日吉

□同一人物
1ページ/3ページ






” 秋の小説コンクール ”


題材自由、ページ数自由、原稿用紙は指定アリ






文芸部でこの間渡されたプリントを見て、教室でぼんやりとしている


夏休み前のこの時期に渡されたという事は、夏休み中に仕上げていくのだろう



今年はどうしようか、何について書くのか全く決まっていない




書きたいものが無い














「瑞乃!瑞乃聞いた?!

男子テニス部が特別枠で全国大会の出場が決まったんだって!」




騒めく教室の中で一際大きな友人の声

それに私以外のクラスメイト達が反応を見せた






それとほとんど同じタイミングで、外からテニス部の歓声が聞こえてくる



特に反応を示さなかった私を友人が窓際まで引っ張り、テニスコートを覗かせた














『………あ』






テニスコートには日吉くんの姿があった












『………ねぇ』


「うん?」


『全国大会、見に行きたい』


「………えっ?!瑞乃が?!」


『うん』





おめでとー!など、たくさんのお祝いの言葉が学園のあちこちから飛び交う


異様なまでの盛り上がりを見せる生徒たちを傍観しつつ、隣にいる友人にそう言えば、彼女はこれでもかと言うほどに目を見開いた









「どうしたの瑞乃、前の大会は嫌々って感じだったのに」


『コンクールの題材になりそうだと思って』


「あ、そう言う……

この本の虫め」


『お褒め頂き光栄です』





クス、と友人に向けて笑えば、腹立つ、と前髪をグシャグシャにされた



コンクールの題材になりそうだと言う今の言葉は咄嗟に出たでまかせだが、気付かれてはいないようだ











『(………日吉くんは、出るのかな)』



彼がテニスをしている所は見た事が無い


少し興味があったのだ













***




図書室の机に座り、卓上に原稿用紙を広げる


その横にシャーペンと消しゴムも置くが、手に取らず腕を組み、ずっと目を閉じて考え込んでいた







原稿用紙は白紙のままだ







何を書こう、とりあえず原稿用紙を広げてはみたものの、何も思い浮かばない





はあ、とため息をつき、名前と学年だけを書いて一度席を立った




少し外を眺めてこよう













***




久しぶりに図書室の扉をくぐった


中に入り、まずはカウンターを覗く





あの人はいなかったが、いつもの司書さんが仕事をしていた







「あら日吉くん、久しぶりね

それと聞いたわよ、全国大会出場おめでとう」


「ありがとうございます

あの、委員の人はいませんか?
髪が長くて、よく本を読んでる」


「あぁ、瑞乃ちゃん?あの子なら今日は当番じゃないわよ

でもさっき来てたから、どこかにいると思うけど……」


「(………瑞乃?)」








司書さんの口から出てきた名前に胸がざわつく




今この人は瑞乃と言った




自分の記憶が正しければ、学園七不思議を一番最初に借りた、いわゆる”本の虫”


俺が読んできた本の裏の名簿にいつも名前が書いてある、大の本好き





彼女の名前は確か、黒田瑞乃











「(………あの人が、黒田瑞乃?)」





どくどくと鼓動が速くなる


まさか、同一人物?















ーーーー本の虫みたいな人間なもので






ふっと頭をよぎった彼女の声と、言葉



まるでパズルのピースが全て合致するかのように、ストンと胸の中に収まった









「(……何で気付かなかったんだ)」




あの人はいつも図書室で本を読んでいた


毎回違う本を読んでいた



俺に勧めてきたホラーミステリーの本にも、つい最近だと思われる筆跡で名前が書いてあった









そう考えると、あの人がイコール黒田瑞乃だと考えることも十分に出来たはずだ











「日吉くん?」


「!

探してみます、ありがとうございました」






ぺこりと司書さんに頭を下げ、すぐに図書室の奥に向かった



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ