄って、真っ白なティーシャツをぎゅっと握りしめる。

どうか夢ではありませんように。

そんな願いを込めて、恐る恐るその背中に自らも腕を回してみた。

華奢に見えていたのに、ガッシリとした男の人特有の胸板の厚さに、クラクラしそうだ。

ぎゅっと背中へ回した手に力を込めてみれば、リク君の身体が少し震えた。

「ズルいな……」

なんてこぼされて、なんだろうと顔を覗き見ようとしたところで、失敗に終わる。

唇に降ってきた暖かいもの。

合わされたそれに、ん、と声が漏れた。

状況を理解するまでに数秒、理解してからはあっという間。

全身に熱が回ったみたいに、カッとなった。

「んんん!? んむ、むむっ!!」

チュッチュ、と鳴るリップ音が耳に届けば泣き出したくなる。

恥ずかしい、と。

何より、嬉しくて……───

ようやく離された唇に、リク君がそっと指を這わせて名残惜しそうに見つめてくる。

ついで私の顔を見て一気に噴き出した。

「顔、真っ赤。もしかして初めてだった?」

なんて聞かれて、悔しいけども、頷く。

そしたらリク君は「へぇ……?」なんて呟いて、至極嬉しそうに笑って……って、わ、私のファーストキス、あっさり奪われた…。

恥ずかしさに目を逸らして俯いてしまう。

「ほんと、可愛いな、アンタ。」

頭上から降ってきた声に叫びたい。

「リク君は、タラシだ。」

「心外。こんなことするの、ひとりだけだぞ?」

アンタ以外、眼中にない。

ニヤリと笑われて、私は頭の中で両手を挙げて降参だと白旗を上げた。

「なんか、イメージと違ったな。」

ぼそりとこぼせば、ピクリとリク君が反応する。

「そりゃ悪かったな。俺だって男だ。好きな女を前に余裕なんて持てない。」

「そ、そーゆうセリフとか、言うように思え無かったの!! いつも女の子たちに囲まれても澄ました顔してるし……。」

「どうでもいいヤツらにはそんなもんだろ? …イメージが違ってて減滅したか?」

サラッと笑って、ついで少し不安気に私を見てくるリク君に内心浮かれる。

ああ、本当に、リク君は私を好きだと思ってくれているんだ、と。

「イメージ、全然変わっちゃったけど。今のリク君の方がうんと好き。」

年相応に見えて、全身で私を好きだと教えてくれる。

そんな本質を知ってしまったら、益々気持ちは高まるばかりだ。

照れ隠しに「えへへ。」と笑って返せば、勢いよく抱きすくめられた。

「え、え?! リク君!?」

「ほんと、ズルいな……。今まで俺には興味ありません、みたいな態度取ってたくせに…計算でもしてたのか?」

「計算!? 私、そんな頭良くない…」

「だよな。名前呼んだだけでいつも顔真っ赤にしてたもんな。」

即答?! 失礼!!

何か言い返そうと口を開けたのに、それより先に続けられた。

「まあ、それが可愛くて可愛くて、そのくせ放課後にはここでひとりでぼんやり夕陽とか見ててさ、何考えてるんだろう、とか。結構悩まされたって。」

「な、な、な……」

なんだ、この恥ずかしさ。

私はどうしたらいいんだ!?

頭の中はもうパニックだ。

本当に色々、見られていたのだから。

私がひとりパニックになっているのがわかったのか、リク君はイタズラに、楽しそうに笑って言った。

「もう、遠慮しない。これからは俺の好きなようにさせてもらうから。」

「もうしてる! は、離してリク君っ」

「嫌だね。やっと手に入れたんだ。気の済むまで堪能させろよ。」

ぎゅっと抱きすくめられ、背中をさわさわと撫でられた。

好きなように……ってなに!?

「鬼畜!? あれ、リク君? リクく───ん!!」

私の反応を面白がっていて、のちに彼にからかわれていたと知ったのはまた数分後。

離れる前にもう一度優しいキスをくれて、私のいつもの日常は今日で終わりを迎えた。







いつものオレンジ色の教室に、やけに楽しそうに笑うリク君が居て。

なされるがまま、もうどうにでもなれと今を噛み締める私が居て。

明日からはそんな日々が日常になりそうです。






thank you.clap your hands!



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