日吉

□何も知らない
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「で?日吉くんと何があったのよ」


『なっ、にも、無い』


「嘘つけ

昼休みはお昼食べてすぐに図書室に行くアンタが、何で中庭なんかにいるのよ

私とご飯食べたら図書室に行くのはもはや日課だったくせに


あんたが図書室に行かない理由なんて、日吉くんの事くらいしか無いでしょうが」


『………。』




それは翌日のお昼の事だ

いつもの友人とお昼を食べても、私はそこから動かずに彼女と話していた


いつもならすぐに図書室に行くのに

その私の異変に気付かない彼女ではない








「それにアンタ、今日一日ずーっと日吉くんの事避けてるでしょ

休み時間の度に席外してどっかに行くし、移動教室もなんか急かすし、移動してる間も周り気にしてるし


分かりやすい」


『……その通りです』


「なに?喧嘩でもした?

ドライカップルが喧嘩なんて、初めてじゃない?」



彼女は私たちの事を「ドライなカップル」だと言う

それは主に私の性格が反映されているのだが、確かに周りのカップルと比べても、私たちはあっさりした関係だと思う





それが今回の引き金となった訳だが






『……喧嘩じゃ、ない、と思う

私が逃げてるだけで…』


「何それ

じゃあ瑞乃が日吉くんを怒らせたの?
それか逃げたくなるような事をされたとか?」


『…………後者です』


「………………え、ちょ、何されたの?まさか泣かされた?!!」


『いやっ、そういう訳じゃなくて……』




ガッと私の両肩を掴んでグラグラと揺する彼女を制止し、こほん、と咳払いをした











『………その……、キス、されたの……』


「………………………へっ?」



なんとか紡いだ言葉は、木々のざわめきにかき消されそうなほどか細かった

だが目の前の友人には聞こえたらしく、珍しくポカンとした顔をしている








「………アンタら付き合って何ヶ月?」

『えっ?

えーと…、二ヶ月と半月くらい、かな』

「手ェ繋いだ事は?」

『ない』

「下の名前で呼んだ事は?」

『…ない』

「デートした事は?」

『………ない』

「………一緒に下校したりとかは?」

『それはさすがにある』

「うおお良かった、それも無かったらお前ら本当に付き合ってるのかってツッコむ所だった」

『あのね………』



はあ、とため息をつくと、彼女は真剣な顔に戻って私を見た

その視線に少し驚いた








「で?もろもろの段階をすっ飛ばしていきなりキッスされたと」

『ちょ、言い方』

「何それ、いきなりされたとか?
それで驚いて逃げちゃって気まずいとか?」

『あ、はい……』

「何だよそれ、ノロケか」

『いや違うから』

「アンタ達本当にカップルらしく無いわね〜、一般論とか知らないの?


まぁ瑞乃らしいっちゃらしいけどさ」

『はあ』

「それで?いきなりされて嫌だったわけ?
だから逃げてるの?

なに、別れる気?」

『は?!別れるなんてそんな事、考えてる訳ない!』




ガタ、っとつい興奮して外のベンチを立ち上がり、彼女を見下ろす

私がいきなり立ち上がった事に驚いたのか、彼女は「うわ」とこぼしていた







「いやでもさ、日吉くんからしたらそれってかなり傷付くんじゃない?

仮にも好きな女の子にキスして逃げられるなんて



しかもそれから避けられてる訳だよね

うわ可哀想」

『う………』

「その時何があったか知らないけどさ、アンタがそんなに悩むって事は少なくともアンタにも非があるって事だよね?

だったらサクッと謝っちゃいなよ


別にキスされて嫌だった訳じゃ無いんでしょ」

『嫌じゃ、無かったけど、いきなりで頭が混乱して…

それにどんな顔して会えば良いのか分からない

多分顔見たら逃げちゃう』

「いやあのね、顔見て逃げられるとかそれもうトドメだからね?
絶対するなよ?」

『善処はする』

「おい」



ストン、とまた友人の隣に腰掛け、はぁ、と空を仰いだ



色んな感情が渦巻いてゴチャゴチャの私の心とは裏腹に、空は快晴で、雲ひとつ無かった









「……いつも思うんだけどさ、アンタ達の間って会話が無さ過ぎるんじゃない?


図書室で会ってもただ読書してるだけで話さないんでしょ?

帰ってる時もそんなに話さないんでしょ?

それにクラス違うからほとんど会わないし……」

『……そうだね』

「……話さなきゃ、日吉くんが何を考えてるのか分からないでしょ

それに、瑞乃が何考えてるのかも伝わらないよ」

『……………。』

「瑞乃は確かに昔からドライな性格だけどさ、好きな人にまでそんな淡白じゃ無くても良くない?

アンタがそういう性格なのは、人間関係がこじれたり揉めたりするのが面倒だからでしょ




日吉くんの事もそんな感じで接してたら、誰かに盗られるわよ」

『……………何を話せば良いのか分からなくなるの、日吉くんを前にすると

お互いに口数が多い訳じゃないし、共通の話題は本だけだし…』

「バカかお前は

何話せば良いとか考えないで普通にしてれば良いのよ


日吉くんは何が好きなのかとか、何が嫌いなのかとか、そう言う小さな事から話せばいいじゃん

難しく考えるなっつーの」





ぺし、と額を軽く小突かれ、いてとこぼす


友人はニッコリと笑うと、教室に戻っていった









『………そう言えば私、日吉くんの事全然知らない』




クラスと部活、あと連絡先は知ってる
それと学園七不思議が好きって事も知ってる




でもそれ以外は?


誕生日とか、好きな食べ物とか、そう言う当たり前の事は何ひとつ知らない







まるで空っぽだ、私と彼の関係は



好きなだけじゃ駄目なのか




私は日吉くんが好きで、彼も私の事が好き

これだけで良いと思っていたのは私だけで、日吉くんは違う考えを持っていたんだろう



それこそ、キスがしたいとかいう”恋人らしいこと”を考えていたんだ










『………やっぱり、話さないと駄目だ』



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