木手くん

□出没スポット
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***




部活を終え、暗くなった海沿いの通学路を歩いて帰る

ラケットバックを持ち替えながらふと顔を上げると、海と道路を隔てるコンクリートの塀の上に誰かが座って、海を眺めていた




街灯の明かりに照らされるその姿


長い黒髪に、同じ高校の制服、そして何より目を引く白い肌

そしてその手には、見覚えのある菓子パンの袋







「………五十嵐さん?」



『!』




塀の上に座るその後ろ姿に声をかけると、彼女は弾かれたように後ろを振り向き、俺を見て目を見開いた





『木手くん?』


「何をしてるんです、こんな時間にこんなところで」





無用心すぎる、いくら何でもこんな時間に一人でいるなんて

それに彼女の姿を見る限り、家には帰っていないようだ



俺の質問に彼女は顔を伏せ、気まずそうに笑った









『…別に、海見てただけだよ』

「月も出てないし、海面は何も見えませんけど」

『そうだけど、なんか真っ暗で飲み込まれそうで、昼間とは違うから面白い』

「………そうだとしても、一人でこんな時間に外にいるのは危ないです

それに俺言いましたよね、早く帰って寝たほうが良いって」

『帰っても誰もいないから、帰りたくなかった』

「?」



塀から降りようとする彼女に手を差し伸べると、彼女は驚きつつも手を取り、俺の目の前に降りた







「ご家族は?」

『みんな病院、まだ帰ってこない』

「……だからって外にいるのは感心しません、送ります」

『大丈夫だよ、適当な時間に勝手に帰るから』



カバンを取り、肩にかける

そのままどこかへ行こうとする五十嵐さんの腕をつかみ、じっと顔を見た








「でしたら、君の気がすむまで俺も付き合います

その後送ります」

『え……、いいよそんな、部活帰りで疲れてるでしょ?』

「けどこのまま君を放っておく方が寝覚めが悪い」

『…………。』




ぎゅ、と強く掴まれてしまった自分の腕を見て、ふう、と息を吐いた

木手くんは離す気はないようだ









『………帰ります』

「なら送ります」

『………ブン太みたい』

「? 何か?」

『んー…、木手くんが幼馴染に似てるなって思って』

「………この間電話していた方ですか」

『そう
兄弟が多いからか世話焼きで、何かと私の心配するの
こんな風に夜遅くなっても帰らないでいると、私を探しに来て、腕引っ張って連れて帰るの』

「………五十嵐さんは不良か何かですか?」

『違うよ!今のは小さい頃の話!』




一所懸命訴えかけると、木手くんはふっと優しく笑った









「帰りましょうか」


『うん』



腕を離す

本当は離したくない、なんて思ったが、そうもいかない

五十嵐さんが少しだけ名残惜しそうに見えて、まさか、と頭を振った


















その日から、何度か部活帰りに彼女を見かけ、送ることが増えていった


彼女が塀の上でぼんやりしている頻度は高くなかったが、部活帰りにその場所を通る時、自然と彼女を探す自分がいた











そんな生活、そして彼女が引っ越してきてから一ヶ月ほど経ったある日



今日、彼女は学校を休んだ












「………五十嵐さん?」




その日は部活がない日で、いつもよりだいぶ早い時間に学校をあとにした

放課後に予定もなかったため、さっさと家に帰ろうと歩いていると、あの海沿いの道で彼女を見つけたのだ





彼女は私服姿で、塀の上で膝を抱えて座っていた


綺麗な黒髪が潮風になびいている








「五十嵐さん」


『っ!』




膝を抱えている彼女に声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らし、恐る恐るといった様子で俺を振り返った





『き、て、くん』


「……どうしたんです、こんなところで」


『………。』





顔を上げても、彼女はすぐに顔を背けて海の方を向いた

その横顔には疲労が見える







「五十嵐さん、隣、いいですか」


『えっ?良いけど…』




驚く彼女を無視し、塀に登って、少し距離を開けて隣に腰掛ける


五十嵐さんは何か言いたげな顔をしていたが、何も言わなかった



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