05/23の日記
19:23
✳︎僕と姉さんと雨。
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バイト先に姉さんが迎えに来た。
傘を持って、至極楽しげに。
「何しに来たの。」
そう問いかけるまでも無かったが、一応の確認というやつだ。
一本足りてないみたいだし・・・・・・と、チラリと姉さんの腕にぶら下がる傘を見る。
外は雨だ。土砂降りとまではいかないが、家までの距離は近くはなく、確実にずぶ濡れになることは予想出来る。
お天気お姉さんは確か、降水確率は20%で雨は降らないとか言っていたのだけど、これは完全に予報外れだ。
そして僕は傘を持って来ていないわけで、こうしてここへ姉さんが用もなく来たというならお迎えで合っているだろうが・・・。
さっき言ったとおり、傘は一本。
「もちろん、迎えに来たよ!傘忘れてったでしょう?」
元気いっぱいに笑った姉に、ため息が漏れそうになる。
「僕の分の傘は?それ、姉さんのだろ?」
尋ねれば、キョトンとした顔を返された。
まさか、考えて無かったのか?なんて眉をひそめた僕に、あろうことか姉さんはあっけらかんとトンデモナイことを言い出した。
「一本で十分じゃない?君と私で入るんだし。」
って、それ正気か?
真顔で告げてきたトンデモナイその発言に、僕はどうしようかと思考をフル回転させる。
「いや普通に考えて、二本持って来るのが当たり前だろう?」
「二本持って歩くのヤダもん。」
ヤダもん・・・って、なにその理由。
差さない傘を持ち歩くのが面倒だっただけだろうそれ。
「良いじゃない。姉弟なのだし、気にすることないでしょう?君には彼女も居ないし。」
「随分勝手だね、姉さんが彼女だと思われたらどうしてくれるの?」
「顔も似てるし、そんな心配は要りません!ほら、帰ろ?ご飯もうすぐ出来るって。」
「・・・・・・へいへい。」
先に外へ出て待ってる。そう言って店から出て行った姉を見送り、僕はタイムカードを切ると上司に上がることを告げた。
僕の上がる時間を知っていた姉には驚かされたが、にこやかに「お疲れ」と言ってくれた上司の次の言葉にもギョッとした。
「可愛い彼女が居たんだねぇ!こりゃバイトの子たち泣くわね!この罪作りめ!」
って姉さんあの野郎!!
やっぱりこうなった。何が姉弟だから大丈夫だ?
僕たちは良い歳をしていて、それもそんなに顔だって似てないんだ。
誤解されるなんてわかりきってたのに・・・なんて悩んだって無意味なことも僕は知ってる。
姉さんがそんな誤解すらも気にしないような能天気な人だからだ。
彼女じゃありません、姉です。それだけを告げて、僕はのうのうと僕を待つ姉の元へと向かった。
僕が店から出てくると途端にまた笑って、傘を差しだしてくる。
姉の言いたいことなんて考えなくてもわかってしまう僕は、差し出された傘を受け取ると開いて空へ差した。
当たり前のように隣へ並ぶ姉に小さなため息を落として歩き出せば、店の中から「やっぱり彼女じゃない!」なんて聞こえた気がしたが無視しようか。
仲が良い姉弟と言ってしまえばそれで納得出来るかもしれないが、姉さんはわかってないんだ。
僕だって男で、姉弟といえど姉さんは女。
こんな風に歩いたりして、妙な錯覚なんか起こしたくないっていう僕の煩悩を、少しも理解してはいないんだろうな。
まあ、慣れたけれど。
願わくは、姉さんが早く大人になりますように。
年齢ではなく、中味の方で。
帰路の上、傘を叩く雨音とともに姉さんの方から鼻歌が聞こえてきた。
至極楽しげなその姿に苦笑を落として、僕からは深いため息ばかりが漏れていた。
なんにせよ、一番どうかしているのはこの僕の方。
こんな姉さんを嫌とは思えないのだから。
楽しそうに笑われたら、なんだって許してしまう。
シスコンだと笑われることに反論はするが、否定はしないだろう。
仲が良過ぎる僕らの関係は『姉弟』だとしても、僕の胸に湧いてくるこの気持ちはなんなのだろうか。
答えは必要ないかもしれない。
姉さんが姉さんで居てくれたら、それだけであとはどうでもいい。
隣から聞こえ続けるハミングに笑いながら、僕もまたその音色に耳を傾け続けていた。
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