おいでよ天才達の森

□第八話
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「じゃあ俺もう行くよ」


『あっ、待った!』


「?」


『訊きたいことがあるの…』


彼は立ち上がっていたが、それを聴くともう一度腰を下ろした。


「何?」


こちらに少しだけ首を傾げて訊ねた。


『どうしてこの村に来ることになったの…?』


あぁ…と一瞬だけ悩ましい顔をしたと思ったらすぐにいつもの顔になった。

気のせいかとも思ったがどうもひっかかる。

意味深な表情とはこういうのを言うのか…何て頭の片隅で思っていた。


「簡単に言うと過去に色々あったから」


『過去に……』


「ここにいるヤツは皆、大体そういう問題を抱えてる。それで皆、ワタリに連れられてきた」


『…そうだったんだ』


じゃあマットさんも何かあったのかな…?

あんなに明るい表情の中に隠している闇を想像したらとても悲しくなってきた。

この人だって同じなんだと思うと尚更、心が痛んだ。


「……心配することはない。あんたも同じなんだろ?」


『…うん。ほんとはね、お母さんもお父さんもとても大事な存在だって分かってる…分かってるけど…許すことが出来なくて…っ』


私は何を言ってるんだと心の中で思っていた。

謝られてもないのに、許すも何もないのに…そう思うと出てくる感情は憎しみばかりで、何故か涙が溢れ出てきた。



ポンッ





『っ…?』


いきなり頭の上にメロが手を乗せた。

少し俯いていて、髪が顔にかかりその表情は読み取れなかった。


しばらく黙って手を乗せていた彼は不意に前を向いて、私の髪を指でとかすように触れていた。


「……父さんの顔知らないんだ。母さんの顔はうろ覚えだけど少しなら覚えてる」


彼は私の頭に手を乗せたまま話始めた。


「俺が五歳の時、父さんはどっかの女と逃げた。その後は母さんが俺を育てた。半年だけだ」


『半年……』


「あぁ。それから薬に手を染めた」


『………』


私から手を離すとあぐらをかいたまま両手を後ろに伸ばしてついて正面を見つめていた。

どこか遠い目をしていた。


「それで俺は捨てられた。……いや、捨てられそうになった」


『捨てられそうになった…?』


「…夜道でどこかも分からない所に車から下ろされた。その後すぐにワタリが来たんだ。それで俺は拾われた。…………」


『そっか…。……』




…………。


彼の顔をそっと盗み見ると苦しそうな顔をしていた。


メロの全部分かった訳じゃないかもしれない。

でも何となく分かる。


何もかもが嫌で


頼りたい時に誰も傍にいなくて


寂しくて


苦しくて


そして何より──…


ポン





「?……」


『辛かった…ね……』


さっき彼がしてくれたように頭を優しく撫でる。


今まで共感されることは‘所詮同情だから嫌だ’なんて思ってた。

余計なお世話だって思ってた。


でも今やっと分かった。


共感してくれる人がいるありがたさ。


心強さ。


この人にも分かってほしい。


一人じゃないよって…。


最初は目を見開き驚いた顔をしていたが、やがて目を閉じると、大人しく撫でられていた。


「あんたさ……やっぱり変わってる」


そう言うと向かい合って座っている私の肩に額を乗せた。


イギリスの気候に慣れてしまった体は、夏の20度前後の温度でもほんの少しだけ暑いと感じてしまう時がある。


そうだ


暑いのはきっと


夏のせい


この人のせいじゃ


ない
 

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