ちょっと長めのお話

□家族になろうよ T
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ピンポーン



「…またセールスか?」


しつこいな…と溜め息をこぼして玄関へ向かうのはメロだった。


エプロンを着たまま扉を開く。


「あっ……」


『こんにちは。保育園に送ったので来ちゃいました!』


「そうか。あー…まぁ、上がれ」


『ありがとうございます』


笑顔でおじゃまします…と入ってくるのは隣家の一児の母であるヒヨ。

一児の母…と言っても血は繋がっていないらしい。

母子家庭だが決して投げ出したりしない芯の強い25歳の若い女。


昨日は入園式で今日から通園。

と言っても俺の子供は年長組から入園した。

理由は…まぁ色々ある。


ヒヨと出会ったのは去年だった。

彼女が隣に越してきた時…一目で彼女のことが気になり始めた。


「紅茶で良いだろ?」


『あっ、うん。お願いします』


リビングへ促して自分はキッチンへと向かう。





「待たせた」


『ありがとうございます。わぁ…良い香り…』


カップを鼻に近付ける彼女はとても可愛らしい。


『四人は元気ですか?』


「…元気すぎて困る」


唐突な質問に内心とても驚いた。


『ふふっ、良いことです』


「どうかな」


父子家庭の俺は四人の子供を抱えていた。

それでも金に困ることはない。

祖父であるキルシュが大量のそれを毎週俺の口座に振り込んでくれるから。



ピンポーン



「ん?」


『あっ、誰か来ましたね』


「どうせセールスか何かだろ。出なくても──…」



ピンポン
ピンポン
ピンポン
ピンポン
ピンポン



「煩いっ!」


怒鳴りながら思いきりドアを開ける。


目の前には誰もいなかった。

そう。

目の前には。


下を見るとこちらを見ている四人。


「帰ってきました」


とエル。


「寂しかったですか?」


とニア。


「ゲームやってたら取り上げられそうになったから逃げてきた!」


とマット。


「イチゴジャムが無いかと訊いたら‘無い’と言われたので…」


とビヨンド。


「お前ら…初日からサボるなんて何して──…」


「あっ、ライトもサボったよ」


『っ?!』


リビングから覗いていた彼女が慌ててこちらへと来る。


『ライトはどこにいるの?!』


「母さん…ごめんなさい…」


とドアの後ろからそろそろと出てきた。


『ライト…どうして来ちゃったの?』


「だって…寂しくて……」


と瞳をうるうるとさせていた。


『もう…ダメでしょ?』


と言いながらヒヨはライトを抱き締める。


その時俺は見てしまった。

ヒヨから顔が見えないのを良いことに、ニヤリと笑う悪魔の笑みを…。


ライトはこの年でもう恋愛感情を理解している。

いや…ライトは、と言うのは正しいが正しくない。

俺の厄介な息子達も分かっている。

だからこの五人は厄介だ。

全員ヒヨを好きなのだから。

保育園児を敵視するなんて馬鹿げていると分かってはいるが、どうも腹が立つ。

例えば今みたいな状況……。


「ヒヨさん、私とデートしましょう」


「エルに変なことをされかねません。私と良いところに良いことしに行きましょう」


「お前もじゃん!ヒヨはこれから俺とゲームするんだよ!」


「何言ってるんだ!ヒヨは僕のだぞ!」


「はぁ…言い合いしているみたいなので先に上がりましょう」


とニアがヒヨの手を引きながら歩いている。


「待て」


俺の声に子供達が一斉にこちらを見る。


「怒られたいのか?」


優しい声で優しい顔で言ってやる。





が、その裏から滲み出ている怒りに気付いた子供達は玄関の床に並んで座った。

ヒヨは俺の隣で不安そうな顔をしている。


「お前らな…どうして帰ってきたのか本当の理由を言ってみろ」


「………」


全員顔を下に向けた。


「はぁ…ヒヨに会いに来たんだな?」


ビクッとする五人の肩。


「まったく…帰ってきたら会えるだろ…」


「メロは良いよな!」


マットが顔を上げて言う。


「私達がいない時にヒヨに会えるじゃないですか」


と髪をいじりながら言うニア。


「大体メロさんばかりずるいです」


「ずるい?」


ライトは真っ直ぐに僕を見て言う。


「母さんはメロさんのこと好きなのにメロさんは何も──…」


『わぁーーーっ!ななな、何言ってるのライト!』


……は?


『ご、ごめんなさいメロさん!気にしないで下さいね!』


ヒヨが……


「本当のことだから言っても良いでしょ?」


俺を……


『い、言って良いことと悪いことがあるの!』



「好き……?」


『っ…え、え〜と…そのお友達と言うか…親友と言うか…』


顔を真っ赤にして目をそらす彼女に何かが外れる音がした。


気が付くと俺はヒヨを抱き締めていた。


『メ、メロさ──…』


「……愛してる」


子供達に聞こえないように耳元で囁く。


『っ…!』


下を見ると目を見開いてこちらを見ている五人。


だから俺はさっき誰かさんが見せた笑顔のようにニヤリと笑う。




ざ・ま・あ・み・ろ




口パクで言う言葉はヒヨには分かるはずもなく……。


彼女から突然聞こえた小さな声に耳を傾ける。





『…私も……愛してます…』


体を離すと目に写る真っ赤な顔をしたヒヨ。

俺は子供達を見下ろして笑顔で言う。



「家族になろう」
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