時空の夢 外伝

□好敵手
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プテランの翼が、絶壁の縁取りを持つ巨大クレーターの側に降り立ったのは、太陽が丁度天の中央に差し掛かった頃だった。

エイラはプテランの背中から勢いを付けて飛び降り、乾いた大地を踏み締めて、そのクレーター跡へと向かった。
クレーターを取り囲む、大地の隆起に手を触れ、何かを感じ取ろうとするかのように、彼女はしばしじっとしていた。

大いなる火――ラヴォスが降ってきてから、気候はめっきり寒くなった。

この辺りはしきりに火を噴き上げる火山地帯に隣接しているため、あまり感じないが、村に帰れば毛皮の覆いをまとわなければならない日もある。
ルッカによると、エイラたちの時代はあと何十年かで雪と氷に閉ざされた時代に本格的に突入すると言う。自分の子供たちや孫たち…あるいはその後もそのまた後も、寒さと戦うことになるのだろう。

ラヴォスを倒した時代は「コダイ」だと、あの旅の仲間たちは言っていた。だから、それより遥か前であるエイラたちの時代には、まだ大地の奥深く、ラヴォスが存在しているのだと。
その理屈はエイラの頭では良く分からなかったが、時の流れの不思議さというものは感じ取れた。

エイラは意を決したように、崖の突出部に手をかけると、軽快にクレーターの外周部分を登り出した。
ほとんど垂直の場所もある崖を、目を見張る運動神経で制覇し、エイラはクレーターを取り囲むその頂上に足を突っ張って立った。

途徹もなく大きな、すり鉢状の窪地が一望の元に見渡せた。
その中心部にあったはずのティラン城は、今では跡形もなく消滅している。
一部破壊され、大部分は大地の奥深くめり込んでいると知ったのは、「チュウセイ」と仲間が呼んでいた時代に行ってからだけれど。

エイラは、ただ静かにティラン城跡を見下ろした。

そこに確かにいた、大地の覇権を争っていた好敵手たちの姿が思い浮かぶ。
恐竜人と、彼らに従うモンスターたち。
ニズベール。
ブラックティラノ。
そして…アザーラ。
彼らはもういない。
運命に戦いを挑み、誇り高く滅びた彼らは、大部分が城とそれを取り囲む大地と運命を共にし、屍さえも残っていない。

エイラの胸に、ひんやりとした虚ろな風が吹いた。
それは、寂しいような、悲しいような、空しいような感情。
それが後の時代では、寂寥感、そして喪失感と呼ばれる感情なのだが、まだこの時代にもエイラの中にも、その語彙はない。

エイラおかしい。
恐竜人、敵。
なのに何でエイラ、こんな気分になる?

エイラは原始の太陽を浴びながら、ティラン城跡を見渡した。
すうっと息を吸い込み、胸に空気を溜めて。

「アザーラ!!!」

エイラは叫んだ。
その声は谺となって、クレーターの壁に跳ね返り、殷々と響き渡った。

何故そんなことを叫んだのか、エイラは自分自身にも説明出来ない。
ただ、彼女は思い出していた。
好敵手のことを。
そして彼の死を悼んでいた。
彼が懐かしい。
もう一度、戦いたい。

ああ、そうか、とエイラは思った。
アザーラたちは、エイラたち人間を滅ぼせる程の力を持った存在だった。
しかし、彼らはもういない。
大地の覇者は、エイラたち人間だ。
最早、肩を並べて張り合える存在はいないのだ。
人間はこの先ずっと、孤独な王様だ。
明日も、明日の明日も、そのまた明日も、いつか人間というものがいなくなるまでずっと、人間に好敵手はいなくなったのだ。

エイラは、身を翻して崖のてっぺんから降りた。
隆起した岩を蹴り、身軽に地面を目指す。
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