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□Speak low if you speak love.
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目が覚め、顔を洗おうと鏡を見れば伸ばしたままの髭を生やした自分の顔が映る。
来客なんて滅多に来ないし、食事を買いに行くくらいでわざわざ髭を剃る必要もない。
「そんなふうだから結婚出来ないのだ」と言われれば納得せざるを得ないが。

遅めの朝食を買いに行くために準備をしていると、仕事と新聞の勧誘以外で殆ど鳴ったことの無いチャイムが音を立てた。
こんな朝っぱらから一体誰だ、と不機嫌気味に玄関へ向かうが時刻は既に午前11時を過ぎている。

「こんにちは、桜場先生」

そこに現れたのは何とも笑顔が眩しい青年、担当者の中井暖斗だった。
中井とは俺がまだ売れていたときからの付き合いで、もう10年になる。

「暖斗」という名前がぴったりなコイツは本当にいつでも笑顔で気遣いが出来る奴だ。
会社の命令とはいえこんな売れない中年作家に10年も付き合ってくれているのだから大したものだろう。

「…おう、中井か。今日は打合せは入っていないはずだが?」

心で素直になれても、それを口に出すのは難しいもので俺はコイツに10年の感謝をまともに伝えられたためしがない。

「はい、そうなんですけど…たまたま近くを通ったので、差し入れ持って来ました」

という声と共に差し出されたのは小さな紙箱。ケーキか。

「此処のケーキ、美味しいって評判なんですよ」

「あぁ、ありがとな」

生ものだし早く冷蔵庫に入れなくては。
…と思ったけどやっぱりやめた。朝からケーキなんて些か豪華な朝食だな、と内心笑ってみる。
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