おいでよ天才達の森

□第五話
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ヒヨの過去



───────



『ママ、お腹空いた──…』


「煩いわね!黙っててちょうだい!」


『………』


「ほんとに…アンタなんて産むんじゃなかった…。産みたくて産んだ訳じゃないのにどうして育てなくちゃいけないの?!早くどっか行きなさいよ!」


『………』


私は黙って家を出て、いつものすぐ近くにある公園に向かった。

慣れっこだった。

またかと思うだけだった。

母がこう言う時は大抵あの男が帰ってくる前だ。

そして「今日も遊びに行って帰ってこないのよ〜」なんて言って嘘をつくんだろう。

父に私を嫌わせるために。

父はいくらか私を愛してくれている。

それすらも母は気にくわないようだった。


季節は冬で夕方の五時だと言うのに外は真っ暗でとても寒い。


『ハァ……』


白い溜め息を吐き出した。

周りの人は九歳の小さな子供にこんな残酷な言葉は浴びさないだろう。


でも今よりもーっと前からよく言われていたことだからもう当たり前のようにその言葉を聞き入れていた。

自分でもそう思うから。


産まれたくて産まれた訳じゃない。

育てられたくて育てられてる訳じゃない。

生きている意味が見出だせないことが辛く悔しい。


そんなことを思いながら我が家の二階の窓を見た。

カーテンをひいていたが中の光が絡み合った男女の影をそれに写し出していた。


吐き気がした。

我が子すらまともに愛せない奴等の絡み合いなど見たくない。


私はもう一度溜め息を吐き出して思った。


来年になったらここを出ようと…。


そしてその次の年の夏。


私は一人で空港にいた。

すると髭を生やしたおじさんが話しかけてきた。


「お嬢さん、私とイギリスに行きませんか?」


『おじさん誰?』


その人はニッコリと優しく微笑むと言った。


「貴女を守る義務のある人間です」


言っていることが理解できなくてその人の目を見るととても優しい目をして私を見ていた。


『一緒に連れて行って』


私は嬉しかった。

こんなに優しい目で見てもらえたのは久し振りだったから。

守ってもらうことも…久し振りだったから。


イギリスの空港に着くとその人はどこかへと消えてしまった。


その代わりとしてか、祖父が迎えに来ていた。


それから八年間を祖父の家で暮らした。

祖父は私にとてもよくしてくれた。


でもそれもやはり同情からきているのか、事情を知っている祖父の私を見る目には常に哀れみの色が含まれていた。

私は、それは祖父の優しさだと自分に言い聞かせたが耐えられなかった。

そして私は家を出た。

新しい場所て新しい自分に生まれ変わるために…。


「ヒヨ、待ちなさい」


家を出る前に祖父に呼び止められた。


「この村に行きなさい。村の名前は無いが、きっとお前にとって良い故郷となる」


渡されたのは古紙に描かれた地図。

入居場所も行く場所さえも決まっていなかったから調度良いと思い、その紙を受け取った。


『ありがとう、おじいちゃん…大好きよ』


そう言ってハグを交わすとタクシーが迎えに来た。

タクシーに荷物を入れて乗り込み、地図を渡す。


「どうかあの大事な娘をお守り下さい……ワイミー…」


祖父の呟きに私は気が付くことなく、タクシーは村に向かって出発した。
 

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