桂小五郎

□ちょうちょ →恋
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日が光るのみ、幼き子が唄えば、
「蝶々、蝶々」
かくうたえば。

草の間をさやぎて出ずる水
 また微風の
 喜悦の喉

誰かうとう、獨りならで
あまねき中に
そが唄を。

はてしなき空のきわみ
 あるとなし、光る顔
 緑なる幻に。

ながるる白き野川の水
 木も草も
 おのずからなる祝奏(ともあわせ)

日が光るのみ、幼き子が唄えば、
「蝶々、蝶々」
かくうたえば。

(『唄』 三木露風 / 山田耕筰)




『ちょうちょ』


「酷いひとです…本当に。」

そういって君は、僕の肩にもたれかかり、静かに涙を流すんだ。

そうだね、本当に。

「ああ、すまないね…詩羽…。僕は…本当に…」

その髪をひとすくい。
そうして、口付ける。

甘い、蜜の香り。




君は、ひらひらと美しい羽根を広げて、ふらぁりと正体なく迷い込んだ蝶のようだった。

見るものを不思議と魅了して、殺伐とした男たちの世界に仄か柔らかい風を送る。

実体はあるのに、まるで儚げな幻のようで。同じ時を過ごすひととは思えない様相だった。


お前は言っていたね。

未来から来たのだろう。

そんな、まさか。
突飛なことを何気なしに言うのはお前の悪い癖だ、そう思いながら、現実問題、得体の知れぬ者が入り込んではならないと、どうみてもか弱い風体の君を僕は非常に用心して見張った。




今にして思えば、お前と彼女はよく似ていたのだな。

たとえ足元がぬかるんでいても、または歩いて築き上げて
きた道が次々後ろの方から崩れ落ちて行こうとも。
その双眸は常に前を向いて、光を見失うことはない。

波長の同じものが共鳴し合うのは自然なことなのだろう。


そう、思っていたんだ。




地の底から、それは或る日やって来て。大切な光を奪い去っていった。

ポツリと残された小さな魂は、
あてもなく漂って。



この胸に痛みを憶えた。

…この僕が哀しみにくれるのは。



永遠に共に居られないことからか、
永遠にお前という存在を探してしまうことからか、
永遠に君の心が失くなってしまうことか、



知っているんだ、本当は。
君の心が、彷徨ってしまう理由も。

お前もそれを知りながら、恨み言一つ言わずに、笑いながら眠りについた。



僕らは三人でひとつだったから。

その均衡を、崩すのはとても恐かった。



身勝手に、舞ってくれるように。

どうか、その胸の高鳴りが一片に比重をかけぬように。

まるで無邪気な幼子のように、訳も分からずに、
ふわり、ふわりと。

好きなように、気の向くままに。
花から花へ。


その心、知ったとて。
何をも壊すことなど僕には出来ない。



「酷い、男だ…。」

君はそれでも………此処に羽根を休める。





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