短いお話

□それは夜中とも早朝とも言えぬ時間に起きた出来事
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まだ夜中の午前三時。

冬は陽が昇るのが遅い。

こんな時間に目が覚めても今日の私は機嫌が良かった。

何故かって?

それはね……憧れのLとお話しできるから!

年に二、三回しか話せないことになっている。

しかし去年は多忙のせいで一度も話すことはできなかった。

それも仕方がないこと。

世界の名探偵の名を抱えているからには、そっちを優先しなければならない。

分かってるけどやっぱり寂しいし不安だ。

感情の大きさは前者の方が大きいような気もする。

確かに憧れの存在ではあるけど…本当の家族のような存在でもあるから。

兄のような…父のような…とてもあたたかく、居心地の良い存在。

そもそもワイミーズハウスの人間は皆、家族のような雰囲気だ。

ここにいる子供たちのほとんどが家族のいない子達。

それ以外は、身内がいるけど見捨てられてしまった子達が多いらしい。

もう一度部屋の窓の外を見る。

そう言えば…あの時もこんな空だったな…。

なんて思いながら。



私は家族がいなかった。

一人幼い体で夜の商店街を行く宛ても無く、ただ歩いていた。

体力的にも精神的にも限界の状態で、何故か目がとても霞んでしまっていた。


このまま死ぬのかな…。


そんなことを思っていた。


それも良いかもしれない…だって両親を殺してしまったのは他でもない……私なのだから。


その一週間前。

交通事故でパパとママを亡くした。

パパが運転する車にママと二人で後ろの席に乗って、朝早く、まだ陽が昇る前からお出掛け先に向かっていた。

山をいくつも越え、最後の山道へと差し掛かった。


“ねーねー、あの絵なに?”


そう訊いた私にママは優しく微笑み、


‘これはね、この道は鹿さんが出るから気を付けなさい。ってことだよ。見られると良いわね’


と言った。


‘ははっ、そうだね。でも五歳のヒヨは食べられちゃうかもよ〜?’


“えっ、やだ!怖い!帰ろ?”


‘貴方、おどかさないの!大丈夫よヒヨ。鹿さんは優しいから何もしないわ’


“ほんと?”


‘もちろん!’



そう言って私の頭を撫でてくれた。

すっかり安心しきった私は、早い起床だったせいか瞼がとても重くなった。


‘ふふっ、寝ても良いのよ?’


“ん〜〜………”


そして私は眠りについてしまった。

……………


‘寝たかい?’


‘えぇ、ぐっすり眠っているわ。可愛い寝顔…’


右隣に座っていたヒヨの頭を優しく撫でながら膝枕をして小声で話す。


‘ははっ、君に似たからね。生まれた時は僕にも似てるって──…’


‘あなた!前っ!!’


‘えっ…うわっ!!’


……………


“っ…ん〜……?”


車が動いていないことで違和感を感じ、目を覚ました。

何だか頭の方が重くて傾いているのだとも分かった。

でも視界が真っ暗で何が何だか分からない。

足に思い切り力を入れて体を起こす。

感じていた重みはママが私の上半身をしっかり抱き締めていたからだった。


“ママ?どうしたの?”


必死に呼び掛けたけど何度呼んでも返事をしてくれない。


“パパ?ねぇ、パパ!”


運転席でハンドルに、もたれかかるようにしていた。

こちらもいくら呼び掛けても返事が無い。

いくら呼んでも二人とも何も言わない。

不安になって泣き叫んだ。

訳が分からない。

何で何も言わないの?

私が寝てたから?

パパとママ、私が寝てたから怒っちゃったの?


しばらく泣き続けて冷静さを取り戻した。


「何かあったら、1、1、0にお電話するのよ?」


そんなママの言いつけをふと思い出し、ママの携帯電話でかける。

かけて名前を答えた瞬間に意識を無くした。


…────


目が覚めると真っ白な天井が見えた。


‘ヒヨちゃん、平気?’


隣を見ると見知らぬおじさんがいた。


‘落ち着いて聞いてね。君のお父さんとお母さんは──…’


その日の夜、無傷だった私は病院を脱け出した。

そしてワタリに拾われた。



そして13歳になった今でも私は悩み続けていた。

私がパパとママを……。

頭では分かってる。

あの時、鹿を避けてカーブを曲がりきれなかったんだって。

分かってるけど……。


『っ……パパ…ママ……』


涙が溢れてくる。

どうしても止まらない。

今日はLと話せる日なのに、何で朝からこんなこと…。

窓の外を見るとまだ陽が昇る前だった。

と言っても、もう空が少しだけ明るくなり始めている。

ワイミーズハウスには柵付きの屋上がある。

辛いことがある時、何もかもが嫌になる時、私は決まってここに来る。

いや、来てしまう。

癖のようなものだろうか。

空が好きだった。

パパとママの三人で星空や快晴の空をよく見上げた。

だからかもしれない…空を見ると二人を思い出す。


止まらない涙を拭いながらも、パジャマのまま屋上への階段を歩いて上る。


カチャ。


ドアを開けると今にも太陽が顔を出しそうな程、空が何とも言えない紫っぽいグラデーションになっていた。


『うっ……く………』


余計に涙が出てきてしまった。

昔はよく三人で笑いあいながら見上げた空を今は一人で泣きながら見ている。

その事実が何よりも悲しかった。





「もうそんなに頑張らなくて良いだろ」


『えっ…?』


後ろを振り返るとタンクの上にあぐらをかいたメロがいた。

いつからいたか分からない。

困惑した私の顔を見ると、「よっ、と…」と言って二メートルはあるタンクの上から飛び降りた。

「たまたま早く目が覚めた。それで空見ようと思って座ってたら…」


そこに私が来たんだ…。

声をかけなかったのはメロなりの優しさだろう。

メロは隣に来ると腰を下ろした。


「空って、何でも包み込んでくれる感じがする。だからなのかな…辛いこととかあると見に来たくなる」


そう言う彼を横目で見ると遠く遠く…地球の反対側までも見ているんじゃないかと思うくらい遠い目をしていて…何だか少しだけ寂しそうにも見えた。

視線を前に戻し、紫よりもオレンジ色が強くなった空を見つめた。


『メロは…何かあったの?』


「僕?僕は…またニアのヤツにテストで負けちゃった。今回はいつもよりかなり勉強したのにな…でもそのせいか点が結構高かったよ」


『メロは頑張りやさんだもんね…』


「ありがと。でもヒヨもそうだろ?頑張りやの良いヤツだ」


『そんな…私なんて最低な人間だよ…』

心底そう思う。

私があの日、遠くへ行きたいなんて言わなかったらパパとママは……。


『っ……』


駄目…メロの前で泣いたら困らせちゃう…。

分かっているのにどうしても止まらない。

朝陽が少しだけ顔を覗かせ、普通に見たら眩しいと思うところだけど涙がボヤけさせて──…


「綺麗…」


……えっ?

思っていた言葉の続きが隣から聞こえてきた。

思わず隣を見ると、メロがこちらをまっすぐに見ていた。


「お前の涙…太陽に反射してる」


こんなに優しい彼の声は聞いたことがなかった。


「でもさ…勿体無いよ。せっかく空が綺麗なのに。そんなんじゃ見えない」


こうやって触れられるのだって初めてだった。

彼は私の両頬に手を添えると、親指で涙を拭ってくれた。


「綺麗だから、ちゃんと見てみ?」


そう言って立ち上がり、私の手を引いたメロに連れられて低い柵の少し手前に立つ。


「どうせだったら笑いあいながら見た方が綺麗に見えるよ?」


私よりも一歩分、前に出たメロがそう言うとこちらを振り向いて笑った。

朝陽を背に笑う彼はあまりにも綺麗で…また涙が溢れた。


でも………


『うん!』


私は涙で濡れた顔なんて気にしないで笑った。

満面の笑みで笑った。

それには前までのような嘘偽りなんて欠片もない…ほんとの笑顔。


パパ、ママ。

今はまだ少しだけ辛いけど…私きっと大丈夫だよ。

前に進めるよ。

だって私にはこの人がいる。

手を繋いで、笑いあって、空を一緒に見上げられる人がいる。

それだけで私は…きっと遠く遠く…地球の反対側までも行けちゃうんだから。

一歩足を出して、メロの隣に立つ。

すると彼は握った手をもう一度強く握った。



それは



夜中とも



早朝とも言えない



綺麗な空の下で起きた



二人だけの出来事──…
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