時空の夢 外伝

□真珠の指輪
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「サラ伯母様には、真珠が似合うんじゃないかと思うんだ」
僕は造り上げたばかりの真珠の指輪を、つまみ上げて父様に見せた。
ある日の昼下がり、父様の私室に僕はいた。暖かい光が、窓から射し込んで、その真珠の指輪を淡く輝かせている。
それなりに苦労して手に入れたその真珠は、跳ね散る飛沫の形にセッティングされて、淡い虹色の光沢を見せていた。我ながら悪くないデザインだと思う。優しく柔らかいその指輪は、サラ伯母様の綺麗な白い指の上に置かれたなら、より一層の魅力を放つはずだ。
「…見た目は悪くない。込められた魔力はどのようなものだ…?」
僕から指輪を受け取った父様が、しげしげとそれを眺めながら質問した。
「まず身に着けていれば、周囲に漂う星の気を吸収して、常に体力と魔力が回復する。後は装備者が倒れた時、自動的に蘇生魔法が発動する。それから、魔法や属性攻撃をされた時、そのダメージを吸収して体力に変える。こんなとこだね」
これだけ高性能のアクセサリとなると、作り上げるのには随分苦労した。だが、手を抜く訳にはいかない。今後のサラ伯母様の安全がかかっている。第一、父様のお眼鏡に敵わないと、肝心のサラ伯母様に贈ることもままならない。見た目も大事で(アクセサリだから当然だが)、サラ伯母様のイメージ、優しく優美で気品溢れる美しさを再現するのに、大層気を遣った。

それに…僕にはちょっと負けたくない奴がいる。

「シェラザードもよくやったが、お前の造り上げたアクセサリも大したものだ…。二つ揃えて贈れば、サラの大いなる力となろう」
僕の心を読んだかのように、父様はシェラザードのことを持ち出した。
「シェラザードの奴、父様にソウルウエポンのデザインダメ出しされまくって半べそだったよね。これじゃ完成されないんじゃないかと思ったけど、最後にようやく父様のお眼鏡に敵うものが出来て、僕としても安心したよ」
魂を持ち、持ち主と共に成長し、その潜在能力を極限まで引き出す究極の魔法武器――ソウルウエポンをシェラザードが造り出した時、既に父様はサラ伯母様へ贈ることを考えてらした。シェラザードと僕とで実験的にソウルウエポンを使いこなし、その有用性を立証すると、ますますその決意は固まったみたいだ。
魔力の籠ったアクセサリなら、サラ伯母様にも作れるし、父様や母様だって作ろうと思えば造り出せないこともないが、ソウルウエポンはシェラザードにしか(今のところは)造り出せない。それに、ソウルウエポンは装備者の使う技や魔法の性質を、もう一段階上に引き上げると言え、他の魔法武器や素のままの技や魔法に比べ、有利さは言語に絶する。
サラ伯母様にソウルウエポンを贈ることが本格的に決まった時、幾つかデザイン案を出したシェラザードだが、ことごとく父様に却下され、塩垂れながらデザインを練り直していた。父様曰く、サラ伯母様の魔法の杖は、見た目も完璧でなくてはならないらしい。
同情しながらも、僕は微かな寂しさを覚えないでもなかった。
シェラザードの造るソウルウエポンは、唯一無二だ。父様が大事なサラ伯母様に差し上げるソウルウエポンの外観にうるさく注文を付けるのも、それだけソウルウエポンというものが重要だからだ。ソウルウエポンは、言わば持ち主と人生を共にするのだから。
それに引き換え、僕の造るアクセサリには、父様は一度しか注文を付けなかった。理由など考える間もなく分かる。アクセサリは取り換えがきく――ソウルウエポンと違って、気に入らなくなったら、外せば良いだけだからだ。
「サラ伯母様、この指輪、気に入ってくれるかな?」
僕は何となく、気持ちを正直に口にしようという気になった。
「ま、気に入らなければ、外せば良いだけだけどさ。ソウルウエポンと違って、こいつはただのアクセサリだしね」
自嘲も込めて呟くと、父様がついっと手を上げ、僕の腕を掴んだ。
「…父様?」
「これはただのアクセサリではない…十分な性能を持った護符だ…」
父様の深紅の目が、僕の同じ色の目を射抜いた。
「サラにも、同じものは作れないだろう…だからこそ、私はお前にこれを作らせたのだ…」
あの父様が褒めてくれた。
むず痒くなって、僕はうつ向きたくなったが、父様の目から視線を離せない。
「シェラザードの追求するものと、お前の追求するものとは違う…アルミール、お前は…シェラザードの影を追わなくて良い…」
鬱屈した気持ちをずばり言い当てられて、僕はいたたまれなさに赤くなった。頬が熱い。こんなこと、滅多にないんだけど。
「…アルミール…お前は、お前自身であれ…他の何者にも…なろうとするな…何者かの真似をする必要はない…例えその対象を、どれだけ愛していようとだ…」
父様は、ぎゅっと僕の腕を掴んだ後、不意に離した。
僕は何とも表現しようのない気持ちだった。はっきりしているのは、今までに無い程、心が軽いと言うこと。

しばし考え込み、僕はふと呟いた。
「指輪用のケース、用意してあるよ」
傍らの掌に乗る程のケースを取り上げる。
「サラ伯母様、指輪、喜んでくれるかな…」
 

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