短いお話

□敬老の日
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「ワタリ、頼みがある」


「…何でしょう、竜崎」


『?』


三人で竜崎の部屋にいる時、彼が珍しい言い方でワタリさんに語りかけた。

ワタリさんもそれを不思議に思ったのか、少しだけ間をおいてから返事をする。


「今日は何もしなくて良い」


「?…しかし…」


「座っていてくれ」


『…竜崎…?どうしたの?』


「二人とも…三人でいる時は‘L’で構いません。ヒヨさん、今日が何の日か分かりますね?」


なんとも否定しにくい疑問だ、と心の中で毒づきながら考える。

11月17日……?


『えーっと…あっ!敬老の日!』


「はい正解。と言う訳でヒヨさんにも手伝って頂きたいのですが…よろしいでしょうか?」


『勿論だよ!出来ることがあったら何でも言って下さい!』


「では私についてきて下さい。ワタリは自室に」


「分かりました、L」


にこやかに部屋を出ていくワタリさんを見送った後、Lはキッチンへと向かった。

私もついていくとエプロンを渡された。


「アールグレイに合う昼食を作りたいと思います。スコーン、サンドウィッチ、ケーキに角砂糖」


『んー…と、最後のは気に止めないとして、全部作るの?』


「はい。しかし私一人では昼食まで間に合いません」


『なるほど…じゃあ早く作ろう!』


「その前に…これをワタリの部屋にお願いします」


差し出されたのはトレイに乗せられたアンティークなポットとカップ。

蓋を開けるとダージリンのフルーティーな爽やかな香り。


『良いにおい…Lが淹れたの?』


「……はい。紅茶の淹れ方は習いましたが……。少し飲んでみて下さい」


ポットの紅茶を棚から取り出したカップに少しだけ入れる。

紅茶に口を付け、一口だけ口に含む。


「ん……美味しいっ!」


「……そうですか。では、お願いします」


……本当に素直じゃないと思う。

そうですか、って言う前に少しだけ微笑んだ。

でも言い終えた途端にいつもの表情。



コンコンッ



『ワタリさん、私です』


「これはこれは、少々お待ち下さい」


少ししてから扉が開かれた。


『紅茶を持ってきました』


「ホッホッホッ、ありがとうございます」


『ふふっ、お礼ならLに言ってあげて下さい。この紅茶…Lが作ったそうなんです』


「Lが…そうですか。しかし、ありがとうございます、ヒヨさん」


『えっ…?』


トレイを近くにあるテーブルの上に置くと少しだけ真剣な顔をして言う。


「いつもLの側にいて下さり…彼も幸せでしょう」


『Lが…まさか…』


「気持ちをお伝えにならないのですか?」


『えぇっ?!ワ、ワタリさんどうして…!』


「見ていれば大体察しがつきます。自信を持って下さい。きっと上手くいきますよ」


優しい笑顔で言うワタリさんは、Lの幸せを心から願っているんだろうなと見ていて分かる。


『ありがとう…ワタリさん。私頑張ります!』


思いっきり飛び付くと「ホッホッホッ」と笑って優しく頭を撫でてくれた。



『ただいま〜!』


「遅かったですね。ワタリと何を話していたんですか?」


『ん〜…エヘヘ、内緒♪』


「………」


『ほらほら、早く作らないと陽が暮れちゃうよ?』


「…後で絶対に、はかせます」





『ふー…これで全部?』


「はい、ヒヨさんありがとうございました。本当に…貴女がいなかったら……」


『あははっ、何もそこまで言わなくても──…』


「いえ、本心です。この日を祝うことも…以前の私ならば思い付いていなかったでしょう。」


『L……』


「…これからも私の側にいてくれますか……?」


『っ……』


「私はヒヨさんが──…」


『当たり前だよ!ずっと側にいる!』


猫背な彼の背中に手を回す。


「ヒヨさん……好きになりますよ?」


『じゃあ今は好きじゃないの?』


「……ずるい質問ですね」


『そう?……聞かせて?L』


「……好き過ぎて死んでしまいそうです」






「ワタリ、私の部屋に来てくれ。」


Lが電話をするとすぐにノックする音が部屋に響き渡った。


「失礼します」


「………」


『……ほら、L。早く…』


何も言わないLの腕を肘でつつく。


「…いつもありがとう、ワタリ…」


「L……こちらこそありがとうございます。さっきの紅茶も美味しかったですよ」


小さな声で言うLに、ワタリさんは微笑みながら言った。

二人ともなんだかとても照れ臭そうだ。


『私…少し行かなきゃいけない所があるから…少しだけ失礼しますね』


「!…聞いてません!」


「お送りしましょうか?」


『ううん、大丈夫です。一時間後にまた来ます。では、ごゆっくり』



一度自室に戻り、財布を持ってビルを出る。

徒歩十分くらいの所にあるちょっと高級なスーツ屋さんに行く。


「いらっしゃいませ」


まだ若そうな男の人が扉を開いて笑顔で言う。

軽く頭を下げてからネクタイ売り場へ行く。



──その頃──



「………」


「………」


Lの部屋では無言が続いていた。

多めに作っておいた紅茶を二人で飲んでいる。

ワタリはそっとスコーンをかじる。


「美味しいですよ、L」


「…良かった。ヒヨさんにも手伝ってもらったんだ」


「そうですか…」


「ワタリ…ヒヨさんに何か言ったのか?」


「とくに何も言っていませんよ。…と言うことは彼女と結ばれたのですね?」


「…余計なことを言うな、ワタリ」


拗ねた様に唇を尖らせて紅茶をかき混ぜる。

そんなLににっこりと微笑みながら謝る。


「ホッホッホッ、すみませんでした」


「……でもありがとう。それだけじゃない。いつも私の側にいてくれて…本当にありがとう。」


「………」


「貴方がいてくれる限り、私は幸せだ」


「…一生支えていきます。私もそれが幸せです。これからもよろしくお願い致します、L」


心なしかワタリの瞳は潤んでいるようにも見える。

そしてLの顔は少し赤みがかっていた。




『ただいま!』


プレゼントを後ろ手に戻ってきたヒヨ。

一時間はかかると思っていたが、実際は三十分程度しかかからなかった。


「早かったですね、何をしてきたんですか?」


『えーと…実はワタリさんのプレゼントを…』


「気を遣わせてしまいましたか…」


『いえ!普段からお世話になってるから当然のことです!どうぞ…気に入って頂けると良いんですけど…』


「ありがとうございます、ヒヨさん。開けてもよろしいですか?」


『は、はい!どうぞ!』


丁寧に包み紙を開いていくワタリさん。

私が選んだネクタイは紺色のものとベージュのものと黄土色のものの三本。

それとシルバーのネクタイピン。


「ほぉ…さすがヒヨさんですね、とても私の好みに合っているネクタイです」


『本当ですか?!良かった…』


「………」


『ん?どうかしたの?L』


Lの方を見ると親指の爪をガジガジと噛みながらそっぽ向いていた。


「…ヤキモチですよ」


「っ……余計なことを言うなワタリ!」


『プッ、変なL!』


「ヒヨさんまで…!」


「さぁ、折角お二人が作って下さった料理が冷めてしまいます。早く頂きましょう。」


『そうだよL!早く食べよ!』


「まったく…じゃあいただきます。」




──ワタリの部屋──



入浴後、ワタリはいつものように日記を書き込んでいた。

それは誰も手を触れたことの無い日記帳。

書き込む内容は言わずとも知れている。


「…私もまだまだ長生きをしないとな……」


呟いた言葉は優しく暖かく部屋に響く。


幸せな日が過ぎ去るのは早い。

しかし、その幸せな思い出は永遠に記憶に…胸の中にあり続ける。

そう…深い深い彼らの絆のように……。
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