木手くん
□時期外れの転校生
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ガラリと教室に入ってきたその人は、沖縄では珍しい白い肌の持ち主だった
髪も傷んでいない綺麗な黒髪で、教室にいた誰もが彼女に目を惹かれたのは明白だった
「転校生の五十嵐さんだ
三年生という微妙な時期の突然の転校で戸惑うことも多いだろうから、色々と助けてあげるように」
担任の言葉と一緒に、五十嵐さん、と呼ばれた女子生徒は頭を下げた
『神奈川から引っ越してきました、五十嵐千秋です
沖縄には父方の祖父母が暮らしているので何度か来たことがあります
けど知らないことのほうが多いので、教えてくれると嬉しいです
一年間、よろしくお願いします』
少し緊張した面持ちでそう挨拶をした彼女に、教室中から拍手が送られる
それに恥ずかしそうに小さくはにかんだその顔が、やけに印象に残った
「じゃー…、席は木手の隣が空いてるな
あそこに座るように
木手、手を挙げろ」
担任に呼ばれ、はっと我に帰る
手を挙げると、彼女と目が合った
『えっと、木手くん?』
「えぇ、そうです」
『さっきも言ったけど五十嵐です、お隣よろしくお願いします』
「……そんなにかしこまらないで良いですよ、同い年なんですし
こちらこそよろしくお願いします」
ペコ、と小さく頭を下げる
そんな俺を見て、彼女は優しくふわりと微笑んだ
綺麗な人だ、そんな感想を抱いた
***
春先といえど、沖縄はそこそこあたたかい
そんなあたたかな教室に突如現れた本土の人間の噂は、瞬く間に校内中に広まった
無理もない、神奈川という遠い地から、この微妙な時期の転校生
長年の日焼けで肌の色が黒い人間が多い校内で、ひときわ目を引く肌の白さ
そして海水を浴びることが少なかっただろう、痛みのない美しい髪
彼女が歩けば校内の生徒の視線は、自然と彼女に注がれた
そして、生まれも育ちも違うことから生まれる独特の雰囲気を持つ彼女に惹かれる人間は多かった
その一人に、自分もいる
「五十嵐さん、先生が進路指導室に来いと言っていましたよ」
『えっ、進路指導室?』
彼女が神奈川から引っ越してきてから数日、隣の席ということもあり、何かと彼女と話すことは多かった
教科書を貸したり、うちなーぐちを教えたり、沖縄のことを教える度に、彼女は驚き、そして笑う
その笑顔に、まるで海に沈むかのように惹かれているのだ
『……進路指導室ってどこ?』
「……こことは違う校舎で、分かりにくいところにあります
説明するより案内する方が早いでしょう、着いて来てください」
『!
ありがとう、助かります』
ふわり、とまた綺麗に笑う
胸が一瞬高鳴るのに気付き、自嘲気味に笑った
***
第一印象はリーゼント
次に怖そう
さらには神経質そう
はっきり言ってしまえば苦手な人種かと思った
それが現在のお隣の席の木手くんだ
立海から引っ越してきて不安な中、隣の席が男の子で不安が増長したのは否めない
男の子が苦手という訳ではないが、立海では中・高とエスカレーター式に進級していったので、男の子の大半は顔見知りだったのだ
だから初対面の男の子との接し方を忘れてしまい、ドギマギしていた
だが木手くんは、私の失礼な印象とは違い、紳士的な人だった
誰にでも敬語なのは、彼がテニス部の部長で、何かと目上の人と話すことが多いからだそうで
それに私が困っていると、さりげなく助けてくれる
沖縄という慣れない土地と環境に戸惑う私にとって一番の敵は方言だったのだが、木手くんは訛りがあまりなく、方言もそんなに言わない
だから話しやすかったし、知らない方言や文化のことをたくさん教えてくれた
「では行きましょうか」
私が立つのを見計らって、木手くんが背中を向けて歩き出す
その背中を追いかけて教室を出ると、刺すような視線を感じた
『(……まだ続くのかな)』
時期外れの、遠方からの転入生
視線を集めるのは多少覚悟していたが、転校してきて最初の週も終わる
5日ほど経過しているのに、未だに終わらない注目の的に疲れてきていた
「五十嵐さん?」
『!
なに?』
「………いえ、疲れてるように見えたので
ここでの生活はまだ慣れませんか?」
『…………もう少し、かかりそうかな』
何となく申し訳なく感じて、ごめんね、とつぶやく
それに彼は短く、いえ、と返した
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