宝物

□たまには大胆に
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毎日が退屈だった。

依頼されれば当たり前のように人を殺し、学校で授業を受けるのと同じベクトルで、日々暗殺の教育を受ける。


それ以外の時間は特にやることがない。


一緒に遊ぶ友達も居ないし、外に出ればおふくろが煩いから。


だからいつも、ゲームをやったり漫画を読んだりして、何となく時間を潰していた。その時間は楽しいけれど、ときどき無性に虚しくなる。ゲームも漫画も、エンディングを迎えればそこで終わりだ。


やっぱり、退屈すぎる毎日。



――…だけど。





「キルア、お待たせ!」



最近は、ちょっと違う。



「よお、ゴン。走ってきたのか?」
「うん、ちょっと」
「急がなくても良かったのに」



ハァハァと肩を弾ませ荒い呼吸をしているのは、一ヶ月前にうちの執事として雇われた、ゴン=フリークス。

片手で汗を拭い、息を整えるゴンに、俺はフッと苦笑いを浮かべる。


このゴンというやつは、執事のくせに敬語とか礼儀作法とか全っ然ダメで、なんでこんなやつが執事なんかになったんだろうって、最初はスゲー不思議だった。

だけどゴンは、いつも全力で俺にぶつかってくれて、俺がどんな人間か知りながらも、ありのままの俺を受け入れてくれた。


友達になってくれた。


“好き”と言ってくれた。


ゴンと出会ってから、つまらなかった俺の人生が、どんどん変わっていったんだ。





「ハァ、ハァ……だって、」



やっと息が整ってきた頃、ゴンは言う。



「早く、キルアに会いたかったから」
「っ!」



走ってきたせいか、はたまた今の台詞のせいか、ほんのり頬を赤く染めて。ふにゃりと柔らかな笑顔を向けられれば、たまらない気持ちで胸がいっぱいになる。


あまりにも嬉しいその台詞に、こっちまでつられて赤くなってしまった。会いたかったとか……何だよそれ可愛すぎだろ。俺だって会いたかったっつーのっ!

当然だけど、ゴンが執事の仕事をしてる間は、一切ゴンの顔を見れないし、ゆっくり話すこともできない。

同じ敷地内で過ごしてるというのに、会える時間は限られていて……だから今みたいにお互いに暇を見つけては、こうして庭にあるベンチで待ち合わせている。
今日はゴンに、スケボーの乗り方を教える約束をしてたんだ。



「んじゃ早速練習すっか」
「うん!」


 
そう言うと、俺はベンチに立て掛けていたお気に入りのスケボーを地面に下ろし、ゴンに乗り方を教えようとした。



……が、その時。





「おや?そこに居るのはキルとゴンじゃないか。ハッハ、偶然だね」
「――っ!?」
「あ、イルミ様!」



俺とゴンの幸せな一時を乱す悪魔の声が、耳に入ってきた。


というか、うちの兄貴だった。



最悪なことに、でっかい方の。


ギクッと肩を跳ねさせながら恐る恐る振り向けば、そこには今まで見たことないような笑顔を浮かべている兄貴が居て。

それはまるで、何か面白いものでも見つけたみたいな、楽しそうな表情。


何だよその意味深な笑顔は!

アンタのそんな楽しそうな顔、生まれて初めて見たんですけど!


ゴンはというと、兄貴に向かって丁寧に会釈し、天使の微笑みを振り撒いている。

良いんだよ兄貴なんかにそんな笑いかけなくたって!……と言いたいけど、下手に変なこと言ってゴンと言い合いになるのは嫌だから、ぐぬぬと黙るしかない。



「ちょ、兄貴!なんでこんなとこに居るんだよ!今日は仕事じゃなかったのか?」
「うん。依頼主から急に変更のメールがあって、今日の仕事は後日に回ったんだ」
「だからってなんでここにっ」
「俺もゴンと一緒に、キルにスケボーの乗り方を教わりたかったから」
「はあ?何言って……」
「ダメ?」



“ダメ?”……って。

そんな小首傾げながら上目遣いで聞いたって、可愛くなんかないんだからなっ!(ゴンがやったら可愛くて即OKするけど)


だいたい何考えてんだ、一緒にスケボーを教わりたいだなんて。そうやって調子いいこと言って、どうせ俺達二人の仲を邪魔する気なんだろ。見え見えなんだよ、兄貴の考えてることは。

冗談じゃねぇ。ただでさえ少ないゴンと二人きりの時間を、兄貴なんかに邪魔されてたまるかってんだ。


よし、ここは俺がビシッと断って――



「ねぇゴン、ダメ?」
「全然良いですよ!ね、キルア!」
「えええ!?」



いやいやいや、マジかよ。

何勝手にOKしてんだよゴンのアホーッ!


ビシッと断ってやろうと思っていたのに、兄貴に先手を打たれてしまった。

兄貴め、卑怯だぞ!ゴンに聞いたらOKするに決まってんじゃん!優しいもん!天使だもん!



 
「キルア……ダメ?」
「う……」



“ダメに決まってんだろっ!”


と、声を大にして叫びたかったけど、ゴンに“ダメ?”と上目遣いで聞かれれば、嫌でも頷くしかない。

やっぱり兄貴とは比べ物にならないくらい可愛い、ゴンの上目遣い。その目に見つめられると弱いんだ、どうも。


それに、ゴンに逆らいたくないし。

つーかそこまで計算してたんだろ、兄貴の野郎。クソ、畜生っ!



「じゃあよろしくね、キル」
「……」



なんでこうなるんだーっ!







「まず前足をここに乗せて」
「前足……こう?」
「そうそう。で、逆の足で地面を蹴って滑る。なるべく体重は前の方にかけてな」
「なるべく前に……っとと!」
「大丈夫か?」
「うんっ、大丈夫!」



俺の教えを聞きながら、フラフラと危なっかしい動きでスケボーに乗るゴン。そんな姿を、ハラハラした気持ちで見守る。


ゴンは運動神経良いし、いつも木登りとかスイスイこなしてたから、スケボーくらい簡単に乗れるんじゃないかって思ってたけど、実際はあまりにも辿々しい動きで。

こんな風に不器用なとこもあるんだな、なんて、また一つゴンのことを知れた気がして嬉しかった。



……ただ、



「へえ、ゴンって意外と不器用なんだね。見てるこっちがハラハラするよ」



兄貴が居なけりゃなぁ。



もっと楽しかっただろうに。


兄貴はというと、ベンチで横向きに寝っ転がりながら、スケボーに乗る練習をしているゴンの姿を見物している。

“一緒に教わりたくて”とか何とか言ったわりには、動く気配全く無し。たまに横から偉そうに口出したりしてるけど。何なんだアンタは監督か何かか、たっく。


なんて、兄貴に気を取られていたら、



「ふぎゃっ」
「っ、ゴン!?」



ガッシャーン、という大きな音と、今の色気のない声と共に、ゴンがスケボーごと引っくり返ってしまった。

まるで絵に描いたような見事な転びっぷりに、俺は慌ててゴンの元へ駆け寄る。



「大丈夫かゴン!」
「ってて〜。ダメだねオレ、下手くそで」
「んなことねーよ」
「キルアはすごいなぁ。いつもスイスイ乗っちゃってるんだもん」



そう言いながら、ゴンは砂ぼこりだらけの顔で満面な笑顔を浮かべた。その表情に、心臓がギュッと鷲掴みされる。
あー、マジ可愛い。スケボーに乗れない不器用なとこも盛大に転んでしまうドジなとこも今の笑顔も、全部可愛すぎる。ゴンなら何やっても許されるよ、可愛いから。


あ、よく見たらゴンの頬っぺたの、ちょっと擦りむいてんじゃん。

ここは一旦練習を中断して、怪我の手当てをしないと……


と、考えていたら、



「あれ?ゴン、頬っぺた怪我してるよ?」
「っ!?」
「え?あ、ほんとだ!」



いつの間にベンチから移動していたのか、兄貴が俺の背後にしゃがんでいて、擦りむいた箇所を労るかのように、ゴンの頬に優しく手を添えた。


こんの……っ!

馴れ馴れしくゴンに触んじゃねぇっ!


俺が先にゴンの心配したかったのに、兄貴に先越された。最悪。ゴンもゴンで、兄貴の行動に満更でもなさそうな感じだし。

くそー、なんか腹立つなぁ。



――…だけど、次の瞬間。


予想だにしていなかった出来事が起きる。



「ゴン」
「へ?……わわっ!」
「消毒、なんてね」
「イ、イルミ様っ」
「はああ!?」



なんと兄貴は、ゴンの柔らかな頬に手を添えたまま顔を近付かせ、擦りむいて血が滲んでいる部分を舌でペロッと舐めたのだ。“消毒”と言いながら。

まるで俺に見せつけるかのように、んべ、と悪戯に赤い舌を出す兄貴。

そして今の行為に頬を染めるゴン。


俺はあんぐりと口を開いたまま、しばらく閉じることができなかった。

信じられない信じられない信じられない。何考えてんだこのクソ兄貴。思わず触りたくなるゴンのぷにぷにミルク肌を、あろうことか舐めっ、なめええええ……っ!



「こんなことくらいで赤くなるなんて、ゴンってけっこう初なんだね。キルアとはもうキスも済ませた仲なんでしょ?」
「っ、からかわないでください!……ね、キルア」
「……」
「……キ、キルア?」
「ふ、ざ、け、ん、なっ!」
「へ!?……って、ぉわあっ!」



気付けばそう叫んでいて。


俺はゴンを魔の手(兄貴)から引き離すかのように、ゴンの手首を掴み、自分の元へと引き寄せた。

小柄なゴンの身体は俺の腕の中にスッポリ収まる。


俺に抱き締められているゴンも、目の前に居る兄貴も、何が起こったのか分からないのか、キョトンと目を丸くしている。


いい加減、我慢の限界だった。

もうゴンにどう思われても良いよ、兄貴とゴンが絡むよりマシだ。



 
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