遅めの朝食を取るべくラビは自室を出る。
いつもなら慌ただしく人が行き交うこの長い廊下はやけに静かだった。
「今日は……あ、そういうことか」
何日だっけ、と言うまでもなく思い出した黒の教団イベント。
10月31日。今日はハロウィンパーティが行われる。
実際はコムイら科学班に捕まった被害者たちによる大騒動なだけであって決して愉快で楽しいものではない。
それを知っていたからこそラビは食堂に向いていた足を止めた。
「これはもう少し人がいなそうな時間を狙うのが得策さね」
来たほうへ向きを変えて、再び歩き出そうとした。
次の瞬間。
「待て! 逃げるな!」
「そっちへ行ったぞ!」
無視するにはあまりにも物騒な声が後ろから飛んできた。
「何事さ?」
「その子供捕まえてくれ!」
「は!?」
足元を駆け抜けようとしていたのは、前を見ていれば視界にも入らないほどの小さな子供。
咄嗟に胴体を抱えてひょいと持ち上げれば真白な髪の合間から獣耳が覗いていることが確認できた。髪が肩くらいまで伸びていてその顔は見ることができない。
「にゃ! にゃあ!」
手足をばたつかせて逃げ出そうとしていたが、前を見た途端急に落ち着いた。この子供はラビを認識しているようだ。
「大丈夫さ? どうせ科学班の薬品でも被ったんだろうけど…」
この子供を追いかけていた科学班のほうをちらりと見遣る。
息を切らして膝から崩れ落ちている3人の男たちは細身でいかにも軟弱そうだった。
「この子捕まえたけど、どうするんさ?」
「こっちに……渡してくれないか……」
「うにゃあ」
子供はラビの腕にしがみついて離れない。
科学班はまるで本物の猫を相手にしているかと思うほど必死に呼び寄せているが、その努力空しくどうやら子供は怖がっているようだ。
「ほら、おまえのこと呼んでるさ」
「にゃっ」
「おいで……ウォーカー」
初めて呼ばれたこの子の名前。それは非常に聞き慣れたものだった。
しまった、とあからさまな表情を隠しきれない科学班たち。
ラビはひとつの確信を持って腕の中の子供に声をかけた。
「まさか、アレン?」
「にゃあ!」
もふもふと顔を隠していた髪をかき分けると左頬には一目でアレンと分かる痕があった。
にゃあ、と小さく鳴くアレンの様子にラビは呆れたように笑い、再びしっかりと抱きかかえる。
「あんたら、アレンを捕まえてどうするつもりさ?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる3人をラビは鋭く睨む。
「……ったく、そういうことか。アレンが逃げる理由がよーく分かったさ」
教団には女っ気がまるでなく、そういった気を起こす輩は少なくない。
特に、誰にでも優しいアレンは恰好の餌食だ。
「このことは誰にも言わないでくれ!」
床に手をついて嘆願する姿にラビは軽蔑の眼差しを向けた。
「次はないさ」
そう言い放って背を向けると慌ただしく逃げる足音が次第に遠くなっていった。
ラビはアレンの顔を覗き、笑ってみせた。
「コムイんとこ行ってもどうせ治す薬はないんだろうな」
「にゃぁ」
落胆したように鳴くアレンはとても愛らしくて、狙われるのも仕方ないように思えてしまう。
このまま食堂に戻らせるのも危険だろうと思ったラビは一先ずアレンの部屋へ避難させることにした。